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石塚は躊躇してるメイを見て苛立った「早く脱げよ!」と言って
壁を蹴る。
それを見てメイの指先が、震えた。
恐怖で足がすくみ、頭が真っ白になる。
体が勝手に動き、震える手が制服のボタンにかかった。
(いやだ……でも……)
周囲では誰かが笑いながらスマホを構えていた。
冷たいレンズと、無数の嘲りの視線が、メイを突き刺す。
涙が止まらなかった。
恥ずかしさも、怒りも、悔しさも、全部混じって、胸の奥がぐちゃぐちゃになっていた。
上着を脱いだ瞬間、激しい吐き気がこみ上げる。
こらえきれず、メイはその場に崩れ落ちて、嘔吐した。
「キャーッ!」
叫び声と笑い声が混ざり合い、空気がざらつく。
その吐瀉物は、すぐそばにいた石塚の足元を濡らした。
「てめぇ……!」
怒声とともに、石塚の拳が振り上げられる。
瞬間的に顔をそむけたメイに、鈍い衝撃が走った。
次の瞬間、壁に叩きつけられ、髪を引かれ、視界がゆらぐ。
(もう……終わりだ……)
そう思った瞬間――
「ドンドンドン!」
重たい扉を叩く音が響いた。
「誰かいるのか?」
用務員の声だった。
この部屋は、以前タバコによるボヤ騒ぎが起きて以来、定期的に見回りがあるという話を聞いたことがある。
石塚たちが一瞬、顔を見合わせる。
‘’走れ‘’メイの頭の中で誰かが叫んだ
「……っ!」
その隙を突いて、メイは服をかき集めると立ち上がり、よろけながら部屋を飛び出した。
誰かの怒鳴り声が背後に響く。
でも、もう何も聞こえなかった。
――走れ。
ただその言葉だけが頭の中で鳴り響いていた。
全身が痛みで悲鳴を上げていたが、構っていられなかった。
この場から――この世界から逃げたい。
それだけを願って、メイは走り出した。
校門を抜けようとしたその瞬間、メイは気づいた。
――見張りだ。
何人かの生徒が、校門の前でスマホを手に立っている。
視線が合った瞬間、あからさまに笑いながら指を差した。
逃げ道は、塞がれていた。
「っ……!」
足が勝手に動き、反射的に学校へと引き返す。
後ろから、甲高い笑い声と、靴音が追いかけてきた。
(もういや、どこにも逃げられない……)
メイは息を切らしながら、階段を駆け上がる。
教室を抜け、最上階へ。
逃げる先はただひとつ――屋上。
いつもなら固く閉ざされているはずの扉が、その日はなぜか、すっと開いた。
ギィィ……と、鈍い音。
外から、冷たい風が吹き込んでくる。
誰もいない屋上に、メイは一歩、また一歩と足を踏み出した。
夕暮れはとっくに終わり、空はすでに群青色に染まっていた。
(どうして……こんなふうになっちゃったんだろう)
最初は、ただの羨望(せんぼう)だったのかもしれない。
学年の垣根を越えて誰もが一目置く、三年生の先輩――榊 智也(さかき ともや)。
成績優秀でスポーツも万能、性格も穏やかで面倒見がよく、誰からも好かれる存在。
そんな彼が、なぜか一年のメイにだけ特別な眼差しを向けていた。
困っていたメイに声をかけてくれたのがきっかけだった。
昼休みに一緒に過ごすようになり、廊下ですれ違えば必ず笑いかけてくれた。
優しい言葉をかけてくれるたびに、メイの世界が少しだけ明るくなっていった。
だが――それを、周囲が見逃すはずがなかった。
「なんであんたなの?」
「地味なくせに調子に乗ってる」
「先輩の気を引こうとしてるんでしょ?」
そんな声が、ある日を境に耳に届くようになった。
嫉妬。憎悪。見えない毒が、クラスの空気に混じりはじめる。
誰かが椅子に生ごみを置いた。
誰かがメイのノートに落書きをした。
誰かが、ロッカーの中身をぐちゃぐちゃにした。
最初は「ごめん」と謝っていた先輩も、次第に苦しそうな顔をするようになった。
「メイ、気にするなよ。すぐに終わるから」
そう言ってはくれたけれど、もう彼の周囲もざわつきはじめていた。
そして、受験期が本格化すると、先輩は徐々に距離を取らざるを得なくなった。
励ましのメッセージも、送られなくなった。
守ってくれる人がいなくなった教室で、メイは一人――おもちゃのように扱われるようになった。
「どうせ何されても黙ってるし」
「泣いてる顔、ウケる」
「ほら、また無視してる!ほんと陰気~!」
もう、嫉妬なんて理由すらなかった。
そこにあったのは、ただの悪意。
標的が「メイ」であるということだけが、彼らの娯楽だった。
笑われ、壊され、踏みにじられても、誰も助けてはくれない。
――まるで、この世界にメイだけがいないように。
そんな日々が、静かに、でも確実に、彼女を追い詰めていった。
メイは手すりに両手をかけ、空を仰ぐ。
そこには、誰の目にも届かないほど遠く、小さな星が瞬いていた。
その静けさが、あまりにもやさしくて、悲しくて――
気がつけば、手すりを越え、屋上の端に立っていた。
足元には、闇。
街の光がかすかに滲む。
風がスカートを揺らし、肌を撫でる。
そのすべてが、まるで「さよなら」を告げているように思えた。
そのときだった。
「……メイ」
誰かが、呼んだ。
その声には聞き覚えがあった。
先ほどの――部室で。
『走れ』と囁いた、あの声。
メイは、はっとして振り向く。
「誰……?」
屋上には誰もいなかった。
だれも、いるはずがなかった。
ざぁっ――
突風が吹いたかと思った瞬間、胸に何かがぶつかったような衝撃。
「――え?」
次の瞬間、足元の感覚が消えた。
メイの体が、宙を舞う。
風の音が耳を切り裂くように鳴り響く。
世界が、ぐるりと回転する。
だがその最中、メイの瞳には――
夜空に瞬く、ひときわ強く光る星が映っていた。
きれいだな――
そんな、場違いなほど穏やかな想いが、ふと胸に浮かんだ。
そして、メイは――
静かに、闇の中へと、落ちていった。