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竹酒って言ってもなぁ。どうやって探そう。
俊豪に事情を粗方話して一人、竹藪の中へと足を踏み入れていく。
一緒に探してくれると俊豪も言ってはくれたけれど、流石にこんな事にまで付き合わせるわけにはいかない。片付けや諸々の作業が終わり次第、戦利品を持って先に帰ってもらうことにした。
村から内陸部へと進むと森の更に奥に、竹藪が広がっている。
竹の中に酒が入っているのかいないのか、外側からじゃ分からない。分からないなら片っ端から切っていく?
それだと場合によっては、山が一つか二つ、丸ハゲになってしまうかもしれない。流石にそれは宜しくない。
んー、と唸りながら考えること暫し。
「そうだ! 叩いてみたらある程度分かるかも」
水の入っている容器と入っていないのでは、叩いた時の音が違う。それなら棒で竹を叩いて目星をつけてから切ってみればいい。
早速、その辺に落ちている棒きれを拾って竹を叩いてみる。
カンカンっと中で響くような音がするのは、中身が空っぽの竹。
くぐもった様な音のする竹はないだろうか。
何度かそれっぽい音のする竹を切ってみたけれど、結果はハズレだった。
中に水が溜まってはいても、舐めてみると青臭くて美味しくない。時々甘いのもあったりしたけれどまだ酒にはなっていない。
見つけ出すのはかなり困難だ。何日かかる事やら。
野宿は慣れていると思っていたけど、一人ではしたことが無いことに気がついた。暗闇にちょっぴりビクつきつつも、小川のある森の方へと移動して火を焚き、|乾飯《ほしいい》をつまんで空腹を満たす。
来る日も来る日も、竹を叩いては切り、叩いては切り。
随分と竹藪の奥地まで進んできてしまった。
夕暮れだけれど森へ戻るには結構距離がある。今日はここで野宿かな、と荷物を降ろして場所作りをしようとした所で遠くから、小さな声が聞こえてきた。
「おあぁー、おあぁー」
赤ちゃん……?
小さな声は、赤ちゃんが泣いているように聞こえる。
もしかして山に捨てられたのかな。
食いぶちを減らす為に先ず捨てられるのは、お年寄りか小さな子供。辺りの村々から遠く離れたこの山なら捨てられてもおかしくない。
もしそうなら急がなきゃ。
赤子の体力ではすぐに力尽きてしまうか、もしくは獣や妖に襲われてしまうかもしれない。仙の次に多く精気を持ち簡単に殺せる赤子は、妖の格好の餌食だ。
どこ? どこ?
声のする方へと走って向かうと、段々と声が大きく聞こえてくる。
――夜に赤子の鳴き声が聞こえたら、それは人を襲う怪の声じゃ。近づいちゃいかんよ。
幼い頃、おばあちゃんが言っていた。
大きな角を生やした赤い虎柄の牛を前にして、今更ながらに思い出した。
「|窫窳《あつゆ》……」
牛っぽい見た目のくせして、窫窳は人を喰う怪だ。それに脚は馬のように長く、速い。
一匹なら仕留められるか。
短刀の柄に手をかけタイミングを見計らう。
「ぉあぁーー」
「えっ?」
自分の後ろ側からも赤子の泣き声。
「ああぁー、あぁあー」
右からも、左からも。
「嘘でしょ」
怪の人狩り。
怪でも獣と同じように、集団で暮らしたり狩りをする種もいる。
一人でいるこの時に、よりによって相手が窫窳なんて分が悪すぎる。讙よりも遥かに強い。
全部倒すとか絶対無理!!
短剣を少し長く変形させて握りしめ、窫窳と窫窳の間を猛ダッシュで駆け抜ける。
こうなったら逃げるしかない。
正面から襲いかかってきた二匹に、爆風付きの斬撃を食らわせて道を切り開く。
馬並みの速力のある相手に、単純なスピード勝負じゃ逃げきれない。
でも勝算はある。
蹄のある窫窳は讙と違って木に登れないもんね!
と、周りに生えている木を見上げると……
「たけぇぇぇーーーーっ!!」
すべっすべの竹なんて、ヤモリじゃあるまいし登れないよぉ。
自分より足が早いってだけでも不利なのに、1対4なんて逃げ切れる気がしない。でも逃げるしかない。
追いかけてくる窫窳に攻撃を加えながら、どうにかして距離を保つ。時折、窫窳の角が服を掠めて破ける音がする。
森の方にさえ着けば……!
あった! 木!!
それもちょうど、登りやすそうに枝が並んでいる。背後にもう一度爆風を巻き起こして目くらまししている間に、木の枝に飛び乗った。さらによじ登り上へと移動。下には物欲しそうな目でこちらを見上げている窫窳がウロウロとしていた。
お願い、諦めてー!
しばらく木に飛びかかったり体当たりしていた窫窳だったが、諦めてくれたのか木に背を向けて歩きはじめた。
良かった、これで助かりそう。
最後の一頭だけが、じいっとこちらを見上げたままなかなか動かない。
早く去れ、早く去れ、と心の中で念じる。
「早ク、降リテコイ」
「え……?」
今、喋った??
驚いて目を瞬いた瞬間、乗っかっていた木がうねり振り落とされた。なんとか受け身は取れたけど衝撃が全身を走る。骨は多分、折れていない。
痛みを堪えて立ち上がり、喋った窫窳と向き合った。
「もしかして……妖怪?」
今のは確かに仙術だった。それに、よく気配を探ってみれば精気を身体に溜め込んでいる。仙骨持ちだ。
仙骨を持つ怪――妖怪。
妖よりも更に凶暴で残忍な性格をしている。道理と言う概念を持たない妖怪は、およそ仙籍などには入れない。
「精気、ヨコセ」
こいつ、まだ人型を取れないんだ。
そんな事どっちだって構わないけど。
仙術を使えるのなら木の上に登ったってしょうがない。戦うしかない。
剣を構え直して妖怪・窫窳に斬りかかる。
振り下ろした刃先はひらりとかわされて、角で弾き返された。伝わってきた衝撃で手がビリビリする。
横からなにか来ると思った瞬間には、大きくしなった木の枝で鞭のように脇腹を打たれて吹き飛ばされた。
グラつく頭、合わない焦点。
それでも何かしなければ喰われる。
木の葉に鋭さと強度を持たせて窫窳へと向かわせる。そのどれもが窫窳のおこした風で軌道を変えられ、傷一つ付けられない。
「おぁぁー」「ほぎゃぁ」
赤子の泣き声がまた、背後からしてきた。
戻って来たんだ。
去っていったと思っていた窫窳達の気配がする。
「やば……」
妖怪一匹でもいっぱいいっぱいなのに。
死の恐怖が全身を襲う。
これまで何度も妖と戦ってきて、本当の意味で死を怖いと感じたことはなかった。どれだけ相手に打ちのめされても、勝ち目は無いと分かっても、最後には必ず颯懔が助けてくれるって知っていたから。
傍で見守っていてくれたから。
ジリジリと距離を詰められ、身動きが取れない。
ダメかな……。
誰かが号令でもかけたかの様に、四頭が一斉にこちらに向かって駆け出してきた。涎まみれの口を大きく開けている。牛顔のくせして肉食獣みたいな歯とか、卑怯でしょ。
木の根を地面から突き出して、せめて防御を。
術を行使すべく精気を縒り合わせて発動させた。
ドオォォーーンッッ!!!
「ぅええええっ?!?!」
思いの外、出てきた木の根が多くて吃驚した。私が一度に操れる根なんて、普段は数本程度なのに。しかも窫窳を絡めとって締め上げてた挙句、火がついて燃え始めた。
なに? 私、急に能力が開花しちゃった?