彼女は本に吸い込まれるように見入っている。
「どうしようかな、これを…」
怒りとは無縁の世界へ誘われたような声色は、どこか穏やかだった。
「ねえ、何か選択肢言ってよ。何か見つかるかもしれないわ」
そう尋ねてくる瞳には、既に答えが決まっている。
「ほんっと、つくづく何も言わない男ね」
寡黙な人間という檻に僕を閉じ込めたがる。檻に鍵がかかる前に一つ質問をしてみる。
「僕が全部と言った理由は分かる?」
「なによ、いきなり。そんなに私の話はどうでもよかった?」
彼女の感傷極まる言葉に反応しない。
「なによ、どういう事?」
僕は答えない。
「はぁ?まただんまり?いいわよ当ててあげるわ。話したくないから最小の文字数で言ったんじゃないの?それか考えるのがめんどくさかった?いやうるさいとでも思ったんでしょうね、早く終わらせたかった?私が答えを言えと言ったから。それまでじゃない?きっと、あなたの意志が動力源じゃなくて、私の嫌味があなたを動かしたんでしょ?どう?」
何かを言わなくても彼女は言葉の囲いで自分を閉じ込めてしまう。
「まあ、正解してても普通は黙るでしょうね。特にあなたは。そういうのはどうでも良さげだもの」
僕の答えをどうでもいいと言わんばかりに、目を伏せ、一人の世界へ入る彼女。
「君の方が僕の答えをどうでもいいと思っているんだよ」
僕の答えに敏感なくせに、読み込もうとしない遅延ロボット。
「は…?」
彼女は驚いているようで嘲笑が透けて見えるようだった。
「さっきも言ったけど、君が否定しているものこそ僕の答えなんだよ。君自身で片付いている答えで、君は満足している」
「え…はぁ?何を偉そうに言ってるのよ!人はどちらかしか選べない。だから、私の答えを優先して当然でしょ!結果的にそれがあなたを否定しても、私には関係のないことよ!」
人形は操り糸を自らほどく勢いで話す。
「私は沢山、選択して生きてきたの。というより、人間皆、何かを選択して常に生きてるわ。人の答えなんてあくまで手段。自分の選択肢の足しになるかどうかよ」
言っていることは理解出来る。ただ、それで済む話なら、なぜ人形は糸を引きちぎってまでこんなにも怒ってくるのか。
「じゃあ、どうして僕が答えるだけで怒るの」
彼女は言葉と共に息を吸い込むと、静かに消えるように言う。
「知らないわ、そんなの」
矛盾していた。僕は軽くなった鞄を持ち直す。
「じゃあ、僕はもう行くね」
言葉を待たずに歩き出す。選択肢で道が塞がれないうちに。
「は…?どこに行くのよ。この先は何も無いわよ」
「何も無くても、君と会話しているよりもずっといい」
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