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本来なら、このあと予約していたレストランに行く予定だった。
ネットで席を予約し、メニューも調べ、道順までシミュレーションした。
──完璧なはずだった。
受付で名前を告げると、店員さんが申し訳なさそうに首を傾げた。
「申し訳ありません。本日は貸し切り営業でして……」
……え?
慌ててスマホを確認する。
『仮予約受付』
その下に埋もれていた、未読の『貸し切り営業によるキャンセル通知』。
……嘘だろ。
「すみません……完全に、僕のミスです」
情けなさで俯いた。失望されたに違いないと思った。
けれど、白石さんはきょとんとしたあと、ふっと笑った。
「え、いいじゃないですか」
「……え?」
「こういうの、嫌いじゃないです。むしろ“デートっぽい”」
失敗が、デートっぽい。世界が、優しすぎる。
そのとき、彼女が目を輝かせた。
「あっ! 北海道フェアの屋台!」
指差した先の商業施設の広場に、湯気の上がる屋台が並んでいる。 ジンギスカン、ザンギ、ホタテ、スープカレーの文字があった。
「食べ歩きしましょ! 私、北海道出身なのでおすすめいっぱいあります」
白石さんは、自然に僕の袖を引いた。
その動作が自然すぎて、凍りついていた心がじんわりと溶けていく。
僕らは屋台をはしごした。
「これ、一口どうぞ」
「え、いいんですか」
「シェアするの、好きなんです」
差し出されたホタテ串を一口かじる。
「……うまい」
「でしょ〜」
その笑顔が、映画事故と予約ミスの絶望を、上書きしていった。
***
屋台の広場を抜け、気づけば、川沿いの静かな道を歩いていた。
人通りが少なくなって、急に静かになると逆に落ち着かない。
白石さんは、建物の照明できらきらと光る川面を見ながら呟いた。
「春川さんって、デート慣れてないですよね? でもこうやって一生懸命準備してくれるの、嬉しかったです」
「……僕は、さっきの事故で心が折れました」
「事故?」
「映画と、予約です」
白石さんは声を立てて笑った。
「春川さんは本当まじめですね」
その笑い声が、夜風の寒さを少しだけ和らげた気がした。
彼女はぽつりと話し始めた。
「昔ね、夜景の見えるレストランで花束をもらったことがあるんです」
彼女は遠くを見る目をした。
「綺麗だなって思ったけど……うまく笑えなくて。そしたら『女の子はこういうの喜ぶだろ』って」
夜風が髪を揺らす。
「普通の女の子を演じるの、しんどかったんです」
彼女は僕を見て、少し照れたように笑った。
「でも春川さんは、私がちょっと変なところで興奮してても引かないし。一緒にいると、すごくラクです」
ドクン、と鼓動が跳ねた。
手を伸ばせば、彼女の手に触れられる距離だった。
でも、僕は動けなかった。 『優しいけど物足りないんだよね』とかつて僕をフッた元カノたちの言葉が、呪いのように頭をよぎる。
拒絶されるのが怖くて、ただ並んで歩くことしかできなかった。
それでも、心は満たされていた。
「……また、デートしてくれますか」
その声は、少しだけ不安そうだった。
「はい」 即答だった。
「次は……もう少し、うまくやります」
「ふふ、期待してます」
夜風の中で、手を繋ぎたい気持ちだけが、いつまでも残っていた。