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マッドハッター 〜 サーカス内部 自室にて 〜
すっかり外は暗くなっていた。目を覚ますと顔にサラマンダーが張り付いていた。そっとサラマンダーを顔から離して、起き上がる。
「どのくらい寝ていた?」
「六時間です。我が主。」
部屋が暗くて見えなかったが、机の上にクロウがいた。指をぱちんと鳴らしてろうそくに火をつけた。まだ、ぼんやりする頭を覚まさせるために首を振った。
「…スパイキー・スパイクはどうしてる?」
「はい。部屋でシモドリの看病をしてるかと。」
「だろうな…。シモドリをここまで連れてきたのだから当然ちゃ当然だな。」
私は、サラマンダーをベッドに置いて椅子にそっと腰掛けた。クロウは人間の姿に変身すると、淹れたての紅茶を用意してくれた。机に熱々のハーブティーの入ったカップが置かれる。
小さなカップからハーブのいい香りが漂う。淹れたてをいただこうとした時、ドアが独りでに静かに開いた。それと同時に首筋に吐息を吹きかけられたような風を感じた。
「レイスか。」
つばの着いた青いとんがり帽子と、マフラーを巻いた幽体。間違いなくレイスだった。彼の種族は風に乗って北から南へ、西から東へとここ、エスタエイフ地方に限らず各地へ旅をする。そんな彼とは分け合って団員の一人としてここにいるのだが、経緯はまた今度語ろう。
「…ハッター。ツリーテイルの件で相談があるんだ。」
レイスは手に持っていた魔物図鑑を私の机の上にぼさっとおいた。そして、そよ風を引き起こすとツリーテイルのページを開いて見せてきた。
「…ハッター達の話を聞いて、僕は少し引っかかったことがあったから調べさせてもらったよ。」
「奇遇だな、私もだよ。…さて、聞こうか? 君の推理を。」
レイスは帽子のつばを直して、この白幻の森の地図を取り出した。それを広げると図鑑と同じように机に広げたのだ。
「…まず、ハッター達が遭遇したシモドリとツリーテイルを見たって場所なんだけど、ここはシモドリもツリーテイルも住み着くにはあまり向かない場所なんだ。…温度的にはね。」
「そう。温度的には陽がよく当たる位置にいるから、住み着くには向かない場所。だけど?」
「…食べ物、には困らないよね。」
ここ、白幻の森はめったに人は近づかないのだが、この寒帯の地域に住んでいる村はいくつもある。私達は白幻の森の近くにはいるものの、その数キロ先には村がある。つまり、森と村の間にいるのだ。
「森に出入りする人間はいる。住み着くのは難しくても、近くに餌がいて、且つ豊富なら問題はないわけだ。」
「…そういうこと。そして、これは僕の想像でしかないんだけど。今この時期、ツリーテイルは世代交代してる、と思うんだ。」
レイスは、ツリーテイルの載っているページを見ながら、顎に手を当て考え込む。
「世代交代?」
クロウが首を傾げてレイスに問う。
「世代交代。まず、ツリーテイルには<女王>ていうリーダー格。つまり、群れのリーダーがいるのは知っているだろう? 世代交代って言うのはいわゆる、新しい群れのリーダーが誕生したことを言うんだ。」
「な、なるほど。」
「ガーゴイルには群れる習性なんてなかったからなあ?」
「…話を戻すよ。新しいリーダーが誕生したのはいいことなんだけど、問題はその後だ。新しいリーダーに馴染めず、一時的にだけど、傘下のツリーテイルはリーダーの言う事を聞かない。」
つまり新しいリーダーに不満があるという事だ。なんとも人間関係じみたことが、ツリーテイルという魔物の組織の中で起こっているのだ。
「それで、自分勝手に好き放題しているやつがいると。」
クロウが難しそうな顔をしながら、首を傾げる。先程も言ったが、ガーゴイルには群れる習性がないため、イマイチピンと来てないようだった。
「レイス。お前の長ったらしい推理と憶測の話は嫌いじゃないが、答えを聞こうか。あの小鳥は黒か?」
私は目を細めて、レイスの瞳を見つめる。レイスは少し俯いた後、その口をゆっくり開いて答えを述べた。
「…黒だ。」
私は飲みかけのティーカップを壁に向かって強く放り投げた。カップは壁に強くぶつかると、床に跳ね返り大きな音を立てて割れた。自分でもわかる。これは、苛立ちだ。
「我が、主?」
「サラマンダー。」
ベッドで眠っていたサラマンダーを呼ぶと、私の声に反応し、素早い動きで腕に登ってきた。片手で杖を引き寄せて、部屋を出る。クロウとレイスはその後ろをそろそろとついてきた。
「構えてろ。あの小童を拘束して、吐き出させる。すぐに野に放たなかったのはいい判断だ。だが、既に我が団は危険に晒されている。」
私はスパイキーとスパイクの部屋のドアを思いっきり蹴破った。部屋の中にはあのシモドリもスパイキー達もいなかった。ハンガーにかけられているはずのマフラーがない。
「しまった、遅かったか。」
窓から外を見ると、小さな足跡が点々と白幻の森に続いていた。私は、帽子のつばを直してすぐに外へ出る準備をした。リビングに降りるとちょうど、エヴァンやメイド達がいた。
「お前たち! 緊急事態だ!」
階段を降りながら、叫ぶと団員たちは何事かとこちらへ視線を向けた。
「レイスは先に行って、スパイキー達を追え、クロウとサラマンダーは、私と来い。他はいつ私が召喚してもいいように準備万端で待機してろ。最悪の場合、戦闘もあり得ると思え。」
緊急事態と聞いて、あたふたしていたメイドはすぐに窓を開けると、レイスは物凄い速さで外へ出た。コートを羽織り、クロウとサラマンダーを連れてレイスに続くように外へ私達も出た。
風が森の奥へと吸い込まれるように吹いている。これはレイスの風の影響なのか、それとも何か別の力が働いているのかはわからない。