コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
──とある島の、とある村の居酒屋前。
まだ昼間なのにも関わらず、住民たちの人集りが目立っていた。
何やら騒がしい。
そこでは居酒屋の店主と、男が賭け事をしていた。
酒樽をテーブルにして、その上に、変わった絵の描かれたカードが散らかっていた。
端にはコインやら札やらが積まれている。
『“こいこい”!』
ふわふわ、ツヤツヤとした琥珀色の髪を持ち、丸眼鏡を掛けた男が、酒樽にカードを勢いよく叩きつけた。
目元は眼鏡が太陽の光が反射して、よく見えなかった。
男の耳で、大きなピアスがキラキラと揺れる。
テーブルに叩きつけられたカードを見て、男の真正面に座った居酒屋の店主は、眉間に皺を寄せ、冷や汗をだらだらとかき、とうとう頭に巻いていたタオルを外して降参した。
「だああ〜っ!!また負けだ!!!」
「あっはは!親父相変わらず弱ェな〜!」
「おじさんスゲー!!!」
「これで全勝ね!」
「腕が落ちたんじゃねェのか旦那〜!」
「うっせ!」
男をはじめ、周りに集まっていた野次馬たちも更に笑う。
『が〜っはっはっは!!居酒屋の旦那にゃ〜、賭け事で負ける気はしねェなァ〜!!!』
賭け事に勝った男が腕組をして、これでもかと言う程に笑い声をあげる。
負けた居酒屋の店主は、男の言葉にキレて酒樽をばんっ!!と叩いて声を荒げた。
「うるせェよこの“老いぼれ”!!イカサマしてないのが余計に腹立たしいんだよ!!!」
『おいおい“老いぼれ”なんてひでェじゃねェか〜、負け惜しみかよこの野郎〜、大体旦那が弱いだけだろ〜』
悪態をつく店主に、男は困り眉をしながら言う。
しかし、男のその態度はコロッと変わり、今は樽の端に積まれていた“それ”に目を輝かせている。
『んじゃあこの金は貰ってくぜ〜♪』
そう言うと男は積まれた金を鷲掴みにして、乱暴にジーンズのケツポケットに入れた。
ふと、男が腕時計を見る。
そして残念そうに溜息を吐き、席を立って足元に置いてあったトランクの上にある、コートや帽子を拾い始めた。
その様子を見て察したのか、店主含め、他の住民たちの空気がよどむ。
「もう…時間なのね…」
『…あぁ』
居酒屋の奥さんが聞くと、男は短く答える。
「えー!もう行っちゃうの〜!?」
「もっといればいいのに〜!」
こどもたちがそう言って男の足に縋りつく。
男はしばらく黙って、こどもたちの視線と合うように屈み、優しく微笑んだ。
『おれも出来るならもっと、ここにいたいさ、でも悪いな、おれの上司怒るとスゲー怖いからよ』
「こわいの…?」
『おう!それはそれは物凄く怖ェ〜んだ!こないだだって煎餅を一枚食べただけで追っかけ回されちまったんだ!!ヒィ〜!今思い出しただけでもおっかね〜!』
男が大袈裟にこどもたちに言う。
「「「自業自得」」」
『おれの扱い酷くねェ!?』
「だって本当のことだろ〜」
「おやっさんかわい〜」
『うわ〜ん!皆しておれをいじめる〜!』
男が泣き真似をすると、住民たちは更に笑い、こどもたちも涙目から、すっかり明るい顔になっていた。
それを見て、男はほっとし、こどもたちの頭を優しく、温かい手で撫でる。
まるで、母のように。
『おっと…もうそろそろ船が出ちまう、急がねェと“あいつ”に怒られらァ』
「例の“旦那”か?」
『違ェよ、“大親友”じゃボケ』
いそいそと荷物を拾う男に店主が誂うが、それは無効果で、男は呆れながら、最後にトランクを持つ。
男を労うように、居酒屋の奥さんがぽんぽんと背中を叩いた。
「頑張ってね」
『ゔぁ〜…やっぱり行きたくね〜…居酒屋の飯食い足りね〜…!』
奥さんの優しさが心に染みた男は、名残惜しそうに駄々を捏ねる。
「どうしても嫌になったら帰って来い、将棋の相手がいなけりゃつまらんしな」
傍らで茶を飲んでいる村長が男に言う。
『村長…』
「私たちも、あなたがいつでもご飯を食べられるように、店を開いて待ってるわ」
『奥さん…!』
「二度と帰ってくるな、このボッタクリジジイ」
明らかにしみじみとした空気に水を差すような言葉が聞こえる。
『あァ!?おいおっさん!今なんつった!!』
「ジジイに言われたかねェな!」
「コラ親父!おやっさん誂うのやめろって!」
店主の隣に立っていた息子が、思いっきり頭をしばく。
『そんなこと言うならもう帰ってきてやらんからな!!!』
「前もあー言ってたけど、何気に帰ってくるんだぜあいつ、覚えとけ、あれが“ツンデレ”だ」
『餓鬼に変なこと教えてんじゃねェ!!!』
「「「あっはは!」」」
周りは店主と男の会話を聞くやいなや、また大笑いをする。
『わ…笑わないでくれよ〜〜〜〜〜〜〜っ!!!』
村全体に、男の懇願する声が響いた。
「絶対に風邪引くんじゃないよ!」
「たまには顔見せろよ〜!」
『おう!ありがとな!』
港には島の住民たちが集まり、船の甲板にいる男にそれぞれ挨拶をする。
別れのハグはしなかった。
もししていたら、別れが惜しくて、「村から出たくない」と言い出してしまいそうだから。
船が汽笛を鳴らす。
出港の合図だ。
『…』
やっぱりハグしておけば良かった。
船がゆっくりと動き出す。
「じゃあね〜〜〜!!」
「お元気で〜〜〜!!」
手を振る者の中には、涙を流していた者もいた。
『お前らも元気でな〜〜〜〜〜っ!!!』
男は皆に負けないくらい、大きな声でそう言って手を振った。
『…さよなら、みんな』
男が小さい声で呟き、白い帽子を左右に動かして被り直す。
二度と会うことの許されない彼らに背を向ける。
その背中には、“正義”という言葉が刻まれていた。
〜“政府所属”の海軍本部中将は今日も自由奔放です。〜
𝓝𝓮𝔁𝓽…