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「今さらなんだけどさ、押都はどうして雑面ぞうめんなんかしてるの?」「・・・本当に今さらですね」
木の枝に横座りしながらズズッと雑炊を口にした雑渡は、隣に控える押都にそう問いかけた。
初めて出会った時から彼は既に雑面を付けていたし、ずっとそうだったから押都はこういう者なのだと気にしたことはなかった。
しかし改めて見れば見るほど不思議な男である。そもそも雑面をしていてきちんと前が見えているのかも怪しいし、食事をするにしてもわざわざ面を退かしながら食べるのは面倒ではないのだろうか。
そんな疑問が浮かんでしまったものだから雑渡がつい興味本位で問いかけたのだ。
別にどんな顔だろうが、傷があろうが気にはしないし、忍びを生業としている時点で傷痕なぞ問題では無い。いやでも自分の顔に引け目を感じているとかなら無理に外さなくてもいいけど。と内心言い訳をしながら押都に聞けば、しかし返ってきた答えは「目が良すぎるもので」という至って簡素なものだった。
「…忍びにとって目が良いのは利点でしか無いはずだけど。自分から見えにくくするなんて押都、もしかして自虐趣味、」
「んなのありません。…目から情報が入りすぎると頭が疲れるんです」
「へえ、そう言うもの? 見えないと困るのは当たり前だけど、見えすぎても使えないなんてお前も大変だね」
「…この眼のおかげで事前に防げることも沢山ありますから、結果的には良かったと思ってますよ」
「ふーん」
自分から聞いてきたのに全然興味ねぇなこの人、と雑面の模様がジト目を向けているように見えるのは押都の纏う空気が冷たいからだろうか。実際どんな目を向けられているかは分からないはずなのだが、長い付き合いである雑渡は正しく押都の感情を読み取っていた。
「さ。休憩も済んだことですし、そろそろ仕事にお戻り下さい組頭」
「えー。私まだ全然休憩し足りない」
「貴方が事あるごとに城を脱け出し、忍術学園に押し掛けるので仕事が山のように残っております」
「…なんだかトゲがあるね?押都」
「組頭が処理しなかった仕事は小頭の私たちに回ってきますので。そろそろ片付けなければ山本が本気で怒りますよ」
「うーんそれは不味いね。早いとこ戻ろうか」
「是非そうして下さい」
よっこいせ、と重い腰を上げた雑渡だったが言葉とは裏腹に軽々と木々を駆けていく。
雑渡の後ろに付かず離れずの位置を保ちながらこちらも軽々と木々を駆ける押都は、しかし何かにぴくりと反応を示したかと思うと雑面の下で視線をうろ、とさ迷わせた。
「どうかした?押都」
「・・・いえ」
雑面をしているため目線を探られることはあり得ないはずなのだが、しかしそこはやはり組頭。部下の僅かな気配の揺れを察知してちらりと押都に目を向けた。
「・・・組頭」
「なに?」
「少し所用が出来ました。ここを離れても?」
「所用?」
真剣な声に駆けていた足を止めて木の枝へ着地する。一歩遅れて着地した部下の真意を探るように、雑渡は正面から押都の顔を見やった。
黒鷲隊の小頭を務める程の実力を持つ優秀な部下、押都長烈。
皆が揃う席でも、押都は時折その場を離れてどこかへ消え失せることがある。優秀だからこそ押都一人に仕事を任せている部分も多いが、それを差し引いても他の小頭たちに比べると単独での行動が多いのも事実だ。雑渡の知らないところで何かを探っているらしいこの部下は、果たして一体何を抱えているのやら。
「その所用ってなに?」
「え?」
「どんな用事?まさか私に言えないようなことでは無いよね?」
「・・・何故そんなことをお聞きに?今まで問われた記憶は無いのですが」
「今までも気にしなかった訳では無いよ。 例えほんの一瞬でも、お前が動揺するようなことって想像がつかなくてね」
「組頭にそこまで評価をいただけるとは光栄ですな」
「・・・答える気は無いと捉えるよ」
「…そういう訳では、───!」
どうしようかと悩んでいたような押都だったが、彼は何かに弾かれたようにバッと真後ろを勢い良く振り返った。
今度こそ言い訳がつかない程、気配を揺らした押都に驚きながら雑渡も辺りに探りを入れる。しかしどれだけ探っても雑渡の探索には何も当てはまらず、周りには人はおろか動物の気配すら見つけられなかった。
「押都?これでも何か言い訳、」
「…組頭。大変申し訳ありませんが説明は後程させてください。今は話をしている時間すら惜しいのです」
「え?」
そう告げると押都は移動するため腰を落とし、グッと足に力を入れた。
ただならぬ雰囲気を纏う押都に、雑渡はただの移動にそんなに気合いを入れなくても… と押都の緊迫した雰囲気を悟り、少しでも空気を紛らわそうと肩に手を置いた瞬間、変わった浮遊感を感じ取った。ただの跳躍とは違う浮遊感。何事かと思いながら今のは何かと押都に問おうとして、口を閉じる。何せ目を閉じていた訳でも無いのに、一瞬にして先程とは全く別の、海が見える小高い丘の上に着いていたのだから。
「え。ここどこ?」
「・・・組頭。何故着いて来たのです?」
「何故って言われても。押都が異常なほど焦っていたから何事かと思って」
「ハァ…。急いで飛んだ意味… いいですか組頭。ここから動かないで下さいね」
「え、何?まだ移動するの?私のこと勝手に連れてきて一人でどっか行く気なんだ?ふーん?へー?」
「貴方が勝手に着いて来たんでしょう?」
ぎゃんと騒ぐ押都を躱しながら、雑渡は再び周囲を見渡した。押都が慌てて飛んで来たくらいだから何かあるのだろうと思っていたのに、見れば見るほど本当に何もない丘の上だ。一体何が押都を焦らせているのだろうと視線を戻すと、押都の纏う空気が変わったことを察して口を噤む。
「今日のは随分と大きいな。 特級に近い1級、といったところか…」
「ちょっと押都、お前一体何を」
海を眺めてぽつりと呟いた押都に何のことかと問おうとした瞬間、海がドォォォン!!と音を立てて爆発した。今までに聞いたこともない音に驚き海へ視線を向けると、爆発によって真っ直ぐ吹き上がった海水が地上でぐるぐると渦を巻き、上空へ登るように竜巻を作っていくではないか。
ただの海があんな形を取る訳がない。それによく見ると中心部辺りは穴が空いているみたいに海水の流れが全く無いのだ。まるでそこに見えない何かがいるかのように。
「ねぇ押都。 ……押都?」
あれ?居ない。と思って視線を迷わせながら上を見れば、押都は空中に留まって真っ直ぐ海を見つめていた。
・・・・・。 空中に留まって???
「は?」
「組頭。今から貴方が目にすることは全てが夢です」
「え、急に何。お前そんな情緒的だっけ?」
「何故貴方はそう……いえ、いいです。 危ないですから下がっていてください」
そう告げると押都の周りには何かの力が働いているかのように風が吹き荒れ、ぶわりと雑面を吹き飛ばした。
初めて見た押都の瞳。ほぉ、と感嘆の声が漏れるほど蒼々とどこまでも澄んだ色を浮かべるその目は、まるで手に入ることの無い宝石のように輝いている。
「 位相 黄昏 智慧の瞳 」
にィと口角を上げて前を見据えた押都は、腕を横に伸ばしたまま手を広げて何事か口上を述べ始めた。風魔流忍者の中には台詞を告げる者も居たはずだが、それとはまた一風変わった口上だ。そもそも押都はタソガレドキ忍軍の小頭である。風魔流のように台詞を述べる必要もない。
「 術式順転 “蒼” 」
一段と抑えられた声で呟かれた言葉と共に、押都の手からは見たことの無い程真っ青な光の玉が放たれた。続けて押都はぐるりと頭上で腕を一回転。開いていた指をきゅっと握り締めると、その玉は押都に従うように行く方を変え、海周辺の空気と海水を巻き込みながらぐるりと大渦を描き、先程よりも大きな音を立ててドォォォン!!と海面を弾きながら爆発した。
「は???」
「よし。 組頭、終わりましたので城へ帰りましょう」
「・・・・・。 うんごめんちょっっっと待ってくれる?」
「早く帰らねば山本に怒られますよ」
「私は今お前のせいで頭が混乱しているんだが???」
「何故です?」
「何故と聞くか!?あんなの見せられて普通は冷静でいられないよね!?お前一体どこに常識置いて来たの!?」
「ですから、今見たことは全て夢ですって」
「知ってる?お前が思う程夢って言葉は便利なものではないんだよ???」
「え?」
「えっ?」