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座り込んだまま、彼女は両腕を宙に差し出す。
しょうがないといった表情を作った義弟。
両脇に彼の腕が回される。
まるでモノを持ち上げるみたいに、そのままズルズルと身体を起こされた。
ムッと唇を尖らせたのは「姉」としてのなけなしのプライド故か。
彼女──白川星歌は、目の前の男の頬をむんずとつかんだ。
「えぇい! モテてモテてしょうがないって顔をしおって。何だこの顔面は。こんなモノ、剥いでしまえ!」
このホッペめと叫びながら、上下にグイグイ引っ張る。
「痛て、やめてよ。そんなしょうもない理由で顔を剥がれちゃたまんないよ」
ひとしきり頬を自由にさせてから、男は室内に彼女を招き入れた。
今は夜の十時前。
単身向け1DKのアパートとはいえ帰宅している住人も多く、玄関先で騒いで良い時間帯ではない。
「くそぅ、私はお前の顔面を剥いでやりたいんだ!」
「ちょっ、まだ言う? 怖いんだけど。姉ちゃん?」
呑んでもないのに完全に酔っ払いのノリで押しかけた星歌は、室内に入らず玄関でしゃがみこんだ。
ココア入れたげるから、と部屋に招き入れようとする義弟に対して首を横に振ってみせる。
「もはや、靴を脱ぐのも面倒くさいんだ」
「姉ちゃん……」
「我が義弟、行人(ゆきと)に命ずる。我の靴を脱がせよ」
「ねえちゃ…………」
一瞬の沈黙の後、行人と呼ばれた男は玄関先で跪いた。
「はいはい。じっとしててください、星歌さま」
「お、おう……」
うつむいた行人のつむじを見下ろす格好になり、星歌は我知らず声を上ずらせる。
彼女の視線になど気付く由もない。彼は星歌の右足にそっと手を触れた。
無理して履いている幅の細い五センチのヒールに触れると、踵からそっとすべらせる。
力が入るたびに筋が浮き出る手の甲を見下ろしながら、星歌はゆっくりと息を吐いた。
「姉ちゃん、どした? ほっぺが赤いよ」
急に顔を上げるものだから、星歌は驚いたように声をあげる。
意外なほど近くに迫る行人の目、その大きな黒目に一瞬見とれたのだ。
そこには、ぼんやりと口を開けた自分の姿が映っている。
「ち、ちがう! ちがうよ?」
ブンブン首を振る彼女に苦笑を投げて、行人はその場に立ち上がった。
「あのさ、姉ちゃん……」
低い声が降ってくる。