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「九条さん、ちょっと……」
今日は休日。賑わうギルドを横目に食堂へと足を運ぼうとした時、ソフィアに呼び止められた。
言われるがままにギルドの応接室に連れられ、礼儀正しくノックをしてから部屋に入ると、一昨日と同じ面子が集まっていた。
「やあ、九条。会えて嬉しいよ」
俺にさわやかな笑顔を向けてくるバイス。
正直これっぽっちも嬉しくない。折角の休みだと言うのに……。
しかし、それは顔に出さないよう気を引き締める。
「えっと、何か御用でしょうか?」
「ああ。実は炭鉱を調べてみようと思っているんだが、君にガイド役を頼みたいんだ」
「なぜです? 炭鉱の場所はわかりますが、探していると言われていたダンジョンまでの道のりは、知りませんよ?」
「確かに今の君は知らないだろうけど、|死霊術師《ネクロマンサー》ならダウジングで探し当てることも出来るだろう?」
そういえばソフィアが言っていた。死霊術はダウジングや占いなんかが一般的だと。
当時は思い描いていた死霊術とは随分違うものだと思ったものだが、それは今も変わらない。
俺がダンジョンで読んだ魔法書には、そんな魔法は一切載っていなかったからである。
どうすれば怪しまれずに断れるか……。
最悪案内は出来る。ダウジングをせずともダンジョンまでの道のりは、しっかりと覚えているのだから。
しかし、それではダンジョンへの侵入を許すことになる。
ならば、断る以外に道はない。どうにか諦めてもらえるよう促せればいいのだが……。
「自分はカッパープレートですよ? 魔法の精度も低く、無駄足になる可能性の方が高いかと……。もっとランクの高い|死霊術師《ネクロマンサー》に依頼した方がいいのでは?」
「ほら、私の言ったとーりじゃん。スタッグまで戻って別の|死霊術師《ネクロマンサー》を探した方がいいって」
思わぬところに援軍がいた。バイスの担当であるニーナだ。
生意気な小娘だと思っていたが、今回ばかりは利害が一致していた。
心の中でニーナを応援しつつも視線を向けると、それに気づいたニーナは不機嫌そうな表情に早変わり。
「いや、それでは時間がかかりすぎる。他のパーティが目的の……」
「バイス!」
ネストがバイスを強い口調で制止すると、気まずそうな表情で俺に視線を向ける。
俺にはその意味がわからなかった。今はそんなことより、断る言い訳を考えるのに必死だったのだ。
「いや、すまん。とにかく時間がないんだ。だから九条、君に頼みたい」
バイスはそう言うと、一枚の依頼書をテーブルの上に置いた。
内容は炭鉱奥でダンジョンに繋がる場所を見つけ出すこと。報酬は金貨二十枚。
通常カッパープレートで受けることの出来る依頼の報酬を考えれば、割のいい仕事。
だからこそ断りづらく、それ相応の理由がなければ怪しまれかねない。
「どうだ? 悪い話ではないはずだ」
「……一つ、質問してもいいですか?」
「ああ。答えられる範囲なら答えよう」
「なぜ、こんなに報酬を? 先程も言いましたが自分はカッパーですよ?」
「実は昨日、その炭鉱の調査に行ったんだが、情けないことに徒労に終わってしまってね。しかし、そう何度も調査する時間も残されていない。ギルドの炭鉱マップは古すぎて、あてにならないんだ」
机の上に無造作に広げられたのは、いくつもの炭鉱の地図。
年代ごとに分かれているようだが、一番新しいものでも十年以上前の物。
パッと見ただけでも、使い物にならないことはすぐにわかった。
地図上では通れるように見えている所も、崩落で通れない箇所がいくつもあったからだ。
「頼む。君だけが頼りなんだ」
「……もし、ダンジョンが見つかった場合はどうすれば?」
「その時点で君の仕事は終わりだ。そこで依頼書にサインするから、それを持って帰ってくれて構わない」
断る理由が見つからない。
最終手段として仮病でどうにかならないかとも考えたのだが、この世界には魔法がある。
二日酔いも吹き飛ばすくらいだ。腹痛、頭痛程度なら即座に治してしまうだろう。
「はあ、わかりました。でも見つからなくても文句は言わないでくださいね」
「ありがとう九条。助かるよ」
出された右手で握手を交わす。
「よし。じゃあこのまま作戦会議を始めよう。シャーリー、頼む」
「はーい。じゃあ装備品の確認と食料。それと消耗品の補充が必要なら今のうちに教えて頂戴。あ、もちろん九条の分も必要ならこっちで出すわ。何かあれば言ってね」
「あ、はい……」
シャーリーは皆の意見をまとめ上げ、てきぱきと話を進めていく。
それを見て、本格的な冒険者とはこういうものなのかと唖然としていた。
自分にはまったくついていけない世界だ。まるで、未登頂の山を走破するかのようなチェックリストの数。
そこに載っている物を集めるのに右往左往しているソフィアは忙しそう。
「帰還水晶の在庫は?」
「すみません。ウチのギルドは常備していなくて……」
「今発注して届くのはいつ?」
「今からなら明後日の夜には届くかと」
「おっけー。じゃあ出発は三日後。いい? バイス」
「もちろんだ。九条もそれでいいか?」
「あ、はい……」
正直、返事をするのがやっとだった。
場違い感が凄まじく、俺がここにいてもいいのだろうかと思うレベル。
作戦会議が終わると、いの一番に応接室を後にした。
会議中、ネストが喋ったのはバイスを制止した時だけ。それ以外はずっと魔法書を読んでいたようにも見えたが、実際その意識はずっと俺に向けられていたのだ。
何かボロを出すのではないかと勘繰っているかのような、粘りつく視線。
俺はそれに耐えきれず、早くここから逃げ出したかったのである。
――――――――――
ミアも今日は休みだった。冒険者達にもみくちゃにされることもなく、平和な一日が始まろうとしていた。
「おはようカガリぃ」
カガリに抱き着き、ミアは楽しそうに日課であるおはようのモフモフを始める。
今日のカガリは機嫌がいい。機嫌の悪い日はモフモフを嫌がる。
もちろんそうなれば、ミアはすぐにモフモフをやめる。
カガリを不快にさせてまでモフモフするのは独り善がりだと理解している。故に節度を守って正しくモフモフするのである。
その最中、ミアはある小さな変化に気が付いた。毎日のように一緒にいるからこそ気付けた違和感。
「カガリ……。ちょっと太った?」
それを聞いてカガリの体がピクリと跳ねた。
カガリも気にしているのか、それが面白くてミアはほんの少し吹き出してしまった。
村ではカガリと常に一緒に行動しているミア。一番の理由はミアの護衛なのだが、村人達にもカガリに慣れてもらおうと思っていたからだ。
その甲斐もあって、今では村人たちもカガリを全く恐れない。
それは良いことではあるのだが、その弊害か、村人たちがカガリに餌を与えるようになってしまったのだ。
それを全て平らげているので、太るのはある意味当然と言えた。
日課のモフモフを終えミアが着替えていると、階段を駆け上がる誰かの足音に手を止める。
それが部屋の前で止まると、勢いよく扉が開いたのだ。
そこに立っていたのは息も絶え絶え、肩で呼吸をしていた九条であった。
「ミア。出かけるぞ」