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帰り道。
ふと一人になって考えた。
___俺、浮気しちゃったんだよな?
罪悪感?背徳感?
家が近づいてくると、急にそんなものに襲われて、なにかの拍子に杏奈にバレているんじゃないかと妄想してしまう。
きっと寝ているだろうから、起こさないようにそっと鍵をあけ部屋に入る。
リビングでは、杏奈が起きていた。
それだけで、ドキッとする。
「遅くまでお疲れ様。体、大丈夫?」
「起きてたのか?まぁな、この状況に慣れてきたのもあるし」
まさか起きているとは思ってなかったから、心臓がバクバクしている。
___なんで今日に限って?
「お茶漬け食べる?」
お腹も空いていたけど、できるだけ杏奈から離れたかった。
何か質問されて、うっかり変な答えをしてしまいそうだ。
「いや、風呂入って寝るわ」
着ていた服を脱いで、さっさと風呂に入った。
一瞬、何か浮気の証拠を残してやしないかと気になったけど。
___まぁ、大丈夫だろう
おかしな領収書や持ち物は、持ってないはずだ。
ついさっきまで、紗枝と絡み合っていた体を綺麗に流す。
まさか、杏奈から誘ってくることはないだろうが。
風呂から上がったら、杏奈はもう寝ていた。
冷蔵庫からビールを取り出し、一気に流し込んだ。
「かーっ!美味いな、これは」
独り言が、静まり返った部屋に響く。
ビールが美味いのは、紗枝とのあの時間があったからだろう。
髪を乾かし寝室に行くと、杏奈と圭太が寄り添って寝ている。
___家族は大事だ、それは間違いない
紗枝との一度の浮気くらいで、家庭を壊してしまうほど俺は馬鹿じゃない。
杏奈にバレさえしなければ、杏奈はこの生活が幸せだと答えるはずだ。
そのうち、訊いてみることにしよう。
“この生活は杏奈にとって幸せか?”と。
“ええ、幸せよ”
答えは決まっているけれど。
次の日。
仕事に行くのが楽しみだった。
若杉紗枝、今日はどんな態度で接してくるだろうか?
浮気がバレるようなことはしないだろうけど、誰にも知られてはいけない秘め事があるだけでドキドキする。
仕事ばかりの毎日に、ワクワクするようなことが入り込んできたのだ。
「おはよう!」
「おはようございます、岡崎さん。今日はなんだか元気ですね?」
部下の一人が言う。
「ん、あー、昨夜はよく寝れたからだろうな。やっぱり睡眠てやつの質は、いいに越したことはないようだ」
そう答えながら、紗枝の姿を探す。
「おはようございます、岡崎さん」
不意に後ろから声をかけてきたのは、紗枝だった。
「あ、おはよう」
何かを言おうとしたのだが、何を言えばいいかわからず会話はつながらなかった。
___そうだ、まだ連絡先も交換していなかった
職場で話すのは、周りの目もあるから気が引ける。
でも連絡は取りたい。
「あの、若杉さん、ちょっといいかな?」
あくまでも、エリアマネージャーとしての話がある、という感じで紗枝をデスクまで呼んだ。
「はい、なんでしょう?」
「あの、その、アレだ、これから必要になると思うから連絡先を教えておいて欲しいんだけど」
「は?エリアマネージャーの岡崎さんと私では、仕事の内容がまったく違うし直属の上司でもないので、必要ないです。というか、むしろ連絡先なんておしえるわけがないです。あんなことくらいで、いちいち連絡されても困りますから」
じゃ、と席へ戻ってしまった。
___あんなことくらい?
俺の価値なんて、そんなものだったのか。
別に俺のことを好きだというわけじゃない、と言っていたけど。
考えようによっては、連絡先も交換していなければ浮気がバレる心配もない。
___でもなぁ、もう次はないってことか……
デスクで伝票整理をしている紗枝を見ていたら、口パクで何かを言ってきた。
___ま、た、ね……?!また会えるということか?
やはり、秘め事はまだ続きそうだ。
俺はスキップしたい気持ちで、外回りに出た。
自分でも不思議だった。
仕事に追われる毎日があんなに嫌だったのに、紗枝とのことがあってから職場が楽しくなった。
もちろん、紗枝と直接連絡を取ったり話したりすることはないが、視界に紗枝が入るとふとした時にあの夜を思い出したりして、思わずにやけてしまいそうになる。
気持ちにハリができたからか、家に帰っても苛立つことが減った。
圭太も元気に成長しているようだし、杏奈はきちんと家のことをやってくれている、と思う。
少し前までは、専業主婦なのに手抜きだと不満だったが、紗枝に“家事も育児も本当に大変なんだからね!私にはできない”と言われてからは、見方が変わった。
___次はいつ、紗枝と会えるのだろうか?
できるだけ早く会えるように、いつ誘われてもいいように、片っ端から仕事を片付けていく。
自分でも単純だと思うが、やはり男とはそういうものなのだろう。