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目を覚ますと、そこにはいつもの泥沼の匂いも、錆びついた鉄の臭いも、血の生臭さもなかった。
代わりに鼻をくすぐったのは、どこか明るく、妙に平和な空気だった。
「……あれ?」
金髪を揺らしながら、僕はパチリと目を瞬かせる。
視界に広がっていたのは、見覚えのない明るいゲームマップ。
けれど、僕が本当に違和感を覚えたのは、景色そのものじゃなかった。
「……ん?」
妙に……高い。
視界が、いつもの倍近くある。
まるで自分が、巨大な何かになってしまったみたいだった。
恐る恐る右手を見下ろしてみる。
そこにあったのは――重厚な鉄の柄。
そして、その先に伸びていたのは、凄まじい殺気を放つ禍々しいほど長い剣だった。
「え……なにこれ……?」
僕はしばらく、その剣を呆然と見つめた。
そして、ようやく自分の置かれている状況を理解する。
「……僕、キラーになってる……!?」
思わず声が裏返った。
どういうこと?
なんで?
僕、さっきまで普通に……。
いや、そもそもここどこ!?
頭の中が一気にぐちゃぐちゃになり、パニックになりかけた、その時だった。
「……?」
すぐ近く。
積み上げられた木箱の陰から、ガサ……ゴソ……と、小さな物音が聞こえた。
僕は息を潜め、そっと箱の向こう側を覗き込む。
そこにいたのは――。
「うわっ……!」
短い悲鳴。
黒い服を着た男が、全身をガタガタと震わせていた。
赤い角のついた黒い帽子を深々と被り、黒いパーカーのフードを目深に下ろしている。
身体を小さく丸め、まるで恐ろしい何かから身を隠すように、必死に物陰へ身を寄せていた。
「……シクサー?」
間違いない。
僕がずっと探し続けていた、大切な親友。
たった一人の、大切な友達。
だけど――おかしい。
何かが、決定的に違っていた。
いつもの大きなツノがない。
長い尻尾もない。
彼を包み込んでいた異形の巨大な筋肉も。
禍々しく肥大化した鋭い爪も。
何より、冷酷な殺人者として放っていた、あの圧倒的な威圧感も。
どこにもなかった。
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#veeronica
ゆ♨️
352
#azure
ゆ♨️
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そこにいたのは、ただの華奢な青年。
怯え切った表情で身体を震わせ、物陰に隠れて助けを待っている――。
「ごく普通のサバイバー」と化したシクサーだった。
「や、やめろ……!」
シクサーの声が震える。
「来ないでくれ……っ!」
彼の視線は、僕の顔ではなく、その手に握られた巨大な長剣へと釘付けになっていた。
顔は真っ青。
明らかに、僕を「恐ろしいキラー」だと思っている。
「えっ、ちょ、シクサー!?」
僕は慌てて剣を下ろす。
「違う違う! 僕だよ! ヌーブだよ!」
そう叫びながら、ゆっくり近づこうとした。
「別に切りつけるつもりなんて――」
「うわあああああっ!!」
「ええっ!?」
シクサーは全力で走り出した。
「待って! シクサー!」
一目散に逃げていく背中。
どうやら今の彼には、「キラーから逃げる」というサバイバーとしての本能がしっかり染みついているらしい。
僕も慌てて後を追う。
「待ってよー!」
巨大な身体を揺らし、長剣を片手に走る。
まさか自分が誰かを追いかける側になるなんて、人生で初めての経験だった。
……なんだか、ちょっとだけ懐かしい。
昔、一緒に鬼ごっこ系のゲームで遊んでいた頃を思い出す。
あの頃は、いつもシクサーに追いかけられていた。
それが今では――。
「僕が追いかける側なんだ!」
なんだか少しだけ胸が躍った。
……ただし。
僕には、キラーとして致命的な問題がひとつあった。
「いくよー! 覚悟してね、シクサー!」
勢いよく角を曲がろうとした、その瞬間。
ドガァンッ!!
「いっっっだぁぁぁぁい!?」
顔面から壁に激突した。
「~~~~っ!!」
鼻の奥がツーンとする。
キラーの頑丈な身体のおかげでダメージこそなかったものの、衝撃で身体が大きくのけぞった。
「……いたぁ……」
「……」
遠くから、シクサーが一瞬だけ振り返る。
僕は何事もなかったかのように立ち上がった。
「ふ、ふざけないで! ちゃんと追いかけるからね!」
誰に言い訳しているのか分からない宣言をして、再び走り出す。
今度こそ大丈夫。
僕はキラー。
巨大な身体に、長剣。
見た目だけなら、どう考えても強そうだ。
そして前方には――。
シクサーが倒した木製の板が道を塞いでいる。
これくらいなら、キラーらしく一刀両断して――。
「せーのっ!」
ブンッ!
ガチィンッ!!
「うわ!?」
振り上げた剣が、低い天井の木組みに盛大に引っかかった。
「……」
「……」
「…………」
僕は剣を見上げた。
剣は、完全に天井に食い込んでいた。
「ぬ、抜けない……!」
ぐいっ。
「……」
ぐいぐいっ。
「抜けないよぉっ!」
必死になって剣を引っ張る。
けれど、びくともしない。
「う~~~っ!!」
ガチャガチャ!
僕は剣の柄を両手で掴み、全力で引っ張り続ける。
元のゲームでも大概だった僕の操作技術は――。
どうやらキラーになったところで、何ひとつ改善されていなかった。
むしろ身体が大きくなったせいで、壁や天井や障害物に引っかかりまくる始末である。
「なんでぇ……!?」
そして、そのあまりにも情けない光景に。
「……」
走っていたシクサーが、ぴたりと足を止めた。
恐る恐る振り返る。
そこにいたのは――。
天井に剣を引っかけて、
「う~~~! 抜けない~~~!」
と、必死にジタバタしている巨大なキラー。
シクサーは数秒間、無言でその姿を見つめた。
そして。
「……おい、ヌーブ」
「ん?」
「お前、キラーだよな?」
「うん!」
「なんでキラーの癖に、そんなところで壁に引っかかってんだよ!!」
「だってこの剣、重くて扱いづらいんだもん!」
「知るかよ!!」
「それにこのマップ、角が多すぎて曲がりきれないんだよ!」
「それも知るか!!」
シクサーは頭を抱えた。
「壁を斬るな! 壁を!」
「斬ろうとはしたんだよ!」
「その結果が天井に刺さってんだろうが!」
「……あ」
「『あ』じゃねぇよ!」
久しぶりに聞く、その怒鳴り声。
僕は少しだけ嬉しくなった。
「でも僕、ちゃんとシクサーを追いかけてるよ?」
「追いかけられてる気が全然しねぇよ!」
シクサーが叫ぶ。
「さっきまで死ぬほど怖かったのに、お前のせいで恐怖が一瞬で吹き飛んだわ!」
「ひどい!」
「むしろ助かってるけどな!」
「えぇ……」
僕がしょんぼりしていると、シクサーは大きくため息をついた。
そして、仕方なさそうにこちらへ歩いてくる。
「ほら、貸せ」
「え?」
「お前一人じゃ抜けねぇだろ」
「手伝ってくれるの?」
「……このままじゃ話が進まねぇからな」
シクサーが剣の柄を掴む。
僕も反対側から力いっぱい引っ張る。
「せーの!」
「うおおおおっ!」
ポンッ!!
勢いよく剣が抜けた。
「うわっ!」
「おっと!」
二人とも勢い余って、その場に尻餅をつく。
しばらく沈黙。
そして僕は――。
「あはは……」
思わず笑った。
「ありがと、シクサー」
「……笑い事じゃねぇよ」
シクサーは呆れた顔で帽子をかぶり直す。
「全く……お前がキラーとか、世界観どうなってんだよ……」
その言葉を聞いて、僕も改めて周囲を見渡した。
ここはFORSAKENじゃない。
キラーとサバイバー。
本来なら恐怖を与える側と、逃げる側。
その立場が完全にひっくり返ってしまった、あべこべの世界。
SWAPSAKEN。
そんな奇妙な世界で――。
僕はキラーになり。
シクサーはサバイバーになった。
何もかもが逆になってしまったはずなのに。
「……シクサー」
「ん?」
彼の顔を見る。
そこには、さっきまでの怯えた表情はもうなかった。
代わりに浮かんでいるのは、どこか懐かしい苦笑い。
昔、ゲーム部屋で僕の下手くそなプレイを見ながら、散々ツッコミを入れていた頃と同じ顔だった。
「……なんか、懐かしいね」
「……そうだな」
シクサーは小さく笑った。
キラーとサバイバー。
立場も、身体も、世界そのものさえも変わってしまった。
それでも――。
壁に激突する僕。
それを呆れながら助けるシクサー。
その関係だけは、何ひとつ変わっていなかった。
どうやらこのおかしな世界でも。
僕たち二人の時間は、ちゃんと続いていくらしい。