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『弱さを見せて』~d×n~
Side翔太
夕方のスタジオは、いつも通り熱気に包まれていた。
鏡張りの壁に映る俺たちの姿。音響から流れるリズムに合わせて、床を踏み鳴らす靴音が重なり合う。息が白くならないかと思うほどの熱気なのに、それでも誰も動きを止めない。練習の空気ってのは、時々本番以上に張り詰める。俺は汗をタオルで拭いながら、次の振りに備えて体を戻す。
――けど、その日の空気は、ほんの少しだけ違っていた。
いつもなら誰よりも早くリズムを刻み、周りを引っ張るように動く涼太が、今日はどこか様子がおかしい。ストレッチの動作ひとつにしても、なんだか慎重で、キレが足りない。時折喉に手を当てて、小さく咳き込んでいるのが鏡越しにも分かる。
「……おかしいな」
胸の奥にちくりとした違和感が走った。涼太はどんな時でも真面目で、手を抜くなんて考えもしない奴だ。そんな涼太が振りを遅らせるなんて、滅多にない。
次の曲がかかる。俺はダンスの流れに乗りながらも、鏡の中で涼太を追っていた。最初のターンで少しバランスを崩し、笑ってごまかすように姿勢を戻したのを見逃さない。動きの合間に息を整えようと深呼吸してる。ダメだ、これは普通じゃない。
俺は心の中で「大丈夫なのかな……?」と何度も呟きながら、振りを続ける。けど、その違和感ばかりが膨らんで、集中が散っていく。
リハーサルが一旦切れた瞬間、俺は涼太の方へ歩み寄った。
「涼太、大丈夫? 顔色すごく悪いよ」
汗に濡れた髪が額に張り付いて、普段は血色のいい頬も青白く見える。
涼太は、少し驚いたように俺を見てから、ふっと微笑んだ。
「平気だよ。……ちょっと寝不足なだけ」
その声は優しくて、いつも通りなのに、ほんのり掠れている。喉が痛いんだろうか。
俺は眉を寄せる。
「本当に? 無理してない?」
「大丈夫。翔太、心配しすぎだよ」
涼太は笑いながらそう言う。けど、その笑顔が逆に不自然で、俺の胸にざらりとした感情を残した。
本当に大丈夫な奴は、そんな風に無理して笑わないだろう。
俺はタオルで首筋を拭きながら、何も言えずに立ち尽くした。言葉が喉まで出てきて、でも飲み込んでしまう。俺が心配しすぎなのかもしれない。けど、この違和感を無視するのはダメな気がして仕方ない。
その時だ。次の曲のイントロが流れて、再開の合図が響いた。
―――再び音に合わせて動き出す。涼太は最初のステップから明らかに重い。足さばきは正確でも、力が入っていない。動きの途中で小さく咳を噛み殺すのが、音楽の合間に混ざって聞こえる。
俺は必死に踊りながら、ずっと視線の端で涼太を気にしていた。汗が滴る。呼吸が乱れる。けど、それ以上に胸がざわざわして、集中できない。
最後のサビに差しかかったときだった。
涼太の動きが一瞬止まった。足がもつれたみたいに、バランスを崩して、そのまま膝をつく。スタジオの空気が凍りついた。
「涼太!」
俺は思わず声を張り上げて駆け寄る。鏡の中に映る他のメンバーの驚いた顔なんて目に入らない。俺の視線はただ一人、涼太の肩に落ちている。
涼太は苦しそうに息をつきながら、俺を見上げてきた。
「……ごめん。大丈夫だから」
その言葉に、心が痛んだ。何が大丈夫だ。大丈夫だったら、倒れたりしないだろう。
俺は思わずその肩を支えた。熱い。汗のせいだけじゃない、体温が異様に高い。
「涼太……熱あるでしょ。無理してるんだね」
涼太は小さく首を振った。
「平気……ちょっと休めば……」
その声が震えて、掠れて、俺の胸を締めつける。
スタッフが慌てて駆け寄ってきた。「大丈夫ですか!」という声が響く。
俺は思わず言った。
「俺、涼太のそばについてます!」
涼太の肩を支えながらそう叫んだ俺の声は、熱で震える彼を抱きとめるみたいに必死だった。
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