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―メイが転生する前の現世―
その日も、空はどこか曇っていた。
霜月メイは、校門の前で小さく吐いた息が白くならないことに、なぜか少しだけ安堵した。
寒さのせいで震えるのではなく、自分の心が震えていることを、誰にも気づかれたくなかった。
「行きたくないな……」
胸の奥で小さく呟いたその言葉は、誰に届くこともなく、ただ自分の内側に響くだけだった。
重たくなった足を引きずるようにして昇降口へ進み、無言で上履きに履き替える。
廊下を歩くたび、胃のあたりがキリキリと痛んだ。
教室の前で立ち止まり、メイは一度だけ深く息を吸った。緊張で乾いた喉が、それすらも痛みに変える。
――今日こそ、何もない日であってほしい。
そんな願いは、扉を開けた瞬間に脆くも砕け散った。
空気が変わる。いや、もともと彼女にとって「ここ」は呼吸すらままならない場所だった。
クラスメイトたちは誰も彼女に正面から話しかけることはない。だが、視線は感じる。
冷たい、刺すような視線。ちらりとこちらを見てから、すぐにそらし、誰かとヒソヒソ話し始める。
その口元が歪み、何かを面白がっているのが分かる。
メイは下を向いたまま、自分の席へ向かった。誰にもぶつからないように、誰の視線とも合わないように。
ただ、自分が“空気よりも存在感のないもの”であるかのように、静かに席にたどり着く。
しかし、そこにあるのは、また――いつもの嫌がらせだった。
机の表面には、彫刻刀で刻まれた傷跡が無数にあり、「ブス」「キモい」「消えろ」といった言葉が無遠慮に残されていた。
見慣れたそれらの文字に、もはや怒りも悲しみも湧かない。ただ、心の奥が鈍く痛む。
椅子に腰を下ろし、机の中に手を入れる。
指先に触れたのは、ザラザラとした土――これもまた、いつものことだ。
制服の袖が汚れるのを気にしながら、教科書を取り出そうとしたその時、不意に指にひっかかる異物があった。
「……え?」
その感触は、土とは違って柔らかく、湿っているような気さえした。不安と嫌な予感に胸がざわつく。
恐る恐るそれを引き出すと、手に握られていたのは――使用済みの、男性用の下着。
一瞬、何が起きたのか理解できず、メイはその場に凍りついた。
心臓が大きく跳ね上がり、血の気が引いていく。
「なにそれ……」「うそ、やばっ」「マジで変態じゃん」
教室中にざわめきが広がり、やがてそれは嘲笑に変わる。
「下着泥棒だーーっ!」
誰かが大声でそう叫んだ瞬間、爆発したようにクラス全体が笑い出した。
耳をふさぎ目を閉じてもう消えてしまいたい!
だけど、体は動かず、ただその場に立ち尽くすことしかできない。喉の奥がひりつき、涙がこみ上げてくる。
「……違う、わたし、こんなこと……」
言葉にしようとした声はかすれて、誰にも届かなかない。
手に握られた下着は、証拠のように彼女を貶め、クラスの誰一人として庇おうとする者はいなかった。
耐えきれず、メイは席を立ち、教室から出ようとした。
あの笑い声から、自分を嘲る視線から、そしてこの現実から。
ちょうどそのとき、廊下から担任がやってきて
彼女の姿を見るなり、眉をひそめて言う。
「おい、霜月。何してる。ホームルーム始めるぞ、席につけ」
一瞬、救いの言葉かと思った――が、彼の目がメイの泥だらけの制服と、
手に握られた下着に気づいた瞬間、その表情はすぐに面倒そうなものに変わった。
「……とりあえず、手を洗ってこい」
その言葉に、何かがぷつんと切れた気がした。
先生すら、何も疑わない。誰も、自分を信じようとしない。
足元がふらつく中、メイは何も言わずに教室を出た。
その背中に、クスクスとした笑い声がまとわりつくようについてくる。まるで、もう永遠に取れない泥のように。
「……こんな世界、もういらない……」
心の中で、誰にも聞こえない声で、そう呟いた
毎日が、終わりのない悪夢
誰一人として助けてくれない教室。教師も、廊下ですれ違う人も、
誰もが“見なかったこと”にして通り過ぎていった。
「……」
放課後までトイレの個室に閉じこもっていたメイは、スマホに通知が届いたことに気づいた。
嫌な予感がする。案の定、開いたSNSには、信じられない画像がアップされていた。
体育の着替えのときに盗撮されたと思われる、無防備な姿――それが、あろうことか“笑いもの”として広まっていた。
喉が締まるような息苦しさに襲われ、その場に崩れ落ち
画面を見つめながら、メイの視界は涙で滲んでいく。
「もう、無理……無理だよ……」
怒りや悔しさではなく、ただただ怖かった。
このままじゃ、心が壊れてしまう。
「……帰ろう。……明日は、もう来れないかもしれない……」
そんな思いを胸に、下を向いたまま校舎の階段を下り、昇降口へ向かったそのとき――
「おーい、そこの一年!」
声をかけてきたのは、三年生の男子二人組
彼らはニヤニヤと笑いながら、明らかに何かを知っている目でメイを見ていた。
(見たんだ……あの画像)
血の気が引き何も言えずに逃げようとした瞬間、クラスメートの女子が前に立ちはだかる。
「先輩、この子ですよ。」
メイの腕を強引につかみ、無理やり三年生の前に突き出した。
「ちょっ、やめて……っ!」
抗うメイに、ひとりの男子――石塚という名前の、見覚えのある先輩が、不気味な笑みを浮かべながら近づいてくる。
「メイちゃん、かわいいじゃん」
その視線に、メイの背中が凍りつく。逃げたいのに、足が動かない。
石塚はメイのスカートに手を入れようとした
「いやっ!やめてください!」
メイは必死に手を振り払い、逃れようとした。
だが石塚は、乱暴に彼女の肩をつかみ、無理やり人気のない校舎の一角――茶道部の旧部室へと引きずっていった。
畳がむき出しになったその部屋は、今やサボり場として知られる無人の空間。ドアが閉められた瞬間、世界は音を失った。
メイは畳の上に倒れ込み、必死に後ずさる。
だが、周囲にいた数人の生徒が、無言でスマホを取り出し始めた。その光景が恐怖を何倍にも増幅させる。
「やめて……お願い、やめて……っ」
震える声は誰にも届かず、笑いだけが満ちていた。
石塚はそんな彼女に向かって、嘲るように
「脱げよ」
メイは必死に目をそらしながら、心の中で叫ぶ
――誰か、助けて。
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