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その想いが指輪への返事となったのか、眩しい光に包まれると見たこともない場所に立っていた。
「ここは、一体どこだ……?」
装飾品が飾られていない、白い壁に白い床。宮殿でも外でもないようだ。
『この者の体を使い、聖女を探すのだ』
頭に直接呼びかける指輪。
どうやら俺は、他者の体を借りているらしい。軽く締め付けのない服に、白くペラペラとした上着を羽織っている。形はともかく、生地は悪くない。
口元を覆っている、変な形をした布のような物。これだけは、息苦しいので外す。
「なんだか体が……軽い」
『もたもたするな、急げ!』
指輪は神だというにわりに口が悪く、イライラと指示を出してくる。そのせいか、俺も砕けた口調で返してまう。
「どこに彼女は居るんだ?」
『そこを右に曲がれ!』
見たこともない、服装の人間が行き来する不思議な場所。指輪の指示に従って、クリスティナの生まれかわりを探す。
『見つけたぞ! あの娘だ、さっさと行け』
黒髪で小柄な娘が腕に書類を抱え「まったく、冗談じゃないわよ」と悪態をついていた。
その元気そうな後ろ姿が、どんくさそうに走って行った少女と重なる。似ても似つかないのに――。
手を伸ばせば触れられる所に彼女が居るのだ。つい、声をかけてしまった。
「何が冗談じゃないんだ?」
驚いた娘は、手に持っていた物をバサバサと落とし、苦しそうに倒れてしまった。
◇
適当に空いていた部屋の、簡素なベッドに寝かせて様子を見ていた。
元気そうだと思ったが、寝ている彼女は疲れているのか顔色も悪い。
『原因は、その顔だ』
指輪から不機嫌そうな声が聞こえた。
「ああ、そういうことか……」
ガラスに映る自分の顔を見た。体は他人のものだが、見た目は自分のものだ。とはいえ、寝たきりで鏡を見ることなど殆どなかったが。
髪色や年齢は違うが、ベルトランとアヴェリーノはよく似ていた。魂だけの俺は、本来のあるべき姿になっているらしく、きっとアヴェリーノにそっくりなのだろう。
苦しげに眉を寄せて眠る姿に、アヴェリーノがどれほどの苦痛をクリスティナに与えたのかと思うと、強烈な怒りがこみ上げてくる。
自分の顔が似ていることさえ許せないほどに。
しばらくすると、クリスティナの生まれかわりの娘は目を覚ました。
だが、警戒しているのか全力で抵抗してくるのがわかる。記憶も曖昧のようだ。
俺の見た目のせいで怯える彼女。他人とろくに接して来なかった俺には、優しい言葉のかけ方などわからない。
――挙句、指輪をいらないとまで言われてしまった。頭が真っ白になる。
『急がないと、戻れなくなるぞ!』
指輪が叫ぶ。
向こうの世界に残してきた俺、ベルトラン本体が限界を迎えていたのだ。
神託に背けば、国は……それよりも、聖女だった目の前の娘はどうなるのだろうか。無事ではいられないかもしれない。
無理矢理連れて行きたくはなかったが、俺には選択肢など無かった。
指輪を娘に握らせると、またも光に包まれた――。
◇
今はコトネとなったクリスティナは、やはり本物の聖女だった。元の姿に戻った俺を、浄化できたのがその証拠だ。
話をすると、クリスティナの記憶は多少は残っていそうだが、残念ながら俺については覚えていないようだった。
それが悲しくて、つい口調に余裕が無くなってしまい、指輪から何度も文句……注意された。コトネには聞かせたくないのか、俺にだけ聞こえるように。
俺自身の事はどうでもいいが、クリスティナとコトネの意志は尊重したいと思った。復讐だって構わない。いくらでも俺を使えばいい。
欲を言えば、ひとつだけ――いつか、俺との出会いを思い出してほしいが。
取り敢えずは、俺の体力の回復と味方を増やすことに時間を費やすことに決めた。
俺は力をつけなければならない。
『この国を滅ぼさないため――』
指輪の神の御心はわからない。
だが、俺が聖女であるコトネを隣で守る大義名分には、その言葉はもってこいだった。
縋ってでも離れるものか。今度こそ彼女を守ってみせる。