1.鬼ごっこ
タッタッタッタッ─⋯
「おいお前!待て!!待てったら…!!」
追いかけてくる男から逃げながら、ソライアは階段を駆け上った。通常何かから逃げるのなら駆け下りて行った方が絶対的に楽だが、このビルに来た時に「4階以下の階段が改装中で使えない」といった旨の張り紙があったのをソライアは見ていたため、あえて上に向かったのだ。
ガチャ!
ついに屋上まで来た。空はもうすっかり暗く、少し下では信号機や車の明かりが点々と灯っている。
「もう…逃げ場はないぞ…!今警察を呼んでやるから…大人しくするんだ…!」
荒い呼吸を繰り返しながら、男も続けて屋上に来た。2人の間をひゅうひゅうと冷たい風が通り過ぎていく。
「逃げ場はない、か…」
ソライアは小さく呟き、その場にしゃがんだ。
その直後─。
「!?」
男を相手に降参したのかと思いきや、ソライアは太ももに着けたホルスターに入れていた拳銃を取り出し、男に向けた。
「拳銃…!?ま、待て!待ってくれ!頼む!!」
パシュ!!
「逃げ場がないなら、作ればいいだけのこと」
先の言葉を続ける間もなく、男の命乞いは儚く散った。
2.メール
ヴー……ヴー……ヴー……
ピッ
『終わったかしら?』
直後かかってきた電話はミスティアからだった。声の後ろからは微かに車のエンジン音が聞こえる。
「あぁ、あっけなく死んだよ」
『そう、計画通り行ってよかったわ。今、ビルの裏に車を停めてもらったんだけど、そこまで来れそう?』
「ビルの裏……あれか」
ソライアが屋上から頭を覗かせると、真下に黒い車が停まっているのが見えた。すぐ近くにミスティアらしき人影もある。
(一旦中に入るか……いや、怪しまれるな)
返り血はあまり付いていない。だが屋上から社員でもない人間が降りて来たら誰だって不審に思うはずだ。発見を遅らせ、男の死亡推定時刻をあやふやにしなければ一番の容疑者になってしまう。
「!」
建物内に入る以外にどこか逃げ道はないかと、ソライアが辺りを見て回った時、申し訳程度に付いている廃れた外階段を見つけた。だが見るからに古くて錆びついたその階段は、もはや階段として機能しなそうな感じだった。せいぜい子供1人の重さに耐えられるほどの耐久性だろう。
意を決して、ソライアはゆっくりと階段に足を着いた。
─壊れない。
もう1段、階段を降りてみた。
まだ壊れない。
1段、また1段と慎重に降りていくが、一向に壊れる気配はない。
わずかな緊張が解け、再び1段降りた。
バキィ!!
「ッ!?」
ダメだった。折り返し地点となっている小さな踊り場の底が抜け、そこから連鎖して下の2段が折れた。どうしてこれだけ老朽化するまで放置していたのか不思議で仕方ない。
「…」
さすがにこれ以上進んだら危ないと判断したソライアは、上半身を捻り、斜め後ろに伸びる排水管を掴んだ。
大きくジャンプし、体全体を排水管の方に移動させ、そのまま一気に滑り降りる。まるで落ちていくかのように…。
タン!
いとも簡単に下までたどり着いてしまった。先程の苦労は一体なんだったのか。
「ソライア!」
後ろから声がしたので振り返ると、そこにはソライアに向かって手を振るミスティアの姿があった。
「ミスティア…」
「大丈夫だった!?全くあの階段何のためにあるのかしら!」
ソライアが壊してますますみすぼらしい姿になった階段を、ミスティアは忌々しげに睨みつけた。はぁ、とため息をつき、そのままずっと停まっていた車へと誘導する。
「ソライア聞いて!?私がターゲットにしたあの男最悪だったの!」
「最悪?」
「丁寧な敬語使ってくるもんだから紳士そうに見えたのに、中身は全然!初対面だっていうのに飲みになんか誘ってくるし、距離は近いししつこいし…!」
あーもう思い出したらイライラしてきた!と愚痴をこぼし、わなわなと肩を震わせる。
そんないつも通りのミスティアを見てソライアは安心した。彼女とは違う、ホッとしたような息をつき、そのまま車へと向かう。
ターゲットを消し、何食わぬ顔で戻れば、信頼する友が待っていて、愚痴を聞く。
(この流れにも慣れたな…)
こんな生活、本当は慣れてはいけないのかもしれない──そんなことを知ってか知らずか、2人を乗せた車は夜の闇へと溶けていった。
コメント
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「逃げ場がないのならば、作ればいいだけのこと」…こんなこと言って良いのか賛否はあるがかっこいいっす。。 ミスちゃん男見る目がんばってこ(--、)ヾ(^^ ) ソラちゃんにとってミスが少しでも負担を軽くする存在になってたらいいな✨🍀