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「落ちる夏」
🟦🏺:とにかく海で遊んで花火する2人
※全く短い話ではない(10000字over)
一個前の作品「溶ける夏」の続きですが、読んでなくても多分話は通じます。でもあっちも先に読んでくれると私が嬉しいです。
1
「つぼ浦、明日って休める?」
背後から声をかけられてつぼ浦の心臓がキュッと締め付けられた。
振り返ると青井が立っていた。日が落ちてもなお蒸し暑いロスサントスの夜。遠い海からの風がほのかに警察署まで届き、つぼ浦の頬を撫でた。
光に狂わされ、ただぐるぐると飛び続ける虫の群れが街灯の前で踊っている。その光の下に立つ青井が次に何を言うのか。つぼ浦はなるべく平坦な声で返した。
「明日ってのは今日から見たときの明日っすか?」
「今日から見なかったらいつになるんだよ」
「昨日から見た明日なら今日が今日だろ」
「はいはい、昨日の話はしてないからね。勝手に拾ってこないでね」
「アオセンって拾った子猫とか元の場所に捨ててこれるタイプなんすね」
「捨てねぇよ、お前だろ勝手になんか知らないワード拾ってきたの」
「俺はそんなひどいことしないっすよ」
「まぁつぼ浦は子猫大事にしそう……いや違う、あぶねぇ」
埒が明かない気配を察して鬼のマスクの下で大きなため息が聞こえた。表情が見えないというのはコミュニケーションにおいて非常に不利だ。まして青井の声は単調で、つぼ浦には青井が怒っているのか優しいのかも読み取れない。
怒っている方がまだマシかも知れない。わざわざ職場の後輩の休日の予定を聞いてくる理由を、つぼ浦はいくつかしか思いつかない。
「いいからもう、お前の明日の予定の話をしてんの」
「でも“明日”ってのは、視点がどこにあるかで変わるじゃないっすか。アオセンにだって昨日はあるだろ?」
「あーうん、あるある、あるよ、昨日ね。あるよー」
「よくわかんねぇけど、そういうのはちゃんと定義してくれないと困るぜ」
「だから昨日じゃなくて今日で、明日、明日だっての」
「ン?なんで一回昨日の話を経由するんだ?水掛け論か?大人げねぇな」
「してねえよ最初から!!まったくもう……」
呆れ返った声が駐車場に響いた。もう少し堂々巡りを続ければきっと青井は飽きていなくなるだろう。つぼ浦はそう思った。そう思ったが、ほんのわずかな名残惜しさが湧いてしまった。
「で?……明日がなんなんすか」
「えーっと、何が何だっけ。どうやって言おうと思ってたんだっけな」
「老化っすか」
「あ゛ぁ?!あ〜もう。明日、どっか遊びに行かない?」
疲労が混じった弾む声がつぼ浦の心を捉えた。
それはいくつかあった選択肢のうち、一番可能性がないと思っていたものだった。叱責なら悪態を、頼み事なら皮肉を返すだけの簡単なやり取りのはずだった。レアケースを引き当ててエラーを起こした脳は単純なオウム返しを吐き出した。
「どっか、遊びに、行かない……?って、どういうことっすか」
「夏らしいことしてないでしょ。ああ、熱中症でぶっ倒れたりはしてたけどさ」
過去を指摘され、途端につぼ浦の顔に熱が集まる。
倒れた自分を青井が看病してくれたことを。喉を通り抜ける冷たく爽やかな味と、アイス越しの青井との間接キス。暑さにやられていたとはいえ無邪気にしてしまったこと、それを苦笑いで許されたこと。真夏の蜃気楼のような甘い思い出。
その意味を未だにつぼ浦は掴みきれていない。心の迷いを吹き飛ばすように慌てて大げさな身振りで否定した。
「悪いが夏なんて見慣れてるぜ」
「そりゃ特殊刑事課は暑かろうが外で走り回るのが仕事かもしれないけどさ、夏って本当はもっと楽しいと思うんだよねぇ」
「現行犯処刑とかチェイスよりもっすか?そこ超えてこねぇと認められないぜ」
「超える超える、ってか別腹だよ。海行ってさぁ、花火とかしようよー。30超えてのソロ花火は流石にキツいんだよ」
「多分ソロ花火がキツくない年代は無いっすよ」
「じゃあなおさらだよ、もう買っちゃったし」
「海難救助もデケェ花火も全部毎日やってるぜ」
「車の水没にロケラン爆破だろ。そんなんじゃなくってさぁ……」
青井は一つ息を吐いた。この屁理屈をこねる男をどうやって引っ張るか、少しだけ考えた。
「そんなんナシでさ、普通に泳ぎに行こうよ。それで夜になったらゆっくり花火しよ?」
考えた結果、まっすぐに伝えることにした。鬼のマスクは便利で、どこを見られているのかきっとつぼ浦にはわからないだろう。つぼ浦の色の濃いサングラスも視線のありかを悟らせない。本音を隠した者同士の目線が交錯した。
「きっと綺麗だよ」
その言葉でつぼ浦の脳裏にありもしない夢がふわりと咲いた。二人で仲良く夜の浜辺で戯れるような、まるで恋人同士のような逢瀬。
だが夢はあくまで夢だ。すぐに現実が胸ぐらをつかむ。黙ってしまったつぼ浦を見て青井は半歩下がった。
「ああ、その……本当に嫌なんだったらいいけど、ごめん」
「あ、イヤ、そうじゃなくってだな」
振り返るまでもなく自分の言動は拒絶一色に見えたことだろう。それは一番困る誤解だ。
「行くぜ。特殊刑事課に二言はねぇ」
「本当に……いいの?」
「ああ。明日だな?」
「そうだよ、今日から見たときの明日だよ」
青井は皮肉っぽく笑った。
客船のところのビーチに午後ね、と言うと青井は踵を返して去っていった。
街灯の光に近づきすぎた蛾がくるりと大きく回ってから落ちた。軽い死骸は地面に近づく前にやわな潮風に吹かれて闇に消えた。
自分の感情は笑ってしまうほどに明らかなのに、青井の真意がどこにあるのか全く掴めない。正しさを装うための正しさの根拠が見当たらないことがこんなにも恐ろしいとは思わなかった。
恋とは正解がないものだ。あのひとときの夏の思い出、あれにもう少しだけ続きがあるのなら、どんな終わりを望めばいいのか。つぼ浦はただ祈ることしかできなかった。
2
照りつける夏の日差しを反射する海はまるで炎のきらめきのようで、サングラス越しにもチラチラと目を焼く。
オープンカーというものはドライブ中は涼しいが、停車すると地獄だ。正午をとうに過ぎた日差しにジリジリ炙られ、つぼ浦は遊園地の駐車場に立っていた。
「遅いっすよ!!」
すぐ横に停車したトレロに悪態をつく。いつもと違う格好の青井が下車するなり眉をひそめた。
「お前が早いんだよ、13時って言ったよね?そんなに楽しみだった?」
「たっ……こ、こういうのは5分前行動だろ」
「仕事のときにこそやってくれよ、それとも仕事だと思ってきたの?」
「いや、ちがっ、その……う、うるせぇ!!」
何を言ってもだんだん泥沼にハマっていく。大声で振り払ってそっぽを向いたつぼ浦の後ろで青井はクスクス笑った。
「着てきたんだ、水着」
その声でへそを曲げていたつぼ浦は苦々しそうに振り向いた。青井の好奇の目で見られていることに気づき、急に心拍数が上がる。
「上半分変わってないやん」
「あ?海に着ていくにはピッタリだろ。アロハシャツだぞ」
下はオレンジのサーフパンツだったが上はいつものアロハシャツだ。Tシャツを着ていないだけでいつもと誤差のような格好をしている。
「本当にそのシャツ365着持ってんのかよ」
「ああ、一張羅だからな」
「秒で矛盾するなよ」
「アオセンもそれ、水着なんすか?」
青井は下は青のサーフパンツだが、フード付きの白いラッシュガードを着ていた。更にそのフードを被って淡めのサングラスを掛けている。
「どう?」
「海に来てるのに日焼けしたくないという矛盾を感じるな」
「お前と違って焼けると痛くなっちゃうの!」
「グラサンはなんなんだよ」
「いいでしょ、おそろい。紫外線対策だよ、目は商売道具だから」
「さ、サングラスってだけでおそろいとか言われたら困るぜ」
「えー?」
他愛もない会話をしながらもつぼ浦は暑さだけではない汗が背中を伝うのを感じていた。
さっきからどうしたことか、距離が近い。会話の内容だけでなく、少し動くだけで腕が触れ合う距離に青井が寄ってくる。オフの青井と二人きりになったことがないのでこれが普通なのかどうか分からなくてつぼ浦はただ混乱した。
背景に宇宙猫を召喚しているつぼ浦の腹を突然青井が触った。
「ひぇあ?!」
「へぇ〜、つぼ浦って腹筋バッキバキなんだねぇ」
「ア゛!?さわんなよ、き、気持ちわりィ!!」
「ごめんごめん、お詫びに触っていいよ〜」
青井は悪びれることなく袖をめくって右腕の力こぶを見せてくる。
「それが詫びになると思ってるんすか」
「ダメかぁ」
「てか早く海行こうぜ、海を見物しにきたわけじゃないだろ?!」
つぼ浦は声を張り上げた。そんなことを言いつつも思ったよりちゃんとしっかり筋肉あったな、アオセンも腹筋割れてるのかな、勢いで触ればよかったな、などという邪念と後悔が頭の大半を占めていた。
*
ビーチサンダルの足跡が2人分、砂の上に続いていく。クーラーボックスや浮き輪を砂浜のパラソルの下にどかっと置き、つぼ浦は早々にサンダルを脱ぎ捨てた。
南国の海のように鮮やかなブルーではないが、眼前で波打つ紺碧色は心までも浮き立ってくる。その上に広がる夏空は高く、湧き上がる巨大な入道雲の頭さえその果てには届かない。空や海、夏は青いものが多いな、とつぼ浦は横でグラサンを外した青井を見てぼんやりと考えた。
「……こうやって見るとタトゥーえぐいなお前」
アロハシャツを脱いだつぼ浦の背中を見て青井がぼやく。健康的な褐色の肌の上には子どものらくがき帳かのごとくいろいろなタトゥーが彫り込まれている。
「これはわかりやすいな、肩のやつ」
「いいだろ、爆発してる人間だぜ」
「自己紹介じゃん、これ見せたら人となりがわかるやん」
「だろ?」
自慢げに見せた左肩のタトゥーをつんつん突かれてつぼ浦は胸を張る。皮肉があまり通じなかったことに首を傾げ、青井は背中に目をやる。
「背中のやつはなんなの?どういう動機があったらキレ散らかしたバナナのタトゥー入れようと思うんだよ」
「あ?いいだろ、格好良くて」
「……そういやつぼ浦って23?24?の若者だったな」
「若さ故の過ちっていいたいってことっすか?」
「いやいや、若いうちしか出来ないねぇって」
言い方を変えただけで言いたいことは変わっていない。そんな青井の首筋にも黒い刺青がはっきりと入っている。30歳過ぎて「自分の偽者が横行してるから」なんて理由で一足飛びによくわからない柄のタトゥーを入れるほうがどうかしているだろ、とつぼ浦は内心思った。
「準備できたか?海まで競争な!……アッチィ!!」
勝手に競争を仕掛けたつぼ浦が素足で踏む焼けた砂の熱さで悶えている。しかし「負けねぇぞ!」などと言いながら一人で波打ち際へと勢いよく走っていく。焼けた鉄のような男が夏の暑さに焼かれている。青井はその後ろをビーチサンダルを履いたままゆっくり追った。
「あ~~つめてェ、危ないところだったぜ」
たどり着いた波打ち際、やわらかな砂にめり込んだ足を冷たい波が洗っていく。
「もっと近くで脱げばいいのに」
少し離れたところにサンダルを脱いで置いてきた青井がやっと追いついた。反論の一つでも飛んでくるかと思いきやつぼ浦は静かだ。顔を覗き込もうとした瞬間、つぼ浦が手ですくった海水をぶちまけた。
「隙ありィ!!」
「あっ、こいつー!!」
目に塩水が入ってたじろいだ青井につぼ浦はここぞとばかりに水をかける。
「お前ずるいぞ、サングラス!!」
「アオセンだって取らなきゃよかったじゃないっすか!」
「くそっ、こういうときのためにいいの持ってきてるんだよねー!」
追撃を避けながら海から上がった青井がパラソルのもとへ駆け出していく。程なくして戻ってきた青井の手に握られていたのはタンク式の大きな水鉄砲だ。しかも二丁。
「おら~くらえー!!」
「チクショウ、アオセンが地上強いわけがねぇ!!」
「ああ?!はーいヘッショですワンダウン~!」
得意げな声とともに顔めがけて水を浴びせかけられる。つぼ浦は額にぺしゃっと落ちてきた髪をかきあげ青井に詰め寄った。
「一本よこせよ、ずるいぞ!!」
「へへ、はい」
「ありがとう……なんて言うと思ったか?!」
「残念、バレてま~す」
「ギャーーーッ!!」
加圧式の水鉄砲はリロード、もとい圧をかけないと撃てない。つぼ浦に渡された水鉄砲が加圧できていないのをいいことに青井は大人気なく一方的に撃ちまくる。
「いや~やっぱロケランじゃないとつぼ浦くんはきついかぁ。……あ?」
銃口から出る水の勢いが弱くなる。水がなくなったことに気づいて焦る青井の前にしっかり充填した水鉄砲を構えたつぼ浦が立ちふさがった。
「年貢の納め時だぜアオセン~!!」
「ま、待って、仲良くしよう!?仲良く……ウ゛ワーーッ!!」
顔に水をぶち当てられた青井はフードを脱ぎながら慌てて逃げていく。スーパーシャウトも霞むほどの大声で叫びながら、波打ち際での攻防戦が続いた。
3
なんだかんだ競い合い、疲れたつぼ浦は四角い黄色のフロートに乗って浮きながらぼーっと空を眺めていた。遊んでいる間に時間は過ぎ、夏とはいえ太陽も水平線へと近づきつつあった。
「……すげぇ楽しいな」
意識せず出たつぶやきは海風に流されていく。遊びに誘われたときはどうなることかと思ったが、青井とふざけ合うのが楽しくてたまらない。
仕事でも同僚でも先輩後輩でもなく、もしかすると友達、なのかもしれない。友達という枠組みも悪くないな、とつぼ浦は思った。しかし夏の日のもとで見る白い素顔が、自分だけを見る目が、無防備に腹を触れられた感触が、その枠を内側からぶち壊しにかかってくる。
波に揺れるフロートはゆらゆら揺れて、ちゃんと泳がなければいずれ沖に流されるのだろう。その枠でも収まらないのなら一体何になりたいのか。つぼ浦の口からため息が漏れた。
フロートのすぐ横の水面がざばりと泡立ち、潜っていた青井が浮き上がってきた。
「なんか美味しそうな魚いたよ、いろんな色の」
そう言いながらシュノーケルとマスクを外して濡れる髪の毛をかきあげ、フロートの上に置く。
「ちゃんと潜ったら見えそうっすね、イルカとか」
「嫌だよガチ装備で行くの、仕事思い出すし深いところ怖いんだよな」
「なんだよ、海には楽しい生き物がいっぱいいるんだぞ」
「だからアンダー・ザ・シーしちゃうんだ」
「したくてしてるわけじゃないっすよ」
フロートに捕まったまま青井がクスクス笑う。
「つぼ浦も見てくる?すごかったよ、なんかあのニモじゃない方みたいなのもいたし」
そう言われてつぼ浦はフロートをひっくり返さないように気をつけて体を起こした。水没か沈没か、ろくな状況ではないときにしか海中観察を楽しんだことはない。それもいいな、と思って手を伸ばそうとして気づいた。水中メガネはともかくシュノーケルは一本しかない。
「そ……そういうのは仕事のときに見てくるぜ!」
先日のことが幻のように眼の前を横切った。
「そうなの?まあいいや、俺一回上がるけどどうする?」
「じゃあ俺も上がるぜ」
青井は先に泳いでいってしまった。顔が熱いのはきっと日焼けのせいだ。青井がなにも考えずに適当なことを言うからだ。モヤつく胸をそのままに、つぼ浦はフロートを押して岸へと泳ぎだした。
「あ!?」
先に岸についた青井が大きな声をあげている。フロートを岸に引きずりあげながらつぼ浦は慌てる青井のもとに近づいた。
「どうしたんっすか?」
「サンダル!流された?!」
「な……そんなとこ置いてたんっすか?!ゴミの打ち寄せてるラインのところまでは波来るだろ!」
「だって満ちるの速すぎない?!……あ、あそこ!」
青井の指差す先、オレンジのサンダルが紺碧の波間をぷかぷか漂っている。もう10m以上は沖へ流されていた。
「あー……」
数歩歩いて青井は立ち止まった。ボールを投げられた犬のようにすぐにでも走り出すつもりだったつぼ浦は驚いて振り返った。
青井は諦めたような顔をしていた。それがなぜかとてもつぼ浦の気に障った。
「まぁ、また買えば、」
「あんなもん、泳げば追いつけるぜ!」
威勢のよい声を上げてつぼ浦は波に向けて走り出した。
諦めることがなぜか、腹立たしいほどに許せなかった。自分なら簡単にできる。青井の力になりたい。それらすべてを混ぜた怒りだった。
「待って俺も行くよ」
青井はまだギリギリ波打ち際にとどまっていたもう片方のサンダルを岸のほうまで放り投げた。
「あぁ?!負けねぇからな!」
「ううん、一人だと危な……いや速いなあいつ」
ザブザブと波をかき分けクロールで泳いでいくキレたバナナの背中を見送り、青井も走り出した。
*
黄金色の夕日が蜂蜜のようにトロトロと海に溶けていく。日が傾けば潮風が夏の熱気をどこかへ吹き飛ばしてくれる。
「あ~疲れた」
クーラーボックスから出した冷えた水を飲む青井の両足にはサンダルが収まっている。やり遂げた二人はもう必要のないパラソルの下で休憩していた。
軽いサンダルは波と風に流されすいすいと沖へ流れていってしまう。しかしそこは現役警察官✕2だ。連携を取って左右から追い込み、ゆうに沖合100mを越えたあたりでついにサンダルの確保に成功した。
行きは楽しい大捕物、しかし帰りは流れに逆らう命がけの遠泳大会だ。だんだん傾く日差しと高まる波という焦燥、こんな状況でダウンして救急隊を呼びたくないという恥ずかしさ、すべてを泳ぐ力に変えてようやく岸にたどり着いた。さすがに疲れ果てた二人は大人しく夕日を眺めていた。
「客船のあたりまで流れてたやん、めっちゃ気まずかった」
「誰もいなそうで良かったぜ、座学とかしてたら知らねぇけど」
「もし大型対応してたら俺冬眠してたよ、一ヶ月くらい」
「そんなにっすか」
「いや、だってねぇ……」
青井はモゴモゴと歯切れが悪い。つぼ浦と二人で遊んでるところを同僚に見られる、まではいい。二人がどんな顔で遊んでいるのか、それを見られたら寝込む自信があった。
青井は隣でビーチチェアに腰掛けるつぼ浦の顔をそっと見た。サングラスを掛けていない顔は精悍なのにどこかあどけない。夏を人型にくり抜いて生まれてきたようなつぼ浦は、落陽に照らされ夕日と同じ色をしていた。太陽のような男だとは常々思っていたけれど、目の色はとろけるような夕日の色だったんだな、と青井は気づいて嬉しくなった。
寄せては返す1/fのゆらぎが疲れた身体に染み込み、だんだんまぶたが重くなってくる。ウトウトし始めたつぼ浦の横で青井がそっと口を開いた。
「俺は諦めてもよかったんだけどね」
その声で頭が冷え、つぼ浦は飛び起きた。
「なんでだよ」
「え?だって……」
何か言おうとして急に青井が口ごもった。その青い目でつぼ浦のことをじっと見たまま黙っている。
「なんだよ」
「……サメが出ないでよかったね」
ようやく出た言葉に今度はつぼ浦が黙る番だった。青井の顔に浮かんでいるのは「心配」の二文字だった。いいところを見せてやろうという功名心は青井に心配をさせていたのか、と気づいてつぼ浦は鋭く息を呑んだ。
「ア、アオセンは心配性だな。食われたって刺青でわかるぜ、俺だってことは」
「上半身まるっと食われたらどうするんだよ」
「残念だったな、足にもあるぜ」
「そうだった……なんで食われる準備が整ってるんだよ、アンダー・ザ・シーの申し子かよ」
「ああ、食われた場合の身元確認はアリエルよりも早いぜ」
「アリエルはタトゥー入ってないだろうなぁ」
呆れたように青井はケラケラ笑っている。それを見てつぼ浦の心も少し軽くなった。
青井はクーラーボックスを開けてなにかを取り出した。一つをつぼ浦に差し出す。
「はい、今回は2本あるよ」
渡されたのはあのアイスだった。ありがとうという声すら出ず、つぼ浦は震える手でそれを受け取った。
気づいたら袋を開けていた。ラムネの味が爽やかに喉を滑り落ちる。同じアイスの食べかけをもらったあの日から、並んでアイスを食べられるようになったのは本当に進歩なのか。考えすぎてつぼ浦の眉間にシワが寄る。そのつぼ浦の顔を盗み見て、青井はポツリと言った。
「楽しかった?」
「な、なんだよ」
「お前ずっとなんか、その……険しい顔してるからさ、考え事でもあるのかなって」
「へ……」
見られていた、そして不安にさせていた、と知ってつぼ浦の心臓が飛び出そうになった。
「そ、そうだな。人間、生きてると楽しくなることがあるじゃないっすか」
「うん」
「アオセンもあるっすよね」
「うん、今日は楽しかったよ」
「その楽しいってのは結果論なんっすよ」
「まぁそれもそうか……?」
「ちゃんと”楽しい”の定義を決めねぇと結果を導き出せないんだぜ」
「ふーん、じゃあつまり今日の結果は?」
被せるように言われてつぼ浦は首を思いっきり反対に向ける。それでも顔を見られている気配がする。ただ素直に「楽しかった」と言えばいいのに、言ったら今日が終わってしまう気がして言い出せなかった。
溶けたアイスが指を伝う。急いで口にいれると冷たさですこし思考が落ち着いた。
「……このあと花火やるんっすよね。じゃあまだ結果は決めきれねぇな」
「あーそうだった!着替えたりすると結構時間かかりそうだし、これ食べたら行こうか」
青井はアイスを頬張る。まだ今日が続くことに安堵し、つぼ浦もアイスを食べ進めた。
4
太陽が傾くごとに海はその色を黒に寄せていく。日が沈んだ海は街の灯りを星のようにきらきら反射していた。
海の家でシャワーを浴びて私服に着替え、二人は再び砂浜に戻ってきた。
「見てこれすごいでしょ、日本のやつだよ!」
青井が手に持つのは特盛!とかマグナム!とか派手な蛍光色のドラゴンの絵が描かれた花火セットだった。
「またすごいの買ったんっすね」
水を入れたバケツを砂の上においてつぼ浦が苦笑する。童心を思い出すパッケージだ。こんなに沢山の種類が入ったものは子供の頃でも買ってもらえたかどうかわからない。
「これ一人でやるのきついでしょ」
「俺来なかったらどうするつもりだったんすか」
「んー、来年までお蔵入り?」
「湿気るぞ」
「じゃあいま出来てよかった」
そう言いながら青井はコップの中に立てたろうそくに火を付ける。ぽっと灯った温かな光の中、花火のパッケージをバリバリ開けていく。お菓子の包み紙よりも派手な手持ち花火が出てきた。
「なんかすごいかわいいね、燃えちゃうのにね」
「俺はこの赤いやつにするぜ」
花火の先端に火が触れればすぐに眩しいほどの赤い光が吹き出す。もうもうと上がる煙を避けながら青井も選んだ花火に火を点ける。
最初のうちは鮮やかな火を吹き上げる花火を見て楽しんでいたが、徐々に大物へ手が伸びていく。
「この10色に変わるってやつすげぇな、これでバトルしようぜ!」
そんなおもしろ花火を持ったら始まるのは魔法バトルだ。ルーモス!とかセクタムセンプラ!とか叫びながら花火を杖のように振り回して走ってくるつぼ浦から青井もわりと本気で逃げた。
「逃さねぇ!アバダケダブラ!!!」
「死ぬやつだろそれ?!熱ッこの野郎~!!」
青井も大人げなく片手に2本持って追いかける。火が消えたつぼ浦は慌ててろうそくのもとに戻って次の花火に火を付ける。
青井は両手に花火を持って振り回すつぼ浦を写真に撮ろうとした。しかし暗くてブレまくり悪質なコラ画像のようになった写真を見て二人でゲラゲラ笑った。
片手に何本持てるか試し始めたつぼ浦を青井が止め、罪もないヤドカリを花火で攻撃し始めた青井をつぼ浦が止める。立ち昇る煙と楽しそうな顔が様々な色に染まり、そしてひととき闇が訪れる。
遊ぶうちに50本は入っていた花火も残り少なくなってきた。最後に残るのはか弱そうな線香花火だった。
線香花火に風は大敵だ。風上に背中を向けて、二人で近づいてしゃがむ。細い先端に火を近づけるとしゅっと燃え上がり、みるみるうちに太陽のように輝く丸い玉がふくれあがる。最初はぽっぽっと優しく出ていた火花がやがて祭りのようにバチバチ弾けだす。
すこしでも揺らしたり風が当たると玉が落ちてしまう。二人はしばらく無言で自分の線香花火を見守った。
線香花火の光はどの花火とも違って温かい。オレンジの優しい光に照らされる青井の横顔が綺麗だった。つぼ浦が見とれた隙に、まだ元気だった玉がふつりと落ちてしまった。
「くそっ俺の負けか」
「え、競ってたの?なんか最後まで生かしてあげたくなるよね、線香花火って」
青井の線香花火は散り際の菊花のような最後の火花を落としている。闇に吸い込まれるように消えるオレンジに見とれていると、唐突に火の玉が落ちた。
「線香花火、まとめて火つけたことある?」
次の花火を手渡しながら青井が言った。
「ガキの頃やったぜ、デカい火花になるかと思ったらすぐ落ちちまったな」
「ははっ、やっぱり絶対やるよな」
今度は二人で同時に火を付ける。小さな太陽が2つ、ぱちぱちと火花を飛ばし合う。今度は青井のほうが先に落ちた。
「あ~風吹いたってぇ」
愚痴りながらふと空を見上げると、美しい星空が広がっていた。血と硝煙の街なのに空だけはとても綺麗だ。広がる天の川に見とれていると、つぼ浦からも悔しそうな声が聞こえた。
「ハズレだと思ってたなー」
次の線香花火に火をつけたあと、青井がつぶやいた。
「線香花火の良さはガキにはわかんねぇっすよ」
つぼ浦が答えた。幼い頃は乱暴に動かせばすぐに消える線香花火は、派手な火花を楽しむはずの花火とは真逆で不可解なものだった。しかし風を防ぐために腕が触れそうなくらい近づいて膝を寄せ合うことも、火の玉に集中している間に相手の顔を盗み見できることも、大人になったいま知った良さだった。
「サンダルでやってたら指の上に落ちたことあるぜ」
「大丈夫だったの?」
「傷跡残ってるっすよ」
「ふ~ん、どこ?」
青井がつぼ浦のつま先を見ようと身を乗り出してきた。半袖の腕に腕が触れる。不意の熱に驚いた拍子に玉が落ちた。
「暗くて見えないなぁ」
「あぶねぇッまた落ちちまったぞ!」
「あはは、ごめんごめん」
また最後まで線香花火をもたせることができなかった。つぼ浦は文句を言いながら新しい花火に火をつけている。今度は脇目も振らずに玉ができるのを真剣に見ている。その横顔を青井はじっと見つめた。
子どものようにはしゃぐ姿がとても眩しかった。小さい頃はこんなだったのかな、と妄想が広がる。8歳差というのは、もし二人が若かったとしても同じ小学校にも通うことがないということだ。社会人になってからしか出会えない年の差の相手に、青井は自分でも驚くほど夢中になっていた。
つぼ浦の手元で育った火の玉は松葉のような元気な火花から柳のように穏やかな火花に変わった。垂れるオレンジの火がどんどん少なくなっていき、そして最後に小さくなった火の玉は落ちずにふっと闇に消えた。
「よっ……しゃ、落ちなかったぜ!」
「すごいじゃん、きれいだったね」
すべての花火がなくなって、青井はろうそくを吹き消した。途端に夜闇があたりを満たす。
星空ときらめく暗い海、寄せては返す波の音だけが二人の間に広がる。
「なんで呼んだんっすか?」
つぼ浦が沈黙を破った。
「ん?そうだなぁ……」
即答せず青井は考え込んだ。
「いつも忙しいじゃん。お前とこういうことしてみたかった、じゃダメ?」
青井が身体を寄せてきた。肩と肩がぶつかり腕が強く触れた。
もう花火は終わって、風を防ぐ必要もないのに。日焼けでほてる身体よりも触れた肌が熱い。口は呼吸をするのに精一杯で、つぼ浦は声も出せなかった。
しばらくしても答えがないことを悟り、青井は背伸びをしながら立ち上がった。
「あー楽しかった、恋人ロールプレイ」
「……へ?」
「だから、お前と付き合ったらってRPを勝手にしてたの。二人っきりだしなんかそういうのがあったほうが面白いかなぁって。おかげで楽しかったよ」
あっさりと告げる青井の前でつぼ浦はただ情けない顔をさらす。何を言っているのかしばらく理解できなかった。
思い出すのは今日の出来事ばかりだった。恋人、という言葉とロールプレイ、という言葉が交互に記憶をかき乱す。
「ああ、じゃあ優しかったり、距離が近かったのも全部……」
楽しかった思い出がすべてひっくり返りそうになる。しかし不思議と怒りは湧いてこなかった。騙された恥ずかしさよりも、強い憧憬が胸を叩く。
「……アオセンと恋人になったらこんなに楽しいんっすね」
つぼ浦は聞こえないほどの小声でつぶやいた。思わず口を押さえた手も顔も全部熱かった。
これが夏が見せた幻で、すべてが嘘だったとしても、ここに残る感情だけは明らかだった。その鮮やかな思い出が強く背中を押す。
「帰ろっか、あー明日はまた仕事かよ」
青井は振り返らずに言った。背後で砂が踏みしめられる音がした。立ち上がったつぼ浦が口を開いた。
「その、ロールプレイ。もう少しだけ……続けてくれませんか」
思わず青井は振り向いた。歯をぎゅっと噛み締め、震えた目のつぼ浦がいた。
「え?」
「今日、アオセンと一緒に遊べて……楽しかったっす」
声に出すと胸が苦しい。溜め込んだ感情がここぞとばかりに堰を切って、息もできない。
「二人っきりでこんなに遊んだことないし、ずっと夢みたいで。本当に楽しかったぞ!」
恥ずかしくて、終わるのが怖くて言えなかった言葉を立ち止まる青井に叩きつけた。
「俺は……ッ、俺は、今だけはロールプレイでいいから、だから俺は、」
「ごめん、言わないで」
青井は片手を突き出しつぼ浦の言葉を遮った。肝心の言葉の前で止められて、つぼ浦の呼吸が止まる。
青井は深くため息をつき、首を振った。
「……都合いいよな、こんな逃げ方は」
青井にとってこれはひと夏の恋だった。どうせ叶わないなら最後に優しさに甘えて、真夏が見せる蜃気楼のように忘れてしまおうと思っていた。
目の前のつぼ浦は突き放されてショックを受けたようだった。しかしすぐにキッと歯をむき出し、飛びかからんまでもの迫力で一歩踏み出す。
「アオセンが嘘だとしても、俺の気持ちを言わせてくれよ」
「ごめんね、俺から言わせて、つぼ浦」
「嫌だぜ、俺から言わせろ」
「駄目だってあんなこと言ったんだから俺が」
「知らねぇよ、どうでもいいぜ!」
「なんでだよ!?俺は、つぼ浦が、」
「うるせぇ!!アオセンのことが、」
「好きだ!!」「好きだよ!!」
星空に大声が交錯した。
波の音が優しく響く。ハァハァと荒い呼吸が2つ。やがてだんだんと笑いが混じり、最後には二人そろって大笑いした。
振り返ればたくさんの照れ隠しも隠しきれない思いも、数え切れないほどにそこにあった。
ただ確かめ合うのを恐れただけだ。気持ちは常にそこにあったのだ。
「ふ、ははッ、いつからだよ」
笑い涙を指で拭い、青井が問う。
「アァ?いつってのはどういうことだよ」
拗ねたように頬を膨らませてつぼ浦が答える。
「お前は、いつから好きだったのかって聞いてんの」
「時間ってのは相対的だからな、軸を定義してもらわないと「いつから?」とか聞かれても答えられないぜ」
「やめろ~そうやって恥ずかしいときにすぐ埒が明かなくなるの」
ケラケラ笑う青井に心の内まで見透かされてつぼ浦は口ごもる。埒が明かない迷宮は今まで本音を隠すのに最適だったからだ。
つぼ浦が自分に向けて堂々巡りの水掛け論を仕掛けてくるとき、それは知られたくない気持ちがあるときだと青井は気づいた。もうつぼ浦の本当の気持ちは知っている。恋に落ち、愛という鍵を持った今ならその迷宮の奥、本当に隠したい思いを暴くのは簡単だ。
「じゃあ、定義しようか?俺と初めて会ったとき?もしかして俺に一目惚れだったりしないー?」
「それは自意識過剰すぎるだろ、さすがに」
「えー、まさかと思うけど、今日じゃないよね?」
「そんなわけねぇだろ」
「ならお前が特殊刑事課になって、俺が対応課とか言われるようになってから?」
「…………」
「ちなみに俺はそのへんからだよ」
「っ……!?」
青井の告白につぼ浦はうつむいて耳まで赤くなる。青井はにっこり笑って畳み掛ける。
「その頃からずっと見てた、お前のこと。鈍いしさぁ、言ってもしょうがないからただ見るだけだったんだけど」
つぼ浦はやり場のない手をぎゅっと握りしめている。その仕草までも愛おしい。
「何事にも一生懸命でさ。手足いっぱい伸ばして頑張ってるのが可愛くって、メチャクチャなのに目が離せなくて、もう本当に好き。大好き」
声にならないうめきが口から漏れる。固く結ばれた拳に手が添えられた。つぼ浦ははっきりと青井を見た。
夏空のように鮮やかな瞳が、海に沈む夕日色の目をとらえた。
「で?お前はいつなの?」
「……チクショウ、やられたぜ」
手を引き寄せられるままにつぼ浦は青井の腕に収まった。触れあえば溶けるほどに熱い肌が、染み付いた恥ずかしさも溶かしていく。ぽつぽつと、耳元で本音を白状すると青井は少し驚いてから笑い出した。
あの日落ちた恋がついに愛になった。穏やかな波音と二人の笑い声が満天の星空に優しく落ちた。
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Twitterに色々あげてたのでもっと書いてると思ったらなんかすごい時間あいちゃいましたね。。夏も終わりですが夏の恋の話でした。
こういうやってることをスケッチしたような話は長くなりがちなのです…推しカプに海行ってほしいじゃん…楽しんでほしいじゃん…
コメント
7件


本当に本当にかわいいです!!!最初から最後まで言い合いしたり笑い合ったりしている二人を見せてくれて本当にありがとうございます😭aoが自分から押すだけ押して最後は逃げようとするの解釈一致すぎます。最終的に二人の言葉が重なるのが最高すぎました。同じ言葉を繰り返してしまいますが本当に可愛いです。砂場さんの小説とっても好きです。萌えます!!

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