テラーノベル
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拓海の通夜は、榊原組の事務所に近い古びた寺で行われた。
線香の匂いと、行き場のない沈黙が狭い畳の部屋に充満している。
遺影の中の拓海は、一週間前に撮ったばかりの馬鹿みたいに明るい笑顔を浮かべていた。
「和貴、顔が険しいぞ。少しは休め」
声をかけてきたのは、組長の榊原だった。
俺にとって、この男の言葉は絶対だ。
血の繋がりはないが、行き倒れていた俺を拾い、ここまで育ててくれた。
だが、今の俺には、その温厚な声さえも冷たい膜を隔てているように聞こえる。
「……親父。どうしても納得がいきません」
「拓海のことは不運だった。だが、警察が事故だと言っている以上、騒ぎを大きくするのは組織にとって得策じゃない。今は静かに送ってやれ」
親父の手が俺の肩に置かれる。
いつもならその重みに安心するはずが、今の俺にはそれが、俺の動きを封じるための「重石」のように感じられた。
組の連中が次々と焼香を終え、酒を酌み交わし始める。
死んだ弟分への弔いというより、単なる定例行事のような空気。
笑い声さえ聞こえてくる。
俺の胃の奥で、ドロりとした不快な何かが逆流しそうになった。
耐えきれず、俺は裏庭へ出た。
雨は上がっていたが、湿った空気が肌にまとわりつく。
「葬式の酒は不味いか?黒嵜」
闇の中から、聞き慣れた皮肉な声がした。
塀の影に、志摩が立っていた。
制服ではない。
くたびれたトレンチコートを羽織り、火のついていない煙草を咥えている。
「警察が何の用だ。ここはあんたらの来る場所じゃない」
「個人としての弔問だよ。…もっとも、門前払いを食らいそうだからここで待っていたがな」
志摩は俺に歩み寄り、声を潜めた。
「事故じゃないと言ったな。黒嵜、その根拠は何だ」
「……拓海の携帯だ。あいつ、死ぬ直前に俺に電話してきた。怯えてやがったよ」
「へえ。そいつの携帯、今はどこにある?」
「警察に押収されたままだろうが」
俺が睨みつけると、志摩はフッと鼻で笑った。
「残念ながら、遺留品の中に携帯電話はなかった。報告書にはな」
「……何だと?」
心臓の鼓動が跳ねる。
拓海は、携帯を片時も離さない男だった。
海に落ちたとしても、見つからないはずがない。
志摩は周囲を警戒するように見回し、一枚のメモを俺のポケットにねじ込んだ。
「警察の内部にも、組の中にも、お前に真実を知られたくない奴がいるってことだ。……知りたきゃ、一人で来い」
志摩はそれだけ言い残すと、夜の闇に溶けるように去っていった。
ポケットの中のメモ。そこには、場違いなほど高級なバーの店名が記されていた。
事務所へ戻る俺の背後で、遺影の拓海が笑っている。
お前を殺したのは、警察か。
それとも、俺の「家族」か。
確かめる術は、もう一つしかない。
俺は、親父に黙って事務所を後にした。
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