テラーノベル
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ショースタジアムは、すでに多くの来場客で埋め尽くされていた。
二人は段差を登り、少し後方の座席へ並んで腰を下ろす。中央のプールは照明を受けて深く青く光り、ゆらゆらと揺れる水面の反射が、ほの暗い天井へ細かな光の模様を投げかけていた。
「ここなら、水がかかる心配もなさそうです」
「あ、前の方はかなり濡れるんですか?」
「ええ、一列目なんてバケツをひっくり返したようになりますよ」
「……じゃあ、ここでよかったです」
本気で心底安堵したような表情を浮かべる柊吾を見て、瑞樹が忍び笑いを漏らす。
やがて開演を告げるアナウンスが響き渡り、客席を照らしていた照明がゆっくりと落ちていった。周囲のざわめきが一瞬で期待を含んだ静けさへと変わり、青いプールだけが暗がりの中で幻想的に揺れている。
ふと視界の端に、すぐ斜め前の席に座る男女のカップルが映り込んだ。
薄暗がりの中、二人は当たり前のような自然さで肩を寄せ合い、指をしっかりと絡め合わせて手を繋いでいる。楽しそうに顔を寄せ合って囁き合う姿は、どこからどう見ても幸せな恋人同士そのものだった。
(……いいな)
無意識のうちに、羨ましいと思ってしまった自分にハッとする。
慌てて思考を打ち消すように、心の中で自分自身にツッコミを入れた。
(……って、何を考えてるんだ僕は! 男同士だし、そもそも恋人でもなんでもないのに、手をつなぐなんてあるわけないだろ……!)
頭では分かっているのに、一度芽生えた羨望は消えてくれない。
膝の上で自分の右手をぎゅっと握りしめる。隣に座る瑞樹との間には、わずかな隙間があるだけだ。けれど、その距離が途方もなく遠いものに思えて、胸の奥が少しだけツンと寂しく痛む。
玄関で衝動的にキスをしてきたかと思えば、「忘れてください」と逃げるように立ち去った瑞樹。
あんなことをしておきながら、今日こうして当たり前のようにデートへ連れ出し、優しくエスコートしてくれる彼の本心が、柊吾にはさっぱり分からなかった。
ただの気まぐれなのか。哀れみなのか。それとも――。
瑞樹の本当の気持ちが見えない不安と、届かないもどかしさが、暗がりの中でぐるぐると渦を巻く。
(もっと、触れたいのに……)
怖さを理由にするのではなく、自分から触れたい。そんな欲求が胸を締め付け、息が苦しくなった、まさにその時だった。
「わ……っ」
ステージ中央で大きなイルカが高く跳び上がり、客席から歓声が上がった。驚いた柊吾の肩が大きく跳ね、その拍子に座席の横へ置いていた右手がわずかに滑る。
――トン。
すぐ隣にあった瑞樹の手の甲へ、自分の小指が触れた。
あたたかい。
ほんの一瞬かすめただけのはずなのに、触れた皮膚から熱が伝播し、体中へと広がっていくような錯覚に陥る。
(……しまった!)
失態に焦り、慌てて手を引こうとした。
けれど、その動きよりも早く、瑞樹の指がわずかに動いた。
逃がさないように強く掴むわけではない。ただ、逃げようとする柊吾の小指へそっと自分の小指を重ねるだけの、あまりにも静かで控えめな引き留め方だった。
コメント
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かんなさん、こんにちは。寺島あおいです。 第50話、読ませていただきました。 イルカショーの華やかな舞台の上で、柊吾くんの内面の揺れが本当に繊細に描かれていて、胸がぎゅっとなりました。特に、隣のカップルを羨む気持ちを「男同士だし」と打ち消そうとする切なさ…。そして、あの小指が触れるラストシーン!瑞樹さんの「そっと重ねるだけ」の静かな引き留め方が、強く掴むよりずっと雄弁で、彼の本心が垣間見えたような気がして、とても好きです。 続きが本当に気になります。素敵なエピソードをありがとうございました。