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フランスがため息交じりに視線を向けたのは、イギリスが先ほどまで座っていた席のデスクの上だった。
「あのバカ、ほらみなよ」
フランスが指差した先、綺麗に整頓された書類の山の、その一番上に置かれたメモ用紙の端っこ。
そこには、少し筆圧の弱い、けれど精一杯凛とした文字でこう書き残されていた。
『まだやれます、大丈夫』
いつの間に書いたのか、あるいは自分に言い聞かせるためにずっと手元に置いていたのか。
文字の最後の方が、疲れのせいでわずかにかすれている。
「……あいつ、ホンットに頑固だな」
アメリカがサングラスを少し下げてメモを覗き込み、呆れたように、けれどどこか心配そうに肩をすくめた。
国連は丸眼鏡の奥の、水色の瞳を悲しそうに細める。自身も仕事中毒で自己犠牲的なところがあるからこそ、イギリスの「休めない」という意地が痛いほど分かってしまうのだろう。
「あんな書き置き残して……。無理したら余計に仕事効率落ちてまうのになぁ」
「……」
ソ連は無口なまま、その巨体を少し折り曲げるようにしてメモを見つめていた。ウシャンカの影、ソ連国旗のマークが入った眼帯が、イギリスの残した不器用な意地の跡を静かに見つめている。人混みではいつも先頭を歩いて皆を守る彼だからこそ、一人で背負い込もうとするイギリスの危うさが、言葉にせずとも伝わっているようだった。
フランスは歩み寄り、その紙の端っこを細い指先でそっとなぞった。
「『大丈夫』なわけないでしょ、文字がブレてる……。昔っから、自分が弱ってる時ほど虚勢を張るんだから」
そう呟くフランスの左耳で、イギリス国旗のピアスがチリ、と小さく揺れる。
いつだって、あいつが限界を迎える前のサインは分かっている。普段なら絶対に引っかからないような罠にかかったり、今回の音ゲーのように、あからさまに反応が遅れたりするのだ。蜂蜜や林檎のアレルギーの時のように、後から一気にガタがくるタイプだと知っているからこそ、フランスは強引にでも止めたかった。
「……追いかけねぇのか?」
アメリカが尋ねると、フランスはフッと自嘲気味に笑って、いつものようにタメ口で気軽に返した。
「もちろん行くよ。言ったでしょ、あいつがボロボロなのは見てられないって。……まぁ、部屋の隅か机の下にでも引きこもって、自信なくしてウジウジしてんじゃない?」
普段は右利きのフランスが、あえて左手でベレー帽の位置を直し、隠された左の蒼い瞳をさらに深く覆い隠す。
「国連、アメリカ、ソ連。ちょっと抜けるね」
「あぁ、頼んだぜフランス!」
「頼んだで。しっかり休ませてあげてな」
背後からの声を背中に受けながら、フランスはイギリスが去っていった扉へと歩き出す。
喧嘩すれば「ブリカス」「フラカス」と罵り合う仲だが、彼らの間にある何百年もの月日は、そんな荒っぽい言葉だけでは到底片付けられない。
(差し出した手、今度はちゃんと取りなよ、ブリカス)
フランスは内心でそう毒づきながら、頑固な親愛なる宿敵を追いかけるため、会議室を後にした。
コメント
1件
読ませていただきました……「まだやれます、大丈夫」という書き置き、あの文字のかすれひとつでイギリスの無理してる感じが伝わってきて胸がぎゅっとなりました。フランスが「大丈夫なわけないでしょ」って言いながらピアスを揺らすところ、何十年も向き合ってきたからこその距離感と苛立ちが滲んでいてたまらないです。喧嘩ばかりの関係だけど、ちゃんと相手のサインを見逃さない……そういう誠実さがじんわり沁みました。次、フランスはちゃんとイギリスを捕まえられるんでしょうか、気になります🌷