学祭明けの月曜日。今日は振り替えで講義は休みだが、高野さんがちょうど時間が付くというので大学近くの喫茶店で会うことにした。
「バンドを正式に組みたい?」
俺はこくりと頷く。それで、と話を続けようとすると
「別にいいよ」
だから綾華といい、高野さんといい、ちょっと最後まで人の話を聞いてほしい。
「メジャーデビューをしたいんです。だからそのつもりで加わってほしくて」
「うん、だからいいよ」
「もちろん返事は今日じゃなくても……えっ?いいんですか?」
そんなに軽いノリで?と唖然と彼を見つめる。
「うん。だってそもそも3年生の俺に正式に組もうだなんて言ってくる時点で、サークルレベルで終わらせる気ないんだろうなって思ったし。実際元貴は才能あると思うし。学祭楽しかったし」
楽しそうなことは大歓迎。と高野さんはにやりと笑ってみせる。
「そうと決まればライブハウスでライブ積んでかなきゃな~売り込み売り込み」
「ちょ、ちょっと待ってください」
俺はまだ藤澤さんと綾華から承諾を得ていないことを話す。
「綾華には話を通してはあるんですけど、まだ返事待ちで」
「話してあるんなら大丈夫じゃないかなぁ、あいつドラム狂いだろ」
その発言についてあえて否定するつもりはないが、本人が聞いたらちょっと不本意そうな顔をしそうだ。
「涼ちゃんにも早く話して来いよ、意外と堅実なとこあるから教師の道決まっちゃったら頑として譲らなそうだもん。早いとこ退路絶っちゃおう」
何となく感じていたが彼は思い切りがいいタイプだ。しかも周囲を巻き込むのにも躊躇がない。今の俺はそんな彼がちょっぴりうらやましい。
「そうなんですけど……」
何となく歯切れの悪い俺に、高野さんは首を傾げる。
「なに?もう断られた?」
いや、とかぶりを振る。
「まだ話してないんですけど、藤澤さん小学校の先生になるって夢があるみたいだから言い出しにくいなって」
「別に、本気で涼ちゃんが先生にしかなりたくないっていうならまぁそれまでだろ」
高野さんはあっけらかんという。
「その場合でも、元貴が涼ちゃんしか嫌だっていうなら後は根比べだけど。とりあえず話してみなきゃ始まらないし」
正論をぶつけられて俺は黙り込む。昨日身体中に満ち満ちていた勇気と自信は一夜にしていったいどこに行ってしまったのだろう。
その時、高野さんのスマホがブーンブーンと着信を告げる。
「あっ、ごめん電話だ。ちょっと待ってて」
高野さんがスマホを手に外へ出る。なぜか妙な胸騒ぎがした。数分経って戻ってきた高野さんに「連絡大丈夫でした?」と聞くと、あぁ、と彼は頷く。
「元貴は知らないと思うんだけど、うちのサークルに所属してるやつで留学中のやつがいて」
もしかして、と思い当たる節があり、その名前を口にする。
「黒田さん?」
あ、と高野さんが納得したように頷く。
「そっか涼ちゃんから聞いてるか……そいつが向こうの学校が休みらしくて来週にこっち帰ってくるから面識あるやつら集めて飲み会でもしようって」
なるほど、と頷いてから
「あの、黒田さんて」
やけに喉が渇く。俺は乾いた唇を一度舐めてから、尋ねた。
「下の名前なんて言うんでしたっけ」
あぁ、と高野さんは何か面白いことを思い出したというようににやりと笑う。
「そいえばあいつも涼ちゃんと一緒で珍しいんだっけ」
「珍しい?」
「うん、季節の「春」って書くんだよ。4月生まれで「春」。それでハルちゃんって呼ばれるのが嫌で、周りには名字からとって「クロ」って呼ばせてたな」
そういうことか。クロダハル。自分の予想が外れたことに少しだけ安堵する。
「藤澤さんもリョウカって女の子の名前でありますもんね」
「うん?あー、たしかに涼ちゃんもスズカって読み間違えられて、名前だけだと女の子と間違えられるって言ってたもんなぁ」
「読み間違い……?」
「うん。クロもほんとはシュンっていうんだけど、なかなかそうは読んでもらえなくて、ハルって読まれて女の子と間違われるって。しかもあいつちょっと顔立ちも中性的だからさぁ……元貴?」
俺は自分の顔から血の気が引くのが分かった。シュン。酔っ払った藤澤さんが勘違いして俺に「置いていかないで」と縋りついて泣きながら呼んだ名前。
柔らかな表情、甘い声で「だいすき」と伝えるような相手。
そいつが、戻ってくる。謎の胸騒ぎはなかなかおさまらないままだった。
※※※
これにて「学祭編」は完結になります!お読みいただきありがとうございました!
明日からは涼ちゃん視点の「過去編」が始まる……と言いたいところなのですが、実はこの「学祭編」連載中にフォロワー様が400人、500人と突破させていただきまして……!
たくさんの方に作品を読んでいただけて本当に嬉しい!いつもありがとうございます!
400人記念の時に何も出来なかったこともあり、明日からフォロワー様限定の記念作品を5日間連続で更新させていただきます!詳細は明日の更新をお待ちください🙇♀️
少し間があいてしまいますが、その後「過去編」の連載を始めます!
涼ちゃんと「シュン」の関係も明らかに。少しの間お待ちください!
今後ともよろしくお願いいたします!
コメント
17件
えー!しゅんくんと涼ちゃんの関係が分からない(T^T*) これからが楽しみです!
うわぁぁぁ!もう続きが楽しみすぎるし、記念作品も楽しみすぎます(500人おめでとうございます!) 毎日こんな面白い作品読めるの最高すぎて、、、 これからも応援してます!
一気読みさせていただきましたm(_ _)m あのですね、すごく良かったです‼️The青春って感じでめっちゃ好きでした🫶 フォロー失礼します🙇♀️