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その情景は、わずかな瞬きのうちに消えてしまった。
「どうして集落を移動してきたの?」
小さな口から純粋な心が零れる。
「そうしないといけない理由があったからだよ」
私の隣でチタニーを見下ろすティニが答えた。
「理由ってなーに?」
チタニーは、私たちの足元の花を摘みながら言った。
「うーん…なんて言えば伝わるかしら」
ティニは私の肩に手を置く。チタニーの質問の解答を私に求めているようだった。
「そうだな…」
集落の移動を決めた理由は、他部族との争いに巻き込まれないようにするためだ。ただ、あまりに幼い彼女に、そのまま事実を伝えることははばかられた。
「この子にとっては、初めて聞く話だものね。ましてや、言語化するというのもあまりいいものでもないわ」
「そうだね…初めてを教えしまうとどうしても、最初は型にはめられてしまうから」
「ええ、それもあるわ。でも、一番はこんなことは私たちだって教えたくないわ。伝える事は楽しい事だけで十分ですもの」
私とティニの大人同士の会話を、チタニーは黙って見つめていた。
「おや、どうしたのかな。お花摘みは辞めてしまったのかい?」
私はチタニーへ尋ねた。彼女の摘む手は止まっていた。どうやら私たちに釘付けにされていたようだった。
「うん。摘むよりも今の二人が珍しい顔をしているから、なんだろうって」
私たちは時々、チタニーが見つめる視線に気付いていないことがあった。両手で足りる年齢の彼女が、目の前の遊びごとよりも私たちを見ているのは一体なぜなのか。まるで、真実を見抜くような鋭い目に私は言葉が出てこなかった。
ティニは、彼女の元へ体を抱え込んだ。何事も無かったかのように、事実を隠すような背に、私は口を噤んだ。
「チタニーは気にしなくていいのよ。ちょっとした事情があっただけなの」
「どうして、隠そうとするの?」
彼女の質問は、どこまでも真っ直ぐなものだった。
「隠すなんて違うのよ。私たちは、なんて伝えようか話し合っていただけなのよ」
「どうして話し合うの?そのまま伝えてくれれば、事実は何も変わらないよ」
「そのままって… 」
「言葉を重ねるほど、真実から離れていくの。だから、伝えてくれればいいの」
ティニが言葉に詰まるように、私も彼女の大人びた言葉に驚かされていた。
「どうして、そんな言葉が使えるんだい?」
私はいつの間にかチタニーへ、純粋な質問をぶつけていた。
彼女は、それに驚いた様子を見せると手にしていた花を口元へ寄せて言った。
「ダメよ、私もこのお花たちと話し合ってからじゃないと伝えられないよ」