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志摩に指定されたのは、赤坂の路地裏にひっそりと佇む会員制のバーだった。
重い防音扉を開けると、ジャズの音色とともに、場違いなほど洗練された空間が広がる。
カウンターの端、薄暗い琥珀色の照明の下で、志摩は一人グラスを転がしていた。
「……随分と高級な趣味だな、志摩さん」
俺は隣に腰を下ろし、マスターに目配せしてストレートのウイスキーを頼んだ。
「俺の給料じゃ、一生かかっても常連にはなれんさ。ここは、ある『協力者』の持ち物でな」
志摩は俺の顔を見ようともせず、手元のグラスを見つめたまま続けた。
「黒嵜、お前の組……『榊原組』の周辺で、最近奇妙な金が動いているのを知っているか」
「金?うちは不動産から飲食まで手広くやってる。金が動くのは当たり前だ」
「表の金の話じゃない。出所不明の億単位の金が、海外の口座を経由して、お前たちのシマの裏側へ流れ込んでいる。拓海は、それを嗅ぎつけていた形跡がある」
喉を通るウイスキーが、火を噴くように熱い。
拓海が死の直前に言った『とんでもないものを見ちまった』という言葉。
それがこの「汚い金」のことだとしたら、あいつは極道の禁忌に触れたことになる。
「…志摩。あんた、さっき『携帯は遺留品になかった』と言ったな」
「ああ。だが、俺の部下が現場のさらに百メートル下流で、粉々に粉砕された精密機械の破片を見つけた。型番からして、拓海が使っていたものと同型だ」
「…っ」
志摩は懐から小さなビニール袋を取り出し、カウンターに置いた。
中には、焼け焦げ、無惨に潰れた基盤の破片が入っている。
事故で水に落ちた人間が、わざわざ携帯を粉砕してから死ぬわけがない。
「……確信に変わった。あいつは本当に殺されたってわけか、それも、俺のすぐ近くにいる誰かに」
「……いいか黒嵜。これ以上は警察(うち)の仕事だ。お前が動けば、組との全面戦争になるぞ。今の榊原組長は、お前にとって親も同然なんだろう?」
志摩の言葉に、俺は声もなく笑った。
親、家族、絆。
そんな綺麗な言葉で、俺たちは縛り合ってきた。
だが、その絆が拓海の命を奪ったのだとしたら、そんなものはクソ喰らえだ。
「忠告はどうも。だが、俺は極道だ。やられたらやり返す。それが『人間』として唯一残された俺のルールなんだよ」
俺は席を立ち、まだ半分残っていたウイスキーを一気に煽った。
店を出ようとしたその時、背後で志摩が低く呟いた。
「黒嵜……気づいてるか。お前、誰かにつけられてたぞ」
背筋に冷たいものが走る。
反射的に店外の夜闇へ視線を走らせると
角を曲がる黒いセダンのテールランプが、血のように赤く光って消えた。
俺を狙っているのは、警察か、それとも――。
復讐の時計の針が、また一つ、死へと進んだ音がした。