「な、なにっ?」
反射的に声が裏返ったのは、今日という日が最悪だったからだと星歌は自分に言い訳をした。
「姉ちゃん、ジャージ貸すから履いて。その格好、パンツ丸見えだよ?」
「えっ、ええ……?」
義弟の前だからと、いつもの調子で両足を広げて座っていたことにようやく気付く。
ヒールといっしょだ。頑張って履いた慣れないスカート。
少しでも女性らしく見えるようにと朝早く起きて巻いた髪も、睫毛だって、今やダラリと力を失っていた。
「わ、私のパンツを見たな!」
「見たくないよ。見せられたんだよ」
自分の方が被害者だという口ぶりで、行人はキッチンからカップを二つ持って奥へと行ってしまう。
玄関すぐの四畳半のキッチンスペースを、星歌はズルズルと四つん這いで進み、奥の八畳間に転がった。
その顔面目がけて、グレーのジャージが放られる。
「もっとかわいいやつがいいんだけど」
苦情を述べながらも、いそいそとスカートの下にそれを履く。
「……武家の長袴みたいだね」
「ブケノナガバカマ?」
「武家が履いてた袴で、すそが長くて後ろに引きずるような。忠臣蔵の松の廊下のシーンで浅野内匠頭が着ていたやつって言ったら一番分かりやすい?」
「ブケガハイテイタハカマデマツノロウカでアサノ……キテタ……」
一瞬、オヒメサマ的なものを想像したのだが、それが足元に布を引きずって履く男性用の袴であると気付き、しかも暗に足の短さを小馬鹿にされているのだと悟った星歌はプクッと頬をふくらませる。
「意味の分からないことを言う。そういやお前はどうしようもない歴オタだった」
ごめんと言いながらも漏れる笑い声。
「別に姉ちゃんの足が短いわけじゃなくて……まぁちょっと短いかもだけど。そのズボンは男ものだから丈が余るのは当たり前だって」
「うぬぅ……フォローしつつも、さりげなくディスられた気分だ」
同年代女性の平均身長より幾分背の低い星歌。
慣れないヒールの靴を履いて背伸びをしたものの、ただ疲れるだけの一日となってしまった。
うつむいた彼女の周囲を、甘い香りが包み込む。
「はい。元気出して」
いつものマグカップを手渡された。