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けれど、郁斗を殺して自分が助かるなんて、そんな未来は要らないと思っていた。
(…………っ、そんなの、もう、考えるまでも、ないよ……)
覚悟を決めた詩歌は黛を真っ直ぐに見つめると、
「……郁斗さんを殺して自分が助かるくらいなら……私は、自分を犠牲にします……」
睨みつけながら、そう口にした。
「そうかよ。そうまでして、あの男が大切って訳だ。泣かせるねぇ。ま、その威勢の良さに免じて、俺も一つ考えを変えた」
詩歌の決意を聞いた黛は何やら新たな案を思いついたらしく、こうつけ加えた。
「お前を餌に夜永を誘き出して、アイツの自由を奪った上で、目の前で犯してやるよ。その方が愉しいだろ?」
「何で……どうしてそんな事を!? 私を犯したければ今ここですればいい! 郁斗さんを巻き込むのは止めて……彼は、私のせいで巻き込まれただけなの……これ以上……迷惑かけたくない……だから……っ」
「うるせぇよ。俺の決定には逆らうな。テメェは囚われてる身なんだぜ? 口答えしてんじゃねぇよ!」
「きゃっ!!」
詩歌の言葉が癇に障ったのか、苛立ちを露わにした黛は拳を振り上げると、手加減もせずに思い切り彼女を殴り飛ばす。
「…………っ、……いくと、さん……」
そして、その拍子に壁に激突した詩歌は郁斗を思い浮かべつつ、そのまま意識を失ってしまうのだった。
一方、迅に連絡を取ろうと情報屋を通じて下準備しているさ中、恭輔から電話が掛かってくる。
「はい?」
「郁斗、実はな――」
恭輔からの電話の内容は、思いがけないものだった。
「――黛から直接、俺の元へ連絡が来た」
「……は? 直接?」
「ああ。それでな、その内容なんだが、郁斗、お前を指名して来たんだ。『花房 詩歌を解放して欲しければ、夜永 郁斗一人だけを指定した場所へ寄越せ』と」
郁斗からしてみれば願ってもない話だが、誰がどう考えても罠でしかない事が分かる。
「……郁斗、分かってると思うがこれは罠だ。誘いに乗るのはやめた方がいい」
郁斗は恭輔が言いたい事も分かっていた。だから、恭輔は黛から事務所へ送られて来た写真の事は伏せていた。
送られて来た写真は、傷だらけの詩歌が椅子に拘束されて座らされているもので、場所はどこかの倉庫のような建物である事が窺える。
こんな物を見せれば郁斗はすぐにでも、誘いに乗って飛んでいくだろう。
それだけは避けようと考えたのだが、詩歌を大切に思っている郁斗の気持ちも分かるからこそ、恭輔は本当にこれでいいのか悩んでいた。
しかし、そんな恭輔の悩みは郁斗の言葉によって無駄な事だと思い知らされる。
「……恭輔さん、分かってるよ。これは罠だって。けどさ、黛は本当にイカれた奴だ。女だからって容赦するような男じゃない。今も詩歌が辛い目に遭ってるかと思うと、例え罠だと分かってても、じっとなんてしてられねぇよ」
極道の世界はいつなんどきでも気は抜けない。危険なんて当たり前の世界だ。
恭輔だって、過去に愛した女の一人くらいいた。
けど、彼は女を危険に晒したくないからと、自分が若頭に上がった段階で全てを捨てた。
以降恋愛などというハンデにしかならない事は一切興味を持たなくなった。
だからこそ、罠だと分かっていても大切な女を助ける為に命を懸ける、そんな郁斗の覚悟を尊敬し、いくら止めても無駄だと改めて実感したのだ。
「――分かった、お前の覚悟は相当のようだな。それと、黛から写真が送られて来た。状況から見て、あまり良いものとは言えない。指定して来た場所はマンションだが、詩歌が囚われているのは別の場所のようだ。俺らは写真から彼女は倉庫のような場所に監禁されていると推測したから、片っ端から捜索する。郁斗、気を引き締めて、行って来い」
「はい」
電話を切った恭輔はすぐに送られて来た写真を撮ると郁斗に転送した。
「……詩歌……待ってろよ。必ず、助けてやる。もう少しだけ、待っててくれ」
痛々しい詩歌の姿を見た郁斗は何とか怒りを抑えると、
「美澄、小竹、俺はこれから黛の元へ向かう。マンションの部屋に行くのは俺一人だが、言われた通り馬鹿正直に単身乗り込む訳にはいかねぇ。向かいながら作戦立てるぞ」
「はい!」
「それじゃあ俺、急いで車回してきます」
恐らくこれで、全ての決着がつく。
郁斗はどうするのが一番最善か頭をフル回転させながらひたすら策を練っていた。