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パンッ!
手を叩く音で目が覚めた。
「あ……れ…?………」
頭がボヤけ、靄がかかったようにはっきりしない。目の前に立つ女性が誰なのか、始めは分からなかった。少なくとも五十嵐ではない。
なぜか、背中の激痛が消えていた……。
「青井くん……大丈…夫?」
そのおどおどした口調で、誰なのか一発で分かった。
「番条さん。ごめん………勝てなくて……」
「青井くんは、勝ったよ……。最後まで……私を守ってくれた……」
なぜか、俺はまだヌイグルミを左手で握りしめていた。俺の血で濡れた様子もなく、何も知らないクマと目があった。
このヌイグルミは、五十嵐に渡したはずなのに……。
そもそも五十嵐はどこに行ったんだ?
パンッ!
また番条さんが、手を叩く。すると目の前に五十嵐が立っていた。魔法のように一瞬で番条さんが、五十嵐に変身した。
「タマっち……。混乱させて、ごめんね。実は私ーーー。五十嵐じゃなくて、番条なの。五十嵐は、私が作った幻。タマっちが会った五十嵐って人物は、この世に存在しないんだよ」
パンッ!
また五十嵐から番条に変身。
これが、幻?
こんなマンガみたいな事が出来る人間がいることに驚いた。
「これからは……いつも……一緒だよ。奴隷の…青井くん……」
俺が持っているヌイグルミの頭を優しく撫でている。
「いやいや、えっ! 嘘。刺されたのも幻?……幻なのか? あの巨大なハンターも幻? そんな魔法みたいな力があるなら、奴隷なんか要らないだろ!」
「そんな…こと……ない……。パン……くれる人いないし……」
「はぁ………やっぱり変わってるよ、番条は」
本当に幻の中にいたとしても、俺にはその全てが嘘だとどうしても思えなかった。特に五十嵐……いや、番条が語ったあの両親が亡くなったエピソード。あの話は、おそらく真実だと思う。
「いつまで……座ってるの? 無傷だから……立てるでしょ?」
「少しは、休ませろよ……。意外と厳しいな。俺の主は………」
「………ごめん…なさい」
渋々立ち上がり、歩き出した俺達の前に
怒鳴り散らす男が現れた。
俺と五十嵐を囮に使った最低の糞野郎だ。
「ふざけるなっ! 僕は、言われた時間までヌイグルミを持ってた。僕も奴隷にしろ。それが、お前が決めたルールだろ」
番条さんは、音もなく男の前まで行くと前髪を上げて男にその悪魔の瞳を見せた。
「あなたが今握っているのは、ヌイグルミじゃないよ。ほら……もう一度…良く見て………」
男は、失禁した。ガタガタガタガタ震えだした。
「うわわぁわぁ!! な、なな、なんだよ、これぇ!!!?」
男は『自分の心臓』を握っていた。胸には黒い穴が空き、そこから血がピューピュー吹き出ている。
「あな…た………不合格……」
口から赤い泡を吐きながら、男は絶命した。
悪夢の夜は、こうして幕を閉じたーー。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
千回目の悪夢を見た。
化物に変異した俺は、人間の内臓をうまそうに食していた。引き裂いた口には、ベットリと血糊がついていて、赤黒く汚れている。
俺は、その『もう一人の自分』をただ黙って後ろから見ていた。
見ていることしか出来なかった。食い散らかした肉片が、周囲に飛び散る。
ピチャッ………。
ピチャッ……。
腐ったピザに見えた。
どうしたら、この悪夢から覚める?
『 夢? バカか、お前。これは、現実だよ 』
振り向いた俺はーーーー。
赤い涙を流しながら、笑っていた。
……………。
こわい………。
こわいよ……………。
いつか、きっと……俺は、大切な人をこの手で殺すだろう。
「タマちゃん……?」
薄く目を開けると、七美が俺の頭を撫でていた。ここ最近は七美も忙しく、二週間ほど会っていなかった。
いつの間に来たんだ?
どうして?
そんな疑問も今はどうでもよかった。
「しばらく側にいて」
「うん……分かった。だから、安心して寝ていいよ」
七美は、もぞもぞと俺の布団の中に入ってきた。彼女の首筋からは、落ち着く甘いシャンプーの香りがした。
「一人で寝るから、怖ーーい夢を見るんだよ。だから……ね? 私と一緒に寝よ」
布団の中で七美が、俺の手を優しく握ってくれた。一本、一本、その指をマッサージしてほぐしてくれる。
「七美…………」
俺は、赤ん坊のように彼女の胸に顔を埋めた。それだけで全身を包まれているように安心出来た。
「大きな赤ちゃん………。私の赤ちゃん……もっとママにくっついて」
「……………う…」
「っ………吸うの……ダメ…。んっ! 悪い子……」
「………………」
七美は、甘える俺を引き離した。
「お願いだから無理しないでね。私のせいで、アナタを苦しめてるのは分かってる。本当に……本当に………ごめんね……」
三十分後。七美は静かに部屋を出ていった。玄関の扉が静かに閉まる。
布団の中で、今も手の甲で光る彼女の涙を見つめた。
俺は、どうしても彼女を引き留めることが出来ず、その悲し気な後ろ姿を夢と現実との間で見ているだけだった。