庭が広くて郊外の一軒家に住んでいるといえば、聞こえがいいが、実際は山の麓にある古い一軒家。
俺はその家に帰る為に、車を走らせていた。
働いている場所からも、気軽に買い物するスーパーもこの家からは遠く。車がないと生活が詰む。そんな家でも俺たちには都合の良い家だった。田舎で周りに人がいないのが利点だ。
いつもなら夜の高速道路の風景も見飽きて、眠たくなってしまいそうになるが、バックミラーに視線をやって後ろの座席をみると。
座席には譲渡会で貰って来た。成犬の芝犬のミックス犬が、檻の中で落ち着きなくウロウロしていた。
その犬から発せられる、微かに匂う獣臭さで眠気は遠のいていたが。その匂いで辟易としていた。この匂いは嗅ぎ慣れているが、だからと言って平気な訳じゃない。
犬の様子を伺うが檻の中で犬は落ち着きなそうに。ふっふっと、息を漏らしているだけ。
「お前も運が無かったなぁ。その運はちゃんと俺が貰ってやるからな」
思わずにやりと笑ってしまう。
ペットショップで犬を買い続けるには、コストが掛かりすぎていけない。
遠出だったが今日みたいに犬の譲渡会にて、犬の写真を毎月送れという言う制限もなく。偽造の身分証で犬を簡単に確保出来たのはやはり、運が良かった。
視線を前に戻して、次はどんな女と遊ぼうかと考える。
もうじきまた転勤があるから今度の女は仕事場では無く、パパ活に勤しんでいるギャルとかでもいいだろうと思った。
「そうそう、前の女。安楽城ららは若かったが、真面目で面白みが無かったからな。そこそこ楽しめたけど、それだけだった」
時にはあんなサッパリとした、タイプも良かっただろう。
それに飽きたところにタイミングよく、粧子が安楽城に不倫したと押し掛け。いつも通り粧子が責めたてて、金を巻き上げ毟り取った。犬も取り上げたのはさすが粧子。抜け目がない。
それからこちらのシナリオ通りに、安楽城は会社を辞めた。後腐れなく遊べたのも良かった。
その後、俺こそが被害者だと社内に言いふらせば周囲はそれを信じる。安良城の友人だろうが、家族だろうが。《《俺の言葉を信じる》》。
それが狗神の『呪い』の力だとは、誰も疑うことなんかないだろう。
今までずっとそうやって来た。
これからもずっと。
「ほんと、狗神様々だな」
もちろんこの『呪い』は粧子が本家筋の犬神の力を引いている、その力のお陰でもあるが。
「あんな陰気臭い嫁、貰ってやったんだ。俺が少々ハメを外して女と遊んで何が悪い」
脳裏に粧子の顔が浮かぶ。
狗神筋と言うことで小さな頃から周囲に忌み嫌われ。長い髪も相まって、いつも暗い雰囲気の女。
そんな女と好き好んで結婚した訳じゃない。
俺がギャンブルで作った借金を粧子の家が肩代わりすると言うことで、婚姻関係を結んだ。
愛なんてない。政略結婚に違いもので、籍は言われるままに粧子の籍に入り犬養になった。
「ったく。血筋を残したいが為に犬養家は分家筋である、傍流の俺まで尋ねて来るんだから無茶苦茶だな」
ふんっと、失笑する。
一応俺も傍流とはいえど、災いを跳ね除けるぐらいの札を作る事は出来た。
しかし、そんなに力は強くはないし、狗神も祀ってなんかいない。
呪術師とは名乗るのにはほど遠い。
それでも犬養家は血を残す事に必死で、粧子との結婚を推し進めた。
一応そのお陰で俺の借金はチャラになったが、粧子と結婚したせいで、俺も狗神に贄を捧げ無ければならなくなった。
──狗神に一度手を出したら、ずっと贄を捧げなくてはならない。だから狗神筋は血を残す事に必死なのだ。
そうしなければ呪いが全て振り返ってくる。
「全く面倒くさいことで……」
しかしその見返りは充分にある。
狗神は祀ったら繁栄をもたらし続けるのだ。それが俺や粧子に《《幸運》》というカタチで恩恵を与えてくれている。
具体的に言うと──俺の望んだ通りに物事が動く幸運、だと言うべきなのだろうか。
その為に贄を与えておけばそれでいい。
その|贄《犬》は今確保してきたばかり。
「ふっ。俺の未来は安泰だな」
ハンドルを持つ手に力が籠る。
粧子は俺に捨てられくない一心と、呪術師・犬養家の長子としての責務を全うすべく。俺の不倫を容認しているし、粧子は粧子で俺の不倫へのストレスをホスト遊びで発散させている。
それでも不満が募って爆発しそうになったら、朝まで抱いてやればご機嫌になる。
そればかりか、俺を繋ぎ止めるに熱心に犬養家の狗神に贄を捧げる。
そのおかげで俺は遊びたい放題だ。粧子との子供はそろそろ、考えなくてはいけなかったが。もう少し遊びたい。
「まぁ、なんとかなるだろ。俺には狗神様が付いている」
俺よりも強い霊力を持つ粧子だが、さすがに犬神の本家並みとはいかないらしく。
呪いを継続・持続させる為には定期的に犬を狗神に捧げなくてはならない。それに俺もこうして、協力しいてる訳である。
それがネックかと思ったが、それでも充分に呪いの力は素晴らしいものだった。
いろんな女と後腐れなく遊べるし、仕事は順調。周りは俺のことを疑うこともない。
これぐらいでいい。これ以上のことに手を出すともっと贄を用意しなければならない。
「ふふ、ひひっ。呪いのおかげで俺は無敵だ」
にっと笑うと、後ろで犬がわふっと鳴いた。
さっとルームミラー越しに犬を見て、安楽城の犬と同様に。早くコイツも庭に埋めて贄にしてやろうと思うのだった。
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