コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
「四季そろそろ行きましょうか」
「…はい、しのぶ姉さん」
支度を済ませると柱就任祝いにカナエ姉さんとしのぶ姉さんからもらった羽織をたなびかせ、私はしのぶ姉さんと共に鬼殺隊の本拠地である産屋敷へと向かう。
今日は半年ぶりに開かれる柱合会議がある。どうやら、今日の柱合会議で鬼を連れていた鬼殺隊士についての話があるらしい。
何故、鬼などの連れているのだろうか。隊律違反は承知の上だろうから余程の理由がある筈。
本拠地であるお屋敷に着くと自分としのぶ姉さん以外の柱の方々の他に庭石に手を後ろに縄で縛られた額の傷が印象的な男の子が寝転ばせてあるのが目に入った。隊服を着ているし、隊律違反をしたのはこの少年なのだろうか。…鬼を連れていたとはいえ彼が人間なのは変わりないのだし傷だらけなのだからせめて軽い手当くらいしてあげたら良いのに。
もやもやとした気持ちを抱えながらも柱が並ぶ列に入る。柱が全員揃って暫く経ってもまだ少年は目を覚さない。見かねた隠が目を覚さない少年に声をかける。
「起きろ。起きるんだ。起き…オイ、オイコラ。やいてめぇやい!!いつまで寝てんださっさと起きねぇか!!」
隠の怒鳴り声で気がついたのか男の子はゆっくりと目を開ける。
「“柱”の前だぞ!!」
目を覚ました直後私達を視界に捉えた途端男の子は驚いた様に目を見開きその場で戸惑いと不安が混じった表情を浮かべる。無理もない。柱なんてめったに一般隊士と関わることも話すこともないのだから。戸惑う男の子を目の前にしのぶ姉さんが口を開く。
「ここは鬼殺隊の本部です。あなたは今から裁判を受けるのですよ、竈門炭治郎君」
語りかける様な穏やかな口調で話すしのぶ姉さんに続き他の柱も口を開き、話始める。
「裁判など必要ないだろう!鬼を庇うなど明らかな隊律違反!我らのみで対処可能!鬼もろとも斬首する!」
大きく高らかな声でそう宣言する炎柱・煉獄 杏寿郎
「ならば俺が派手に頸を斬ってやろう。誰よりも派手な血飛沫を見せてやるぜ。もう派手派手だ」
目元に特徴的な化粧を施した顔に派手という言葉を繰り返す音柱・宇髄 天元
「(えぇぇ…こんな可愛い子を殺してしまうなんて。胸が痛むわ苦しいわ)」
もじもしとしながら顔を赤らめ口元に手を当てる恋柱・甘露寺 蜜璃
「あぁ…なんというみずぼらしい子供だ、可哀想に。生まれて来たこと自体が可哀想だ」
涙を流し少年を哀れみながら数珠を擦り合わせる岩柱・悲鳴嶼 行冥
「(何だっけ、あの雲の形…何て言うんだっけ)」
ぼんやりと上空を見つめる物忘れがちな霞柱・時透 無一郎
柱が物騒な言葉をあげる中、私はただ1人静かに頭を働かせる。他の方々はああ言っているけど私自身はまだこの少年の口から直接鬼を連れていた理由を聞いていないし、それにこの件をお館様が把握してないとは到底思えない。何らかの理由で鬼殺隊士で鬼を連れるという隊律違反をしていた少年をわざと咎めていないとしたら。もしかしたら、お館様は鬼の妹を連れたこの少年が今後の鬼殺隊にとって何らかの鍵のなるのかもしれない。
「そんなことより冨岡はどうするのかね」
先程まできょろきょろと周囲を見渡していた少年は突如として聞こえてきた声に驚いて声の元を見る。其処には松の木の上に座り込む男が居た。
「拘束もしてない様に俺は頭痛がしてくるんだが。胡蝶めの話によると隊律違反は冨岡も同じだろう。どう処分する。どう責任を取らせる。どんな目にあわせてやろうか」口元を包帯で覆い隠し、相棒である蛇を連れネチネチと嫌味を言う蛇柱・伊黒 小芭内
それに対して水面が揺らがないかの様にただ静かに佇む水柱・冨岡 義勇
「まぁ、いいじゃないですか。大人しくついて来てくれましたし。処罰は後で考えましょう。それよりも私は坊やの方から話を聞きたいですよ」
意見が交差する中しのぶ姉さんが他の方々を宥め、倒れ込んでいる少年に優しく問いかける。しのぶ姉さんの言葉に少年が口を開き話そうとすると急に咳き込み始めてしまった。
「水を飲んだ方がいいですね」
苦しそうに咳き込む少年にしのぶ姉さんが水を飲ませようとする所で声をかける。
「しのぶ姉さん、その水私が代わりに飲ませてもいい?」
私の問いかけにしのぶ姉さんは驚きはしたものの水が入った瓢箪を私に手渡してくれた。
「ありがとう、しのぶ姉さん」
礼を述べ、私は少年の前にしゃがみ込みと瓢箪を傾け水を飲ませる。こくこくと水を飲む目の前の少年の傷が出会ったばかりのカナヲを連想させる。私は懐から自身の手拭いを出すと優しく少年の顔の怪我や汚れた部分を優しく拭き取る。
「手当て出来なくてごめんなさい。このお水鎮痛薬が入ってるから痛んだ顎も楽になると思う。ゆっくりで良いから落ち着いて話して」
私はそっと耳打ちで謝罪をした後水を飲み終えた少年に話を再開させる。
「……俺の妹は鬼になりました。だけど、人を喰ったことはないんです。今までも、これからも。人を傷つけることは絶対しません」
「くだらない妄言を吐き散らすな。そもそも身内なら庇って当たり前…言うこと全て信用できない。俺は信用しない」
「あああ…鬼に取り憑かれているのだ。早くこの哀れな子供を殺して解き放ってあげよう」
少年の話に対し、岩柱と蛇柱の妄言など哀れなどと言って聞く耳をもたない様子に少年は傷だらけの体を起こし声を大きくして必死に弁解を重ねる。
「聞いてください!!俺は禰󠄀豆子を治す為に剣士になったんです!禰󠄀豆子が鬼になったのは二年以上前のことでその間禰󠄀豆子は人を喰ったりしてない!!」
「話が地味にぐるぐる回ってるぞアホが。人を喰ってないこと、これからも喰わないこと、口先だけでなくド派手に証明してみせろ」
「あのぉ、でも疑問があるんですけど…“お館様”がこのことを把握してないとは思えないです。勝手に処分しちゃっていいんでしょうか?いらっしゃるまでとりあえず待った方が…」
私と同じく違和感を抱いていたのかおずおずと遠慮がちにそう呟いた甘露寺さんの言葉に先程まで騒いでいた柱達が黙り込む。甘露寺さんの言う通り処分するにしても必ずお館様の許可がいる。お館様の前では鬼殺隊士の最高位である柱の私達でも勝手な行動は許されない。
「妹は俺と一緒に戦えます!鬼殺隊として人を守るために戦えるんです!だから「オイオイ何だか面白いことになってるなァ」!?」
「困ります不死川様!どうか箱を手放してくださいませ!!」
「鬼を連れた馬鹿隊員はそいつかィ。一体全体どういうつもりだァ?」
複数の傷後が顔や体に刻まれている風柱・不死川 実弥
不死川さんが片手で持っているあの箱、気配からして少年が言っていた鬼となった妹が入っている箱の様だ。
だとすると少しまずいかもしれない。言動からして考えるに不死川さんは他の柱達同様人を喰わないのが証明出来ない現状ではあまり良い印象をもっていない。そうなると先程の柱達と同様に有言実行しようとする可能性が非常に高い。側にその鬼が居るなら尚更。
「胡蝶様申し訳ありません…」
「不死川さん、勝手なことをしないで下さい」
注意を促すしのぶ姉さんの表情は険しく、普段微笑みを浮かべている様子に対して珍しく怒っているのだと感じさせる顔をしていた。
「鬼が何だって?坊主ゥ、鬼殺隊として人を守るために戦えるゥ?そんなことはなァ…ありえねんだよ馬鹿がァ!!」
そう叫ぶと不死川さんは緑に染まる日輪刀で勢いよく箱を中身諸共貫いた。刀で刺された木箱の角から赤色が広がり血が滴り落ちる。
「あっ…」
「俺の妹を傷つける奴は柱だろうが何だろうが許さない!!」
「ハハハハ!!そうかいよかったなァ」
声を上げる隠を他所に妹を刺された怒りから少年は笑う不死川さんに掴みかかろうと距離を詰める。これ以上は…
「やめろ!!もうすぐお館様がいらっしゃるぞ」
「!!」
冨岡さんの言葉にほんの一瞬少年に対しての攻撃が疎かになる。そしてその一瞬を少年は見逃さず不死川さんに一撃をくらわそうと飛び上がる。見かねておけない。
「落ち着いて」
地面を蹴り、私は争う両者の間にふわりと舞い降り手で2人の動きを静止させる。驚く少年を庇い私は不死川さんの方を向き口を開く。
「不死川さん、そちら側の意見も分かりますが冨岡さんの言う通りもうすぐお館様が来られる様な場所でこれ以上の勝手は行動はお控え下さい。人を喰べる喰べないの証明を今この場所でしたいのならばお館様にもそこの少年にも許可を頂いてからなければなりません。箱の所有者はあくまで少年のものですし、中に入っている者が血縁者である家族ならば尚更です。とにかく、これ以上の現状悪化を避ける為に箱は一度私に渡して下さい」
「…チッ、分かったよォ」
私の言葉にしぶしぶといった風に渡した不死川さんから箱を受け取ると少年の側に行き真横に箱を下ろす。
「少年、今からお館様という方が来られますから傷が痛むでしょうけど私達の動きを真似して欲しいです。後、縄が少しばかり固く結ばれているようなので緩めておきますね」
「っ、…はい…」
返事をする少年を座らせ、手を固く固定する縄を緩め傷に障らないよう配慮を施す。これでこれ以上の傷の悪化は防げるはず。不穏な空気が漂う中、暫くしてその空気を引き裂く少女の声がお館様の来訪を告げる。
「お館様のお成りです」
「よく来たね。私の可愛い剣士たち」
柔らかな声と共に襖を開いて現れた人物の姿を見て私達柱は即座に頭を下げる。少年も先程の私の教えた通りに私達の動きを見て同じく頭を下げるのが見えた。
「お早う皆、今日はとても良い天気だね。空は青いのかな?顔ぶれが変わらずに半年に一度の“柱合会議”を迎えられたこと、嬉しく思うよ」
ゆらぎを含んだ声でそう言って2人のご息女に支えられながら来られたのは私達柱が絶対的な忠誠を誓って従っているお方、お館様その人だった。
「お館様におかれましても御壮健で何よりです。益々の御多幸を切にお祈り申し訳上げます」
「ありがとう、実弥」
「畏れながら、柱合会議の前にこの竈門炭治郎なる鬼を連れた隊士についてご説明いただきたく存じますが、よろしいでしょうか?」
座られたお館様への最初のご挨拶をしたい者が沢山居る中、今回1番最初に声を上げたのは不死川さんだった。先程の荒い口調を感じさせない丁寧な不死川さんの言葉に「(知性も理性も全く無さそうだったのに、すごいきちんと喋り出したぞ)」とでも言う風に少々呆れた目をして眉を潜める顔を向ける少年に思わず自身の口から笑みが漏れそうになるのをぐっと堪え、私は表情筋を固める。
「そうだね、驚かせてしまってすまない。炭治郎と禰󠄀豆子のことは私が容認していた…そして皆にも認めてほしいと思っている」
「「「「!!」」」」
鬼を連れた少年の咎めないどころか容認にしていたというお館様の言葉に冨岡さんを除いた皆が目を見開き驚きの表情を浮かべる。だが、しかしすぐに意識を戻し自分達にも認めてほしいというお館様の言葉に対して意見を述べ始める。
「嗚呼…たとえお館様の願いであっても私は承知しかねる…」
「俺も派手に反対する。鬼を連れた鬼殺隊員など認められない」
「私は全てお館様の望むまま従います」
「僕はどちらでも…すぐに忘れるので…」
「……」
「信用しない信用しない。そもそも鬼は大嫌いだ」
「心より尊敬するお館様であるが理解できないお考えだ!!全力で反対する!!」
「鬼を滅殺してこそ鬼殺隊。竈門・冨岡両名の処罰を願います」
いくらお館様のお願いといえど今回ばかりは無理だと反対意見が多く、他にいるのはいつも通りお館様の望み通りに従う者や無言を貫く者、関心がないのかどちらでもいいという者だけ。自ら鬼を認めると意見する人は居なかった。
「では、手紙を」
「はい。こちらの手紙は元柱である鱗滝左近次様から頂いたものです。一部抜粋して読み上げます」
お館様はこうなることを見越していたのか合図をする様に声をかけるとご息女は一通の手紙を取り出し、内容を読み上げ始める。
『___炭治郎が鬼の妹と共にあることをどうか御許しください。禰󠄀豆子は強靭な精神力で人としての理性を保っています。飢餓状態であっても人を喰わず、そのまま二年以上の歳月が経過致しました。俄には信じ難い状況ですが、紛れもない事実です。もしも禰󠄀豆子が人に襲いかかった場合は、竈門炭治郎及び____…』
『鱗滝左近次、冨岡義勇が腹を切ってお詫び致します』
その言葉を聞いた少年は呆気にとられた表情を浮かべる。不死川さんは怒りで顔に青筋を立て私達が無言になる中、少年は列の奥に居る冨岡さんの静かな横顔を見つめ燃える様な赤い瞳から涙を溢れさせる。少年が涙を流す姿を見て私はある覚悟を決める。
「…失礼ながらお館様、発言の許可を頂いても宜しいでしょうか?」
「あぁ、構わないよ」
「ありがとうございます。無理を言っているのは承知の上なのですが、私、胡蝶四季もその禰󠄀豆子という鬼に命を懸ける人間の一人として加えて頂きたいです」
「四季…」
「なっ!胡蝶妹てめェ、どういうつもりだァ?お前がこんな鬼を連れた馬鹿隊員の為に無理に命を懸ける必要なんて一切ねえんだぞ?大体、冨岡らが切腹するから何だと言うのか。死にたいなら勝手に死に腐れよ。何の保証にもなりはしません」
「不死川の言う通りです!鬼になど胡蝶妹が命を賭ける必要はない!それに人を喰い殺せば取り返しがつかない!!殺された人は戻らない!」
私の思わぬ進言にしのぶ姉さんは目を見開き、不死川さんと煉獄さんはわざわざ命を賭けなくてもいいと心配を混ぜた言葉で私を嗜める。隣に居る少年も私の発言に戸惑いを隠せないのか不安そうな顔で此方を見つめる。
「確かにそうだね。人を襲わないという保証ができない、証明ができない。ただ、人を襲うと言うこともまた証明ができない。禰󠄀豆子がニ年以上もの間人を喰わずにいるという事実があり、禰󠄀豆子のために先程進言してくれた四季を含めた4人もの命が賭けられている。これを否定するためには、否定する側もそれ以上のものを差し出さなければならない」
「……っ!!」
「……むぅ!」
お館様の説明に何も言えなくなる2人。続ける様に口を再び開いたお館様は信じられないことを言い放った。
「それに炭治郎は鬼舞辻と遭遇している」
「「「「!?」」」」
鬼舞辻と遭遇?まさか、上弦の更に上である鬼の始祖と出会うなんてなんという強運。この少年が、今後の鬼殺隊の鍵になるという私の予想は間違ってはいないようだ。
「なっ!そんなまさか…“柱”ですら誰も接触したことが無いというのに…!!っこいつが!?どんな姿だった!?能力は!?場所はどこだ!?」
「戦ったの?」
「鬼舞辻は何をしていた!?根城は突き止めたのか!?」
「……」
「おい答えろ!!」
「黙れ俺が先に聞いているんだ!!まずは鬼舞辻の能力を…」
一刻も早く鬼舞辻の特徴や能力居場所について今現在目を回している少年に聞き出そうと騒ぎ始める柱達だったがお館様が人差し指を口の前にそっと添えると途端にぴたりと騒ぎが止み、一瞬にしてその場が静まりかえる。
「鬼舞辻はね、炭治郎に向けて追っ手を放っているんだよ。その理由は単なる口封じかもしれないが、私は初めて鬼舞辻が見せた尻尾を掴んで離したくない。恐らく禰󠄀豆子にも鬼舞辻にとって“予想外の何か”が起きているのだと思うんだ。わかってくるかな?」
お館様の問いに皆何も言い返せない中、唯一絞り出す様に発言をしたのは不死川さんだった。
「わかりません、お館様!人間ならば生かしておいてもいいが、鬼は駄目です!承知できない!!」
血が出るほど唇を噛み締める不死川さんの顔は怒りに満ちており、鬼への憎しみが嫌というほど伝わってくる。私は別に鬼の味方をしたい訳じゃない。生かしたいわけでもない。ただ、“禰󠄀豆子”という鬼が人を喰わないという発言を聞いて希望を見出したからだ。
『鬼と仲良くする夢』
姉が心の底から夢見ている願い。それが叶うのならば、私は姉の為にもこの少年の為にもこの鬼を信用してみたいと思う。
「お館様、不死川さんの発言の通りやはりまだ納得出来ない方が複数人おられると思います。なので、最後にこの場で鬼が人を喰わないという証明をする為に失礼ながらお屋敷のお座敷を使用してもよろしいでしょうか?」
「構わないよ」
「ありがとうございます。竈門君、私は証明の為に君の妹さんに今から酷いことをしてしまいます。それでも、どうか私を信じて下さい。…お館様、失礼仕ります」
私は箱紐を掴むと、お屋敷のお座敷へと上がり込む。そして日輪刀を取り出すと箱に刃を通す。極力、傷付けたくはないのだが人を喰わないという証明の為にも怪我を負わせなければならないのが何とも心ぐるしい。自身の腕を斬りつけ、箱を開けると出てきたのは竹を加えた鬼とは思えない程とても可愛らしい少女だった。ただ、鬼の証拠という風に瞳に映る瞳孔は猫の様に細長い。私が血が流れる腕を少女の目の前に差し出すと苦しげに荒い息を立て涎を垂らす。
こんなことをしたいわけではないのに。こんな苦しいことをさせたくはないのに。私は、何て酷いことをしてしまっているんだろうか。まだ、年端もいかぬ内に私と同様家族を殺され、鬼にされた少女に。
自身が生み出した目の前の光景を見て溢れ出る感情につい一粒の涙を溢てしまうと鬼の少女がゆっくり此方に片手を近付けてきたかと思うと、壊れ物を扱うかの様に優しく私の頬に触れる。
「ぁ…、」
「禰󠄀豆子…」
私の頬に触れる鬼の少女の顔を見ると先程の苦しげな表情とはうってかわって、その顔はまるで大切なものを見つめる時の様な慈愛の表情に満ちていて。まるで、カナエ姉さんが私としのぶ姉さんを見る時の様な優しい瞳をしていた。
「どうしたのかな?」
「鬼の女の子はそっぽ向きました。四季様に刺されましたが目の前に血塗れの腕を突き出されても我慢して噛まず、突然泣いてしまった四季様を心配する素振りを見せました」
ご息女の言葉を聞いてお館様は嬉しそうに微笑み、炭治郎君に話しかける。
「ではこれで、禰󠄀豆子が人を襲わないことの証明ができたね。炭治郎、それでもまだ禰󠄀豆子のことを快く思わないものもいるだろう。証明しなければならない。炭治郎と禰󠄀豆子が鬼殺隊として戦えること、役に立つこと。十ニ鬼月を倒しておいで、そうしたら皆に認められる炭治郎の言葉の重みが変わってくる」
「俺は…俺と禰󠄀豆子は鬼舞辻無惨を倒します!!俺と禰󠄀豆子が必ず!!悲しみの連鎖を断ち切る刃を振う!!」
「今の炭治郎には出来ないからまず十二鬼月を一人倒そうね」
「はい」
激情に発言する竈門君に対してにこやかに微笑みながら諭す様に返すお館様。そんなお館様の言葉に顔を真っ赤にさせる竈門君。その一連の流れに私は先程まで流していた涙が止まるどころか思わず少し笑ってしまった。他の柱達も笑うのを堪えているのか少し体が震えているのが伺える。
「鬼殺隊の柱たちは当然抜きん出た才能がある。血を吐くような鍛錬で自らを叩き上げて死線をくぐり、十二鬼月をも倒している。だからこそ柱は尊敬され、優遇されるんだよ。炭治郎も口の利き方には気をつけるように」
「は…はい」
「それから四季、証明の為に自ら進み出てくれてありがとう」
「…いえ、私がそうしたくて自ら進み出たのでお気になさらないで下さい。有難いお言葉ありがとうございます」
「炭治郎の話はこれで終わり。下がっていいよ。そろそろ柱合会議を始めようか」
話が終わるとしのぶ姉さんが微笑みを浮かべながら手を挙げる。
「でしたら、竈門君は私の屋敷でお預かり致しましょう」
「えっ?」
驚く竈門君を他所にしのぶ姉さんはことを進めるために手を叩き隠を呼び出す。
「はい、連れて行って下さい!」
「前失礼しまァす!!」
素早い駆け足で目の前を通り過ぎて竈門君を回収していく隠と箱を持った隠が去るのを確認した後、柱合会議を始めようとお館様が口を開く。
「では柱合会議を…「ちょっと待ってください!!」
話し始めたお館様の声に被せて聞こえてきた声の方をみると先程隠に回収された筈の竈門君が屋敷の柱にしがみついている姿が見えた。
「その傷だらけの人に頭突きさせてもらいたいです!絶対に!味方をしてくれた人と違って傷だらけの人は禰󠄀豆子を悪意有りで刺したので!「黙れ黙っとけ!!」禰󠄀豆子を刺した分だけ絶対に!!頭突きなら隊律違反にはならないはず…「黙れ!!指剥がせ、早く!!」はぶぇ!」
お館様の話を遮り叫び続ける竈門君にそれに怒りに怒る隠。収拾がつかなくなってきた頃、突如として飛んできた庭石が叫び竈門君の顔に幾つか当たり竈門君はその場で頭から倒れ込む。
「お館様のお話を遮ったら駄目だよ」
指に持っている庭石にひびを入れさせ静かに怒りながらそう言ったのは時透君だった。
「もっ、申し訳ございません。お館様」
「時透様」
「早く下がって」
「はひっ…はいィィ!!」
焦りながらぺこぺこと頭を下げ謝る隠に時透君が冷たくそう言い放つと隠は更に焦りながら目を回す竈門君の体を持ち上げる。
「炭治郎、珠世さんによろしく」
「!?」
去り際、お館様が出した聞いたことのない名前に動揺する顔を見せる竈門君に構わず隠が駆け出すと、今度こそ本当に回収されたのか気が付けば竈門君の姿は見えなくなった。
「話す機会があれば話してみたいな…」
私は誰にも聞こえない程小さな声でぽつりと呟くと柱達が並ぶ元居た列へと戻るのだった。