結局、私は汗をかいたオレンジジュースのプルタブを開ける事なかった。
(これは記念に取っておこう)
透明なアクリル板は放置状態、私は右手を天井に翳かざし人差し指に着いた赤い顔料を眺めていた。
「なにしてんの」
「え」
「♪僕らはみんないーきている♪ってやつか」
その声の主は大垣 光一おおがきこういち(20歳)、同じデザインビジネスコースの2年生だ。
大垣は髪の毛をハリセンボンみたいに尖らせて自分では格好良いと思い込んでいる。然し乍らそのどんぐりのようなつぶらな瞳には全く似合っていない。
「なにそれ」
「歌だよ」
「そんな歌あったっけ」
「手のひらを太陽に、小学校で習わなかったのか」
「忘れた」
大垣は目の前の椅子に座ると背もたれを抱えて振り向いた。
「おまえさっきからずっとその格好じゃん」
「さっきからずっと私の事見てたの」
「悪いか」
「悪いよ、閲覧料」
大垣は事ある毎に私に絡んで来る。
「おまえ怪我、怪我じゃねぇな」
大垣は私の右手首を掴むと人差し指の臭いを嗅いだ。
「うえっ」
そして顔を背けた。
「おまえ、これ何処で着けたんだよ」
「油画の制作室」
つい嘘を吐いてしまった。
「これ銀朱ぎんしゅ、舐めるなよすぐ洗って来いよ」
「え、やだ」
「やだじゃねーよ、水銀中毒になるぞ」
「えっ」
「嘔吐に下痢、ナチュラルダイエットしたいなら止めねぇよ」
惣一郎さんが私に着けたのは中毒になる朱色だった。