テラーノベル
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こまさんのリクエスト兼フォロワー様400人記念で書きます!
※注意
・キャラ崩壊あり
・不快になる描写があり
・嘔吐と捉えることができる描写があり
・ご本人様には関係ありません
・パクリ×
・よくわからない異世界系?の描写あり
嫌な方はブラウザバック推奨
この世界には、名がある。
アークレイア。
別名、光の方舟。
大小無数の大陸と浮島が連なり、魔力と技術が同時に発展した世界だ。
人々は魔力を「流れ」と呼び、剣や弓、術式や機巧にそれを通すことで力を得る。
だがその流れは不安定で、誰もが扱えるわけではなかった。
魔獣は夜に現れ、遺跡には呪いが残り、
王国同士の小競り合いは絶えず、
「強い者」は常に必要とされていた。
そこで生まれたのが、依頼制度だ。
王侯貴族から平民まで、
魔獣討伐、護衛、探索、救出、鎮圧
命と引き換えに金と名誉を得る者たち。
彼らは総称して、請負人《コントラクター》と呼ばれた。
請負人には階級があり、
実績、成功率、生還率、対応力
すべてが数値化され、公開される。
この世界では、
「どれだけ強いか」よりも
「どれだけ失敗しないか」が重視された。
その価値観の頂点に立った存在が、ひとりいる。
おんりーだ。
彼は特別な血筋ではなかった。
王族でも、賢者の弟子でもない。
ただ一つ、人並外れていたものがあるとすれば
判断の速さだった。
戦場で一瞬先を読む力。
敵が動く前に、最適解を選ぶ感覚。
無数の選択肢の中から、「必ず生き残る道」を見つける才能。
剣術、魔術、体術。
どれも一流で、突出していた。
おんりーは勝った。
負けなかった。
誰も死なせなかった。
それが、彼を最強に押し上げた。
最強という言葉は、噂だけでは定着しない。
この世界は、結果しか信じない。
おんりーが
「最強」
と呼ばれるようになった理由は
いくつもの具体的な依頼が積み重なった結果だった。
最初に名を決定づけたのは、
西方交易路を襲う多頭型魔獣討伐。
群れで連携し、罠を張り、
正面からの討伐では必ず犠牲が出る魔獣。
討伐部隊は五人編成が常識だった。
だが、おんりーは一人で行くと決めた。
「数を増やすと、判断が遅れる」
その一言で。
依頼では、記録・証拠用の動画を撮ることを必須とされていた。
戦闘は、異様なほど静かに終わった。
魔獣の動線を先読みし、
罠の位置を逆に利用し、
一体ずつ、確実に孤立させて仕留める。
激戦のはずだった現場に、
残ったのは最低限の血痕と、無傷のおんりー。
「……なんで、分かった?」
帰宅後、動画を見た
ドズルの問いに、
おんりーは首を傾げただけだった。
「来る場所が、分かりやすかった」
それが彼の答えだった。
次に、人々を震撼させたのは
王都地下遺跡の封印解除と救出依頼。
複雑な魔術罠が張り巡らされ、
地形は常に変化する。
過去に十数人が命を落とした場所。
おんりーは、遺跡に入る前に地図を見て言った。
「三十分で出るよ」
結果は、二十五分。
罠はすべて回避。
崩落は一度も起きず、
閉じ込められていた調査団は全員生還。
おおはらMENは、その時のことを後にこう語る。
「怖かった。
あまりにも、全部読んでるみたいで」
戦場でも、探索でも、交渉でも。
おんりーは一貫していた。
危険を最小化する。
派手な勝利は狙わない。
命を賭ける選択肢を、最初から排除する。
それが、仲間を生かした。
ぼんじゅうるは気づいていた。
おんりーが、常に自分より仲間を見ることを。
「俺らが動きやすい位置に必ず立ってるんだよな」
前に出すぎない。
後ろに下がりすぎない。
全体が一番生き残れる場所に、
必ずいる。
だから、尊敬された。
そして
だからこそ、追いつきたいと思われた。
ドズルは剣を振るいながら思う。
(背中を預けられる存在になりたい)
ぼんじゅうるは、戦況を整理しながら考える。
(指示を待つ側じゃなく、並んで判断できるように)
おらふくんは柔軟な動きを磨き、
(もしもの時に穴を埋めれるように)
おおはらMENは、記録と分析に没頭した。
(おんりーの判断を、再現できるように)
誰も、彼を妬まなかった。
誰も、引きずり下ろそうとはしなかった。
ただ、隣に立ちたかった。
ある依頼で、敵の不意打ちが完璧に決まったことがあった。
通常なら、誰かが負傷していた。
だが、おんりーは一瞬で叫んだ。
「伏せて、右!」
その声に反応できたのは、
ドズルとぼんじゅうるだけだった。
戦闘後、沈黙が落ちる。
おらふくんが、悔しそうに笑った。
「……遅れちゃった」
おんりーは、責めなかった。
「次は、もっと早く言う」
それだけだった。
でも、その一言が、
仲間たちの胸を強く打った。
“俺が前提で動く”
その覚悟が、当たり前のように含まれていたから。
依頼が増えるほど、
人々の言葉も増えていく。
「最強だ」
「失敗しない」
「神に近い」
それらは、まだ称賛だった。
この頃の、おんりーは
その言葉を、まっすぐ受け取っていた。
期待に応えることは、
自分の役割で、
誇りだった。
仲間が隣にいて、
信頼してくれて、
追いつこうとしてくれる。
それが、嬉しかった。
だからこそ、
彼は今日も最善を選ぶ。
まだ、この時点では。
最強という言葉が、
重さを持ち始めていることに、
誰も気づいていなかった。
「最強」という言葉は、ある日突然生まれるものじゃない。
それは、繰り返されることで、形を持つ。
最初は噂だった。
次に評価になり、
やがて前提になる。
おんりーの名は、依頼掲示板の端から端まで届くようになった。
依頼文の末尾に、こう書かれる。
第一希望:おんりー
不可能な場合、同等実力者
だが、その“同等”は、ほとんど存在しなかった。
王都の酒場で、旅人が言う。
「最強の請負人を知ってるか?」
「名前は?」
「おんりーだとよ」
名前だけで、会話が終わる。
それは称賛であり、
同時に、世界がひとりの人間を象徴化した瞬間だった。
依頼の質が、変わり始める。
以前なら、
「危険度不明」
「生存率低」
と明記されていた案件が、
「おんりーなら問題なし」
「最強が行くなら成功確定」
そんな注釈と共に回ってくる。
難易度の高い依頼が、
“難しい”という前置きを失っていった。
おんりーは、それを拒まなかった。
むしろ、胸を張った。
(期待されてる)
(任されてる)
それは、誇らしかった。
仲間と一緒にいるからだ。
自分ひとりじゃない。
ドズル社として、結果を出してきた。
だから、最強という言葉は
“自分”だけのものじゃないと思っていた。
ドズルが前に出て盾になる。
ぼんじゅうるが戦況を整える。
おらふくんが柔軟に穴を埋める。
おおはらMENが後方から全体を支える。
その中心に、自分がいる。
それだけの話だった。
街では、子どもが木剣を振り回して叫ぶ。
「俺、おんりーになる!」
商人は、護衛依頼にこう言う。
「最強がついてるなら、保険はいらないな」
貴族は、半ば当然のように言った。
「彼なら、失敗しないだろう?」
誰も、悪気はなかった。
それが一番、厄介だった。
称号は、いつしか商品になる。
「最強が行った村」
「最強が守った街」
「最強が攻略した遺跡」
その言葉だけで、価値が上がる。
依頼主は、結果を疑わなくなった。
成功することが、前提になる。
報告書も変わる。
以前は、
「困難な状況下での判断が光った」
「迅速な撤退が功を奏した」
そう書かれていた文面が、
「想定通り」
「問題なし」
「特記事項なし」
になっていく。
おんりーの判断は、
評価される対象から、
当然の処理へと変わっていった。
だが、この時点では、
それに違和感を覚える者はいない。
おんりー自身も、だ。
「期待されるのは、信頼されてる証拠だ」
そう思っていた。
仲間たちも、同じだった。
依頼が過酷になるほど、
彼らは練習量を増やした。
「最強の隣に立つ以上、
俺らが足を引っ張るわけにはいかない」
ドズルは、剣の重さを変えた。
ぼんじゅうるは、想定外の状況を書き出した。
おらふくんは、一人で複数役をこなす訓練をした。
おおはらMENは、戦闘記録を何度も見返した。
全員が、前を向いていた。
おんりーは、その姿を見るたびに思う。
(守らなきゃ)
それは、重圧ではない。
誇りだった。
最強であることは、
仲間を守る力を持っているということ。
世界が自分をどう扱おうと、
自分の芯は変わらない。
その確信が、まだあった。
だから、依頼を受ける。
だから、最善を選ぶ。
人々の期待は、
まだ、希望の形をしていた。
この時点では
「最強」は、
おんりーにとって
誇りそのものだった。
「失敗しない」
その言葉は、いつからか
評価ではなく、条件になった。
依頼書の文面が、微妙に変わる。
以前は、
「危険度:高」
「成功の可否は状況次第」
そう書かれていた紙に、
いつの間にか、こう添えられる。
担当:おんりー(失敗なし)
注意書きではない。
確認でもない。
前提だ。
依頼主は、最初から成功を買っている。
人ではなく、結果を。
おんりーは、それを疑わなかった。
(頼られてるんだ)
そう思った。
最強だから。
自分にしかできないから。
それは、これまで積み上げてきた実績の延長だった。
だが、依頼の中身は変わっていた。
「念のための護衛」が、
「必ず無傷での護送」に変わる。
「調査可能な範囲で」が、
「全域完全把握」に変わる。
条件が増え、
余白が消えていく。
失敗の定義も、厳密になる。
誰も死なない。
物も壊れない。
予定通り。
時間通り。
ひとつでも欠ければ、
それは「失敗」になる。
依頼主は、こう言う。
「最強なんでしょう?」
その言葉に、
疑問も、確認も含まれていない。
ただの事実確認のように。
おんりーは、笑って頷く。
「はい」
それでいい。
それで、守れるなら。
だが、ドズルは気づく。
「……なんか、最近さ」
依頼の説明が、
お願いじゃなくなっている。
「やってくれ」じゃない。
「できるだろう?」だ。
ぼんじゅうるも、眉をひそめる。
「撤退ライン、最初から想定されてない」
おらふくんは、依頼主の態度に違和感を覚える。
「成功する前提で、
失敗した場合の話を一切しない」
おおはらMENは、記録を見比べる。
数字は変わっていない。
成功率も、生還率も。
だが、責任の重さだけが増えている。
おんりーは、その指摘を笑って流した。
「大丈夫だよ。
今まで通りやればいい」
その言葉に、嘘はなかった。
彼は本気で、そう思っていた。
だって今まで、できてきた。
最強だから。
信じられているから。
ある依頼で、依頼主がこう言った。
「あなたが来るなら、
保険金は不要ですね」
それは、冗談のような口調だった。
だが、その裏にあるのは
責任の丸投げだった。
失敗した場合の損失。
人的被害。
補償。
すべてを、
「最強」に預けている。
おんりーは、それを
信頼だと思った。
(任せてもらえてる)
だから、全力で応えた。
最善を選び、
無理をし、
完璧を目指す。
誰かに押しつけられている感覚は、
まだなかった。
彼の中では、
これは“役割”じゃない。
使命で、
誇りで、
自分の居場所だった。
だが、外から見ると、
少しずつ形が変わっていた。
人々は言う。
「最強なら、できる」
「最強なんだから、問題ない」
「最強なんだから、当然だ」
そこに、
「おんりーはどう思う?」
という問いはない。
名前が、
人を指さなくなっていく。
役割を呼ぶ言葉になる。
ドズルは、ある夜、ぽつりと言った。
「……おんりー、僕さ」
おんりーは振り返る。
「頼られてるのと、
使われてるのって、
違うと思うんだ」
おんりーは、少し考えてから笑った。
「大丈夫だよ。
俺がやりたいことやってるだけ」
その笑顔は、
昔と変わらなかった。
だから、仲間はそれ以上、踏み込めなかった。
おんりーはまだ、純粋だった。
最強という言葉は、
彼の誇りで、
世界と繋がる唯一の証だった。
逃げ場が狭くなっていることに、
彼だけが、気づいていなかった。
その依頼は、一見すると、いつも通りだった。
辺境の街道で頻発する魔獣被害。
護送と討伐を同時に行う、複合依頼。
危険度は高いが、
編成も、準備も、十分。
おんりーは地図を広げ、静かに言った。
「問題ないはず。
予定通り進めば、日没前に終わる」
誰も異論はなかった。
実際、序盤は完璧だった。
想定通りの進行。
魔獣の動きも、予測の範囲内。
だがひとつだけ、違った。
魔獣の数が、
想定よりニ体多かった。
それだけだった。
致命的ではない。
致死的でもない。
ただ、“想定外”。
おんりーは即座に判断を切り替えた。
「隊形変更。
ドズルさん、前に出すぎないで」
声は冷静だった。
動きも、正確だった。
戦闘は成功した。
怪我人もいない。
だが、戦い終えたあと、
全員が気づいた。
余裕がなかった、と。
いつもなら、
戦闘中に一度は入るはずの修正指示が、なかった。
入ったのは、隊形変更だけだったのだ。
おんりーは、
最初の判断を最後まで貫いた。
それは、間違っていない。
だが、綱渡りだった。
ぼんじゅうるは、剣を納めながら思う。
(今の……ギリギリじゃなかったか)
おらふくんも、息を整えながら視線を走らせる。
(いつもなら、もう一段余白を作る)
おおはらMENは、記録用の魔導具を止める。
数字は成功。
結果も成功。
それでも、
胸の奥に引っかかるものがあった。
その夜、宿。
おんりーは一人、部屋に戻った。
マントを外し、
壁にもたれ、
深く息を吐く。
「……疲れたな」
誰に聞かせるでもない独り言。
それだけで、
何かが溢れるわけでもない。
ただ、
今までより少しだけ、
長く息を吐いた。
ベッドに腰掛け、天井を見る。
世界最強。
そう、呼ばれている。
それは事実だ。
結果も、実績も、数字も。
(最強、か)
最強とは、何だろう。
誰よりも強いことか。
誰よりも勝つことか。
それとも——失敗しないことか。
今日の戦いを思い返す。
失敗はしていない。
誰も傷ついていない。
依頼は完遂した。
それでも、
もし、あのニ体の数が、もう少し多かったら。
もし、判断が一瞬遅れていたら。
(……迷惑、だったかな)
その考えに、
おんりーは少し驚いた。
今まで、
そんな風に考えたことはなかった。
失敗したらどうなるか。
世界がどう見るか。
仲間に、
依頼主に、
ドズル社に。
(失敗したら……
みんなに、迷惑がかかるのか)
それは、恐怖ではない。
不安でもない。
ただの、
責任感だった。
最強だから。
期待されているから。
だから、
失敗しないでいなければならない。
おんりーは、そう結論づける。
(大丈夫だ)
今日も、できた。
次も、できる。
そう思って、横になる。
廊下の向こうでは、
仲間たちが小声で話していた。
「今日の戦闘、どう思った?」
「成功はしたけど……」
「余裕、なかったよな」
ドズルが、少し強い口調で言う。
「おんりーが無理してるとかじゃない。
でも……世間が前と違う」
誰も、否定しなかった。
おんりーは、その声を聞いていない。
眠りに落ちる直前、
最後に思ったのは
(最強でいられるなら、それでいい)
その考えが、
彼を異常な程支えていることを、
まだ誰も全て理解していなかった。
想定外は、ひとつなら偶然だ。
ふたつなら、不運。
その次からは兆候になる。
最近の依頼は、どれも微妙に噛み合わなかった。
地図が古い。
敵の数が合わない。
地形の変化が報告されていない。
致命的ではない。
だが、確実に足りていない。
おんりーは、そのたびに判断を修正した。
即座に。
迷いなく。
だから、結果は成功だった。
誰も死なず、
依頼は完遂され、
評価は下がらない。
それが、問題だった。
「……これ、明らかに事前情報不足でしょ」
ドズルが依頼書を机に叩きつける。
「魔獣の生息域、三日前の時点で変わってる。
確認してないのは、向こうの落ち度だ」
ぼんじゅうるも、声を低くする。
「撤退条件が書かれてない。
最初から“成功前提”で組まれてる」
おらふくんは、珍しく苛立ちを隠さなかった。
「これ、最強だからって雑に投げてるじゃん」
おおはらMENは、報告書を並べる。
「共通点がある。
依頼主側の確認工程が、省略されてる」
結論は、ひとつだった。
舐められている。
正確には、
「信用と言う名の利用」。
おんりーは、その言葉に首を振った。
「違うよ」
穏やかな声だった。
「信頼されてるだけだ」
仲間たちは、言葉を失う。
「……それ、違うよ」
ドズルの言葉は、珍しく強かった。
「向こうのミスを、
おんりーが全部背負ってる」
ぼんじゅうるが続く。
「報告所に言うべきだ。
このままじゃ、いつか!」
おんりーは、はっきりと言った。
「まだ大丈夫」
その一言で、話は止まった。
怒りでも、強がりでもない。
ただの、事実確認のような口調。
「今まで、全部対応できてる」
それは、嘘じゃなかった。
おんりーは、できていた。
だからこそ、その言葉に説得力があった。
(大丈夫)
(俺がいる)
その考えが、
いつの間にか、
彼の中で前提になっていた。
依頼主は、変わっていく。
「細かい確認は不要ですよね?」
「最強の判断に任せます」
「現場でどうにかなるでしょう?」
“どうにかなる”
その言葉が、
おんりーを指すようになる。
彼は、それを拒まなかった。
(期待されてる)
(信じられてる)
そう思うことで、
胸の奥が少し、楽になる。
もし、ここで断ったら。
もし、「準備不足だ」と言ったら。
最強じゃなくなる。
その考えが、
無意識に芽生える。
——まだ大丈夫。
——俺なら、できる。
それは、
誰かにかけられた呪いじゃない。
自分で、自分にかけた言葉だった。
仲間たちは、変化に気づいていた。
戦闘後、
おんりーは以前より口数が少ない。
判断は速いが、
余白を作らない。
完璧にこなす代わりに、
限界まで詰める。
ドズルは、夜、剣を磨きながら思う。
(止めるべきかな)
ぼんじゅうるは、報告書を前に悩む。
(忠告したら、あいつは笑って否定するだろうな)
MENとおらふくんは二人で話していた。
おらふくんは、苦い顔で言った。
「止めたら、おんりーの居場所を奪うかもしれない」
おおはらMENは、静かに答える。
「でも放っておいたら、最強しか残らなくなる」
誰も、正解が分からなかった。
おんりーは、部屋で一人、装備を整える。
鏡に映る自分を見て、
心の中で言う。
(大丈夫)
(俺は、最強だ)
その言葉が、
自分を守っているのか、
縛っているのか。
まだ、分からない。
分からないまま、
次の依頼書に、
手を伸ばす。
仲間たちは、その背中を見ていた。
止めるべきか。
支えるべきか。
その選択を、
まだ、決められずに。
その依頼書を見た瞬間、
おおはらMENは舌打ちをした。
「……ふざけてる」
紙一枚。
地図は簡略化され、
敵性存在の記述は曖昧。
撤退条件の欄は、空白。
依頼内容は、たった一行。
発生中の被害を速やかに解決すること
それだけ。
ぼんじゅうるが静かに言う。
「これ、危険度すら書いてない」
おらふくんは信じられないものを見る目で紙を覗く。
「下見報告も、現地連絡員も、なし?」
ドズルは、記録簿を閉じた。
「確認工程が、丸ごと消えてる」
これは雑、というレベルじゃない。
投げている。
ドズルは、すぐにおんりーを見る。
「受けたらだめ」
その言葉に詰まっているのは
心配だった。
「これは最強だからって、
全部丸投げされてる」
おんりーは、少し考えてから言った。
「……でも、被害は出てる」
その一言で、空気が変わる。
「俺が行けば、止められるから」
声は穏やかで、
迷いはなかった。
それが、いちばん怖かった。
依頼は、成功した。
魔獣は討伐され、
被害は食い止められた。
だが、戦場は想像以上に荒れていた。
数が違う。
地形が違う。
魔獣の性質も、事前情報と食い違っている。
おんりーは、判断を重ねた。
次から次へと、最適解を選び続ける。
一瞬も、止まらない。
その代わり
自分の限界を、考えなかった。
戦闘が終わった瞬間、
膝が、わずかに揺れた。
誰にも見られていないと思って、
壁に手をつく。
呼吸が、浅い。
「……問題ない」
誰にともなく、そう呟く。
だが、仲間は見ていた。
ドズルが、すぐに近寄る。
「ねえ」
おんりーは顔を上げ、笑う。
「成功だよ」
その声が、
いつもより少し、掠れていた。
宿に戻った夜。
おんりーは一人、部屋で装備を外す途中、
手を止めた。
指先が、微かに震えている。
(疲れてるだけ)
そう思って、深呼吸する。
だが、胸の奥が、
じん、と鈍く痛んだ。
横になっても、
すぐには眠れない。
(無理、したかな)
その考えを、
すぐに打ち消す。
(最強なんだから)
(できてる)
(大丈夫)
その言葉を、
何度も、心の中で繰り返す。
翌日。
ドズルたちは、
おんりーに黙って報告所へ向かった。
受付の職員は、
依頼番号を聞いて、
一度だけ資料を確認した。
そして、あっさり言った。
「ああ。
おんりーさんの案件ですね」
ぼんじゅうるが、抑えた声で言う。
「事前情報が不足している。
確認工程が省かれている」
職員は、少しだけ眉を上げた。
「でも、成功してますよね?」
おらふくんが前に出る。
「成功したから問題ない、じゃない」
「次は、もっと危険になっちゃう」
職員は、ため息をついた。
「最強なんでしょう?」
その一言だった。
「おんりーさんは、
今まで一度も失敗していない」
「それに、現場判断で対応できるから、
効率がいいんです」
ドズルの拳が、わずかに震える。
「……人を使ってる自覚は?」
職員は、首を傾げた。
「結果を出してもらってるだけです」
「問題が起きたら、
その時に考えますよ」
つまり。
壊れてからじゃないと動かない。
ぼんじゅうるは、低く言った。
「……これは、もう偶然じゃない」
職員は、肩をすくめる。
「最強なんですから」
それ以上、話す意味はなかった。
追い返されるように、
四人は報告所を出る。
誰も、すぐには口を開かなかった。
おおはらMENが、静かに言う。
「世界が、
おんりーを人として見てない」
ドズルは、唇を噛む。
「……おんりー、止まってくれるかな」
おらふくんは、首を振った。
「今言っても、信じない」
その通りだった。
おんりーは、
その日も依頼の整理をしていた。
成功率。
評価。
次の予定。
どこにも、
自分の異変を書く欄はない。
(大丈夫)
(まだ、できる)
彼は知らない。
仲間が、
必死に止めようとしていることも。
世界が、
彼を“最強”という道具として
完全に扱い始めていることも。
そして成功し続ける限り、
この状況が止まらないことも。
吐き気は、前触れもなくやってきた。
依頼を終え、報告所へ向かう途中。
人混みの中で、不意に視界が揺れる。
(……来た)
おんりーは足を止めず、呼吸だけを整える。
喉の奥が、ひくりと引きつる。
(大丈夫)
(まだ、立てる)
報告所の扉を開いた瞬間、
空気が変わった。
「……あ」
誰かが、小さく声を漏らす。
視線が集まる。
囁きが走る。
「最強だ」
「本物か」
「やっぱり雰囲気違うな」
“最強”
その言葉が、耳に入った瞬間。
胃が、きり、と縮んだ。
吐きそうになる。
だが、おんりーは顔色を変えない。
背筋を伸ばし、歩みを止めない。
(慣れてる)
(いつものことだ)
それくらい、最近は限界に近づいていた。
受付に向かう間も、
周囲の声は止まらない。
「また成功したらしい」
「失敗しないんだろ」
「どうやってんだ?」
それだけで、
頭の奥が、じん、と痛んだ。
書類を差し出した瞬間、
背後から、荒い声が飛ぶ。
「なあ」
振り返ると、
鎧を着た請負人が立っていた。
「ズルしてんじゃねぇのか?」
空気が、凍る。
「毎回毎回成功してよ。
そんなの、ありえねぇだろ」
周囲がざわつく。
ドズルたちが、一歩前に出た。
殺気が、はっきりと立ち上る。
ぼんじゅうるの目が細まり、
おらふくんは無言で距離を詰め、
おおはらMENは、即座に相手の動線を塞ぐ。
だが
おんりーは、手で制した。
薄く、微笑む。
喉の奥が、焼けるように気持ち悪い。
視界の端が、白く滲む。
それでも、声を出す。
「頑張ってるだけだよ」
それだけ。
請負人は、鼻で笑った。
「努力?それで最強?
笑わせんな」
次の瞬間、
拳が振るわれた。
おんりーは、冷静に一歩引く。
手首を取り、力を流し、
相手を床に転がす。
音は、鈍かった。
誰もが息を呑む。
「……やっぱり最強だ」
その囁きが、
おんりーの頭を殴った。
ズキン、と
強烈な頭痛。
同時に、
吐き気が、込み上げる。
喉元まで来たものを、
必死に飲み込む。
(吐くな)
(ここで、吐くな)
周囲の空気は、
すでに結論を出していた。
最強だ。
だから、当然だ。
だから——問題ない。
最強だから、休む理由がない。
最強だから、耐えられる。
最強だから、これくらい。
誰も、
「大丈夫か」とは聞かない。
宿に戻ったあと。
おんりーは、壁に手をついたまま、
しばらく動けなかった。
視界が回る。
頭が割れそうに痛い。
それでも、
仲間の前では、平然としていた。
「……次の依頼、辞退しよう」
ドズルが、はっきり言う。
「休んで」
おんりーは、即答する。
「無理」
ぼんじゅうるが声を荒げる。
「おんりーの体が、心配だ」
おらふくんも、珍しく強い口調だった。
「これはもう、強制的に止める段階なんだよ」
おんりーは、困ったように笑う。
「大丈夫だって」
その笑顔は、
以前と同じ形をしている。
でも、
中身が違った。
「俺がやらなきゃ」
「俺しかできない」
「俺が失敗したら、
みんなに迷惑がかかる」
それは、説得じゃない。
自己暗示だった。
最強だから。
最強なんだから。
最強である以上。
その言葉が、
鎖みたいに絡みついている。
ドズルは、歯を食いしばる。
「……これ、もう普通じゃない」
ぼんじゅうるは、静かに言った。
「おんりー、“最強”に操られてる」
おんりーは、その言葉を理解しなかった。
理解する余地が、
もう残っていなかった。
「心配しすぎだよ」
「成功してる」
「問題ない」
同じ言葉を、
何度も、何度も繰り返す。
それが、
自分を保つ唯一の方法だったから。
仲間たちは、視線を交わす。
止めなきゃいけない。
でも、本人が拒む。
その選択が、
いよいよ目前に迫っていた。
おんりーは、ベッドに横になり、
天井を見つめる。
頭痛は、まだ消えない。
胃は、重いまま。
それでも、
心の中で言い聞かせる。
(最強だから)
(俺は、大丈夫)
その言葉が、
彼を支えている最後の柱だった。
依頼は、決して異常なものじゃなかった。
いや、異常といえば異常だった。
だが
敵の数も、配置も、想定の範囲内。
本来なら、おんりーが前に立ち、
メンバーがそれを支えるいつもの形。
だからこそ、
最初の違和感は、あまりにも小さかった。
踏み込んだ瞬間、
おんりーの足が、ほんの一瞬、遅れた。
(……今の)
気のせいだと、切り捨てる。
剣を振る。
敵は倒れる。
成功。
それなのに、
胸の奥が、ざわついた。
呼吸が、浅い。
肺に空気が入っているはずなのに、
満たされない。
次の瞬間、
視界の端が、にじんだ。
(……?)
瞬きをする。
色が、少し薄い。
「おんりー?」
ぼんじゅうるの声。
返事をしようとして、
喉が、ひくりと痙攣した。
言葉が出ない。
代わりに、
胃の奥が、強く、ひっくり返る。
喉まで上がったものを無理やり飲み込む。
「っ……」
足が、止まった。
その隙を、敵は逃さない。
迫る刃。
反射で避けようとして
身体が、言うことを聞かなかった。
腕が、上がらない。
足が、遅れる。
「危ない!」
ドズルの声と同時に、
衝撃。
おらふくんが、前に出ていた。
おおはらMENが、即座にカバーに入る。
おんりーは、
自分が守られたことを、
理解してしまった。
その瞬間、
背中が、冷たくなる。
(違う)
(俺が、前だ)
だが、その瞬間
膝が、がくりと揺れた。
「……っ」
視界が、ぐらりと回る。
頭の奥で、鈍い痛みが広がる。
「おんりー、下がれ!」
ドズルの声は、焦りを隠していなかった。
ぼんじゅうるが、肩を掴む。
「一回、休め!」
「水、飲め!」
支えられているのが、
わかる。
立っていられない。
それが、
はっきりと、わかる。
なのに。
「……大丈夫」
口が、勝手に動いた。
「まだ、いける」
自分でも、驚くほど、
声は落ち着いていた。
「無理だって!」
おらふくんが、強く言う。
「今の、明らかにおかしい!」
おんりーは、
その言葉から、目を逸らす。
(違う)
(まだだ)
(最強なんだから)
胸の奥で、
何かが、囁く。
——立て。
——立てる。
——立てないわけがない。
仲間の手を、そっと外す。
「おんりー……?」
ふらつきながら、
一歩、前に出る。
足の感覚が、薄い。
地面が、遠い。
それでも、
剣を構えた。
「休め!」
ぼんじゅうるの声が、
必死だった。
「今じゃない!」
「最強だからって無理しなくていい!」
その言葉に、
おんりーの胸が、きゅっと縮む。
「……違う」
低く、言った。
「最強だから、立つ」
「俺がやらなきゃ」
再び、戦場へ向かおうとした、その瞬間。
「——止まって」
空気が、変わった。
ドズルの声だった。
低く、重い。
「これ以上、前に出ないで」
おんりーは、振り返る。
「……ドズルさ、」
「命令」
その一言で、
すべてが、凍りついた。
「撤退する」
「おんりーは、ここで止まって」
おんりーの呼吸が、乱れる。
「……なんで」
「まだ、終わってない」
「俺が行けば——」
「行けてない」
おおはらMENが、
静かに、しかしはっきり言った。
「もう、行けてない」
その言葉が、
刃のように刺さる。
「……っ」
頭が、痛い。
吐き気が、強くなる。
視界が、また揺れる。
それでも、
足に力を込めた。
「離して」
誰かが、腕を掴んでいる。
「離せ」
声が、掠れる。
「俺は……」
言葉を探して、
やっと、出てきたのは。
「俺は、最強だろ」
震える声。
「最強が、
ここで止まってどうする」
「失敗したら、
迷惑がかかる」
「俺が立たないと……」
ドズルが、強く言った。
「それ以上、言わないで」
「もう十分」
おんりーは、
首を振る。
「違う」
「違うんだ」
「俺は……」
言葉が、詰まる。
代わりに、
笑おうとした。
いつもの、薄い笑み。
「大丈夫だから」
「頑張れるから」
その瞬間、
ぼんじゅうるが、声を荒げた。
「頑張らなくていい!」
「最強じゃなくていい!」
「生きてればいいだろ!」
おんりーは、
一瞬、固まった。
生きてればいい。
その言葉が、
なぜか、遠く聞こえる。
(それじゃ、足りない)
胸の奥で、
確かに、そう思ってしまった。
「……ごめん」
小さく、言う。
「でも、俺は」
一歩、踏み出そうとして
足が、完全に、言うことを聞かなかった。
身体が、前に傾く。
倒れる。
支えられる。
それでも、
おんりーの手は、
剣を、離さなかった。
「離せ」
掠れた声。
「最強として、
立たせてよ」
その言葉に、
誰も、すぐには返せなかった。
この瞬間、
はっきりと、誇りにヒビが入る音がした。
おんりーはその場で、意識を失った。
依頼は、完了扱いになった。
結果だけを見れば、成功。
敵は討たれ、被害も最小限。
書類上は、何ひとつ問題はない。
だからこそ、
メンバーは報告所へ向かった。
おんりーは、
おらふくんの背中に預けられたまま、
ぐったりとしていた。
呼吸はある。
脈も、ある。
けれど、
目は閉じたままで、
声をかけても、反応は薄い。
「……この状態を、ちゃんと見せよう」
ドズルの声は、低かった。
「今回の異常は、
依頼主側の情報不足と報告所の判断ミスだ」
「最強だからで、全部押し付けられてる」
誰も、異論はなかった。
報告所の扉が開く。
いつもの、ざわついた空気。
紙の擦れる音。
人の声。
受付の前に立った瞬間、
周囲の視線が、一斉に集まった。
「あ」
「……おんりー?」
「最強の……」
囁きが、広がる。
ドズルは、静かに言った。
「今回の依頼について話がある」
「おんりーが、この通り倒れた」
「これは、依頼内容が雑すぎた結果だ」
受付の人間は、
一瞬だけ、おんりーを見た。
それから、
眉をひそめる。
「……最強、ですよね?」
その一言で、
空気が、冷えた。
「最強なのに、倒れるんですか?
倒れる前に止めるべきだったのでは?
最強なんだから、多少の無理は——」
ドズルの手が、
ぎゅっと握られる。
「聞いているのか」
「倒れたんだ」
「現実に、ここにいる」
受付は、軽く肩をすくめた。
「でも」
「最強、なんですよね?」
その言葉が、
周囲に伝染する。
「最強なのに」
「最強のくせに」
「でも、最強だから……」
おらふくんの背中で、
おんりーの身体が、わずかに動いた。
「……おんりー?」
ぼんじゅうるが、気づく。
おんりーは、
ゆっくりと、目を開けた。
眩しそうに、瞬きをして、
それから、
おらふくんの肩に手を置く。
「……降ろして」
掠れた声。
「待て、まだ——」
「大丈夫」
力は、ほとんど残っていないはずなのに。
おんりーは、
自分の足で、床に立った。
ふらつきながら、
それでも、まっすぐ。
その瞬間、
ざわめきが、はっきりとした声に変わる。
「ほら」
「立てるじゃん」
「やっぱ最強だ」
「最強なのに、
騒ぎすぎじゃない?」
「最強だから、
これくらい平気だろ」
最強。
最強。
最強。
言葉が、
壁に反射して、
何度も、何度も、返ってくる。
おんりーは、
何も言わなかった。
ただ、
薄く、微笑んだ。
いつもの顔。
「……問題ありません」
声は、静かだった。
「依頼は、完了しています」
その言葉で、
受付は満足そうに頷く。
「ほら」
「本人も、こう言ってますし」
「最強ですから」
ドズルが、
一歩、前に出る。
「ふざけるな」
低い声。
「こいつは、人だ」
「役割じゃない」
「倒れた人間に、最強だからで済ませるな」
だが、
その声は、
雑音の中に溶けていく。
おんりーの耳には、
ほとんど届いていなかった。
頭が、割れるように痛い。
胃の奥が、ずっと、気持ち悪い。
視界が、白く霞む。
誰が、何を言っているのか、
もう、わからない。
(……早く)
(帰りたい)
それだけが、
はっきりしていた。
自室の扉が、閉まる。
鍵の音。
その瞬間、
おんりーは、壁に手をついた。
膝が、崩れる。
喉の奥が、
強く、込み上げる。
呼吸が、乱れる。
しばらく、
部屋の中は、嗚咽と水の音が響いた。
数分後。
何事もなかったかのように、
おんりーは、顔を上げる。
呼吸を整え、
水を飲み、
口元を拭う。
鏡に映る自分は、
いつも通りだった。
「……大丈夫」
誰に言うでもなく、
そう呟く。
扉の向こうでは、
メンバーの声が、重なっていた。
「おかしいだろ、あれは」
「倒れた人間に向かって、
最強だからって」
「休むことすら、許さない」
怒りの声。
拳を叩く音。
でも、
おんりーの耳には、
それが、ほとんど届いていない。
頭痛と、
吐き気と、
全身の重さ。
その全部に、
押し潰されていた。
(……最強だから)
(休む理由が、ない)
いつの間にか、
それが、
自分の声なのか、
世間の声なのか、
わからなくなっていた。
この世界は、
倒れることを、
許さない。
休むことを、
認めない。
「最強」という言葉で、
人を立たせ続ける。
その異常さに、
メンバーは、はっきりと、怒っていた。
この日から二日間、
ドズル社全体で休みを取った。
おんりーのためだった。
だけど、休暇明けの任務から帰った後。
扉が、閉まった。
鍵の音が、
やけに大きく響いた気がした。
その瞬間、
おんりーの足から、力が抜けた。
壁に手をつく。
そのまま、ずるずると床に座り込む。
息が、うまく吸えない。
胸の奥が、ぎゅっと縮んで、
空気が途中で止まる。
「……っ」
喉が、震えた。
何が辛いのか、
もう、はっきりしない。
頭が痛い。
気持ち悪い。
身体が重い。
でも、それ以上に。
わからない。
どうして、こうなったのか。
何が、間違っていたのか。
ゆっくりと、
自分の手を見る。
いつも、剣を握っていた手。
最強だと、言われ続けた手。
微かに、震えている。
「……なんで」
声が、漏れた。
答えは、出ない。
誇りだった。
最強と呼ばれること。
頼られること。
期待されること。
全部、
胸を張って受け取ってきた。
「俺は、最強だ」
そう思って、
そう在ろうとしてきた。
なのに。
うまく、いかない。
身体は、言うことを聞かない。
頭は、回らない。
笑顔も、作るのが、しんどい。
「……っ」
視界が、滲んだ。
最初の一滴は、
音もなく、落ちた。
次の瞬間、
堰が切れたみたいに、
涙が溢れ出る。
「……あ……」
声が、掠れる。
呼吸が、乱れる。
胸が、苦しい。
理由が、
うまく言葉にならない。
ただ、
どうしようもなく、
涙が出る。
「……なんでだよ……」
誰に向けた言葉かも、わからない。
肩が、
小さく、震え始める。
「……ちゃんと……やってた……」
「誇り、だった……」
声が、
少しずつ、崩れていく。
「最強で……いるの……」
「嫌じゃ、なかった……」
嗚咽が、混じる。
息を吸おうとして、
喉が、詰まる。
「……なのに……」
声が、裏返る。
「なんで……」
涙が、止まらない。
顔を、覆う。
でも、
指の隙間から、
ぼろぼろと、落ちていく。
「……うまく……いかない……」
小さな、弱音。
それが、
引き金だった。
「……もう……」
喉が、震える。
「……嫌だ……」
はっきりとした、言葉。
「……もう、嫌だ……」
声が、部屋に響く。
抑えようとしても、
抑えられない。
「……怖い……」
「失敗、したら……」
「迷惑、かかる……」
「最強なのに……」
言葉が、
ぐちゃぐちゃになる。
泣き声が、
嗚咽に変わる。
「……どうしたら……いいの……」
床に、拳をつく。
力は、ない。
ただ、
叩くみたいに、
触れるだけ。
「……わからない……」
「……何が……正しいのか……」
涙が、
床に、ぽたぽた落ちる。
肩が、
大きく、揺れる。
泣いて、
泣いて、
息が苦しくなるほど、泣く。
それでも、
心は、軽くならない。
「……俺……」
「……最強、なのに……」
その言葉を言った瞬間、
胸が、
きゅっと、締め付けられた。
誇りだったはずの言葉が、
刃みたいに、刺さる。
「……嫌だ……」
「……嫌なのに……」
「……誇り、だったんだ……」
ぐちゃぐちゃに絡まる。
捨てられない。
でも、苦しい。
立ち続けたい。
でも、もう、立てない。
「……どうしたら……」
答えは、
どこにもない。
涙は、
しばらく、止まらなかった。
声も、
枯れるまで、出た。
やがて、
嗚咽だけが、
小さく、残る。
床に、
力なく、座り込んだまま。
おんりーは、
何度も、思った。
——もう嫌だ。
——でも、やめられない。
——誇りだったから。
その堂々巡りから、
抜け出す方法が、
わからなかった。
最強でいることに、
縋りながら。
最強でいることに、
壊されながら。
おんりーは、
ひとり、
限界の部屋で、
泣いていた。
涙が、少しだけ、落ち着いたと思った。
呼吸も、
さっきよりは、整っている。
それなのに。
胸の奥に残った重さだけは、
消えなかった。
おんりーは、
膝を抱えたまま、
しばらく、床を見つめていた。
何を考えていたのか、
自分でも、よくわからない。
頭が、ぼんやりして、
思考が、うまく繋がらない。
ただ、
胸の内側が、
ずっと、苦しい。
「……」
唇が、
小さく、動いた。
最初は、
音にならない。
何度か、
息を吸って。
やっと、
零れた。
「……辞めたい……」
声は、
驚くほど、弱かった。
自分の耳に届いた瞬間、
胸が、きゅっと、締め付けられる。
「……っ」
また、
涙が、滲んだ。
「……違う……」
すぐに、
否定する。
首を、
小さく、振る。
「……辞めたく、ない……」
誇りだった。
本当に。
最強と呼ばれることも、
前に立つことも、
仲間の隣で戦うことも。
全部、
好きだった。
そう
「……好き、だったんだ……」
その言葉が、
余計に、苦しい。
「……なのに……」
喉が、詰まる。
「……辞めたいって……」
「……言っちゃった……」
肩が、
また、震え始める。
「……なんで……」
「……辞めたくないのに……」
「……辞めたいなんて……」
声が、
少しずつ、掠れていく。
矛盾が、
胸の中で、暴れる。
辞めたい。
でも、辞めたくない。
最強でいたい。
でも、苦しい。
立ちたい。
でも、もう、立てない。
「……どうすれば……」
誰に向けた言葉でもない。
ただ、
口から、落ちる。
「……最強じゃ、なくなったら……」
「……俺……」
言葉が、
続かない。
最強じゃなくなった自分を、
想像できなかった。
何者でもない自分。
期待されない自分。
名前だけの自分。
それが、
怖かった。
でも。
「……このままでも……」
声が、震える。
「……しんどい……」
「……怖い……」
「……もう……」
嗚咽が、
戻ってくる。
「……嫌だ……」
床に、
額をつける。
涙が、
また、落ちる。
「……辞めたい……」
今度は、
さっきより、はっきり。
「……でも……」
「……辞めたくない……」
泣きながら、
何度も、繰り返す。
「……辞めたい……」
「……辞めたくない……」
どっちも、
本音だった。
どっちも、
嘘じゃなかった。
だからこそ、
苦しい。
「……どっちかに……してくれ……」
小さな、
懇願。
答えは、
返ってこない。
「……最強でいるのが……」
「……こんなに……」
言葉が、
途切れる。
声に、
ならない。
「……辛いなんて……」
「……思わなかった…っ…」
泣き声が、
部屋に、こもる。
誰にも、
届かない。
「……助けて……」
その言葉は、
ほとんど、音にならなかった。
それでも、
確かに、零れた。
おんりーは、
泣いていた。
辞めたいと、
思ってしまう自分を、
嫌いになりながら。
それでも、
辞めたいと、
漏らしてしまうほど、
追い詰められながら。
誇りと、
限界と、
恐怖と。
全部を、
抱えたまま。
どうしたらいいか、
わからないまま。
部屋の中で、
ひとり、
泣き続けていた。
朝は、来る。
どれだけ望まなくても、
どれだけ目を閉じていても。
おんりーは、
目覚ましより先に、目を覚ました。
頭が、重い。
喉が、ひりつく。
目を閉じたまま、
呼吸を整える。
(……大丈夫)
昨日と、同じ言葉。
鏡の前に立つ。
目の下の影。
少し、赤い目。
でも、
致命的じゃない。
いつも通り、
笑える。
「……最強だから」
小さく、呟く。
マントを羽織り、
剣を腰に差す。
身体は、
まだ、つらい。
でも、
立てる。
それだけで、
十分だと思った。
扉が、静かに開いた。
おんりーが姿を現した、その瞬間。
部屋の空気が、ぴたりと止まる。
いつもの装い。
いつもの立ち姿。
一見すれば、昨日までと変わらない。
でも、
その一歩目が、少しだけ、遅かった。
「……おはよう」
声は、出た。
ちゃんとした声。
それだけで、
「最強」は保たれている気がした。
けれど。
誰も、挨拶を返さなかった。
視線が、集まる。
逃がさない、という視線。
「おんりー」
ドズルが、名前を呼ぶ。
それだけで、
心臓が、跳ねた。
「……何?」
平静を装う。
でも、
指先が、震え始めている。
「これからのことと
今までのこと」
その一言で、
頭の奥が、きゅっと縮んだ。
「……何も、問題ないよ」
反射みたいに、答える。
「依頼は成功したし」
「俺は、立ってた」
「最強、だから」
その言葉を口にした瞬間、
胸の奥で、何かが、ざわつく。
ぼんじゅうるが、
一歩、距離を詰める。
「じゃあ、聞くけど」
「なんで、震えてるんだ」
おんりーは、
自分の手を見る。
確かに、
止まらない。
「……寒いだけ」
声が、少し、揺れた。
「嘘だ」
おらふくんの声。
優しいのに、
逃がさない。
「4日前の倒れた日から…
いや、それまでもずっと、でしょ」
「身体も、様子も」
「大丈夫じゃないよね」
頭が、
ぐるぐるする。
言葉が、
絡まって、出てこない。
(言っちゃだめ)
(言ったら、終わる)
(最強が、崩れる)
「……っ」
喉が、詰まる。
「……何も……」
一歩、
後ろに下がる。
足が、もつれる。
「……やめて」
小さな声。
「今じゃ、ない」
さらに、
後ろへ。
逃げようとする。
でも、
道を塞がれた。
おおはらMENが、
静かに立っている。
「逃げるな」
その一言で、
足が、止まった。
「……話せ」
「おんりーのことだ」
その瞬間。
頭の中で、
何かが、ぷつりと切れた。
息が、急に、浅くなる。
「……っ」
視界が、歪む。
「……ちが……」
声が、
うまく、出ない。
「……最強……だから……」
自分に、言い聞かせる。
「……大丈夫……」
「……できる……」
でも、
言葉と一緒に、
身体が、震える。
胃の奥が、
強く、せり上がる。
「……おぇ…っ…」
思わず、
口元を押さえる。
嗚咽が、
喉に絡む。
「……っ…けほっ、…」
息を吸おうとして、
むせる。
「……やだ……」
声が、
崩れた。
「……っ、無理……」
膝が、
がくっと落ちる。
そのまま、
床に、へたり込む。
「…最強……なのに……」
譫言みたいに零れる。
「……まだ…っ…」
「……最強だから…、…」
誰かが、
名前を呼んでいる。
でも、
耳に、入らない。
頭がぐちゃぐちゃだ。
「…無理だ……」
「……できない…」
「…わから、ない…、…」
言葉が、
止まらない。
「……俺が……」
「俺が、何なのか……」
嗚咽が、
大きくなる。
肩が、
激しく、揺れる。
「……ぉぇ、っ……」
泣きすぎて、
息が、追いつかない。
「……なんで……」
「…最強なのに…、?…」
「……こんな……」
顔を、
両手で覆う。
涙が、
指の隙間から、落ちる。
「わからない……」
「……どうしたら?…」
「…もう……」
声が、
完全に、泣き声になる。
最強。
誇り。
期待。
責任。
全部が、
絡まって、
自分を締め付ける。
「……助けて……」
小さく、
でも、はっきり。
その言葉を最後に、
おんりーは、
床にうずくまったまま、
ぐちゃぐちゃに、泣き続けた。
立てない。
考えられない。
整理も、できない。
ただ、
「最強」という言葉だけが、
壊れた頭の中で、
何度も、反響していた。
床に崩れたまま、
おんりーは、ぐちゃぐちゃに泣いていた。
最強という言葉だけを、
譫言みたいに零しながら。
その光景に、
メンバーは、言葉を失った。
「……そんなに」
ドズルの声が、震える。
「そんなに、
追い込まれてたのか……」
ぼんじゅうるは、
拳を強く握りしめていた。
「依頼主も」
「報告所も」
「…俺らも…全部だ」
「最強って言葉で、どれだけ無責任に押し付けたんだ」
その言葉におんりーは頭を振る。
「、みん、なは…ちがっ」
おらふくんの表情は、
怒りで歪んでいる。
「倒れても」
「震えても」
「それでも立たせようとするなんて」
「おかしいじゃん……」
おおはらMENは、
一度、深く息を吸ってから、
おんりーの前に膝をついた。
「……もういいよ」
その声は、
驚くほど、優しかった。
「一人で抱えなくて、いい」
次の瞬間、
ドズルが、おんりーを抱きしめた。
迷いは、なかった。
力いっぱいじゃない。
壊れものを扱うみたいに、
それでも、逃がさない。
その温もりに触れた瞬間。
おんりーの身体が、
びくりと跳ねる。
そして。
「……っ」
息を詰めたまま、
ぎゅっと、抱きついた。
まるで、
しがみつくみたいに。
「……ごめん……」
掠れた声。
「……ごめん………ごめんなさい……」
言葉が、
止まらない。
「……辞めたい………辞めたくない……」
「……っ、わかんない……」
嗚咽が、
一気に溢れる。
「……俺……
誇り……持ってて……」
「……最強って……」
言葉が、
崩れていく。
「……好きだった……
…みんなっ……大好きで……」
ドズルの服を、
ぎゅっと掴む。
「……迷惑……かけたくなくて……
……言えなくて」
辛くて
しんどかった。
呼吸が、
追いつかない。
胃の奥の不快感に、
顔を歪めながらも、
離れない。
「……でも……」
必死に、
言葉を探す。
「……最強なのは……
…好きだった……んだ」
その言葉は、
はっきりしていた。
「……初めて……
…俺……」
涙に濡れたまま、
声を絞り出す。
「……生きる意味……が
…見つかった……気がして……」
震えが、
止まらない。
頭痛と、
吐き気と、
怖さ。
全部が、
一気に襲ってくる。
「……怖い…………苦しい……」
「……どうしたらいいか……
…わかんない……!」
泣き声が、
何度も、跳ねる。
ドズルは、
ただ、強く抱きしめ続けた。
ぼんじゅうるが、
背中に、そっと手を置く。
おらふくんも、
おおはらMENも、
近くに、しゃがみ込む。
誰も、
止めなかった。
全部、
吐き出させるために。
やがて。
「……辞めたい……」
その言葉が、
小さく、落ちた。
部屋の空気が、
一瞬、静まる。
メンバー同士が、
視線を交わす。
切なくて、
それでも、どこか優しい笑み。
「……そうだな」
誰かが、
ぽつりと、言った。
「辞め時、だ」
その言葉に、
否定はなかった。
でも、
それ以上は、
誰も言わなかった。
今は、
決める時間じゃない。
ただ。
壊れるほど、
耐えていたこと。
それを、
ようやく、
抱きしめられたこと。
それだけが、
この朝の、すべてだった。
泣き疲れて、
おんりーは、いつの間にか眠っていた。
呼吸は浅くて、
時々、身体がびくっと揺れる。
夢の中でも、
きっと、戦っている。
その姿を囲むように、
メンバーは、言葉少なに集まっていた。
部屋の明かりは落として、
小さなスタンドだけ。
朝日が窓から薄く入ってくる。
誰も、
すぐには口を開かなかった。
ドズルは、
そっと、ベッドの横に座り、
眠るおんりーの髪を撫でる。
ふわりと、
指先に伝わる感触。
細くて、
柔らかくて。
「……」
一度、
深く息を吸う。
「……おんりーはさ」
低い声。
「最強を、
本気で誇りに思ってたんだね」
その言葉に、
ぼんじゅうるが、目を伏せる。
「だからこそ、
壊れるまでやったんだろうな
……わかるから、余計、苦しい」
おらふくんは、
壁にもたれながら、
天井を見ていた。
「最強って言葉、
守ってるつもりで縛ってたんだね」
おおはらMENが、
静かに言う。
「……世間は、
“強いおんりー”しか知らない」
「弱った姿を出したら、
また、同じことが起きる」
沈黙が、
重く落ちる。
ドズルの手は、
まだ、髪を撫でている。
「……僕たちが」
「ドズル社を作った理由は」
誰も、
聞き返さない。
「笑顔を、増やすため。
誰かを、最強にするためじゃない」
声が、
少しだけ、揺れた。
「……メンバーが、
笑ってなかったら」
おんりーを撫でる手も、震える。
「意味、ないんだよ」
その言葉は、
はっきりしていた。
「……だから、このまま
戻すわけにはいかない」
ぼんじゅうるが、
ゆっくりと、口を開く。
「……一度
世間から、
消すしかない」
おらふくんが、
息を呑む。
「……消す、って」
ぼんじゅうるが答える。
「……“亡くなったことにする”」
言葉が、
空気を切る。
誰も、
すぐには否定しなかった。
それが、
どれほど重い選択か、
全員が、わかっている。
「……最強だったからこそ」
おおはらMENが、
低く言う。
「“最強がいなくなった”って理由じゃないと」
「世間は、
納得しない、か」
ドズルは、
目を閉じたまま、
おんりーの髪を、もう一度撫でる。
「……おんりーは」
「最強を誇りに思ってた」
「だから」
「その誇りを、
壊さない終わり方をする」
指先が、
ほんの少し、震える。
「……俺たちが、
悪者になる」
「それでいい」
「笑顔を、
守れるなら」
誰も、
異論はなかった。
静かに、
頷くだけ。
眠るおんりーは、
何も知らず、
かすかに、寝息を立てている。
ドズルは、
その額に、視線を落とす。
「……少しだけ」
「休んで」
「最強じゃなくていい時間を」
その夜、
四人は、
長い時間をかけて、
作戦を練った。
朝が来るまで。
おんりーの知らないところで、
彼を守るための、
覚悟が、固められていった。
次の日、最強のおんりーは死んだ。
そう、
世界に告げられた。
報告所が発表した筋書きは、簡潔で、誰もが納得しやすいものだった。
今まで通りの雑な報告。
だが、今まで以上に現地で想定外が重なった。
過度な量の魔物。
連戦による疲労。
判断の遅れ。
最強と呼ばれた男は、
仲間を守るために前に出て、
そのまま、戻らなかった。
——日々の疲れが積み重なり、
——数に押し潰され、
——命を落とした。
それが、
仮初の結末。
街では、
弔いが行われた。
黒い布。
白い花。
静かに鳴る鐘。
遺体はなく、
ただガラスのケースに花束を飾るだけの行為。
そんな人々の口から漏れる言葉は、
弔いのものではなかった。
「……最強なのに」
「最強だったんだろ?」
「おかしいだろ、最強が死ぬなんて」
「最強なら、もっとできたはずだ」
最強。
最強。
最強。
その言葉は、
死んだあとですら、
彼を縛っていた。
依頼主たちは、
困惑よりも焦りを見せた。
「今後の任務水準はどうなるんだ?」
「最強前提で組んでた案件は?」
「代わりはいるのか?」
受付は、
目に見えて顔色を失っていた。
最強を基準に、
雑に積み上げてきた依頼。
その土台が、
音を立てて崩れ始めている。
——これからは、
水準を下げなければならない。
——確認を、
ちゃんとしなければならない。
それが、
今さら突きつけられた現実。
最強に縋っていたものが全て崩れ
人々は、悲しみよりも自己の安全を考える。
感謝も、謝罪も、宿罪もなく。
弔いの場で、
ドズル社のメンバーは、
無表情で並んでいた。
涙も、
言葉もない。
ただ、
立っているだけ。
弔いを行っている教会の隅に、
深くフードを被った人物が一人。
顔は見えない。
身長も、
立ち姿も、
どこか、曖昧。
誰も、
気に留めなかった。
町の人間は、
メンバー達に、苛立ちを募らせる。
「……薄情じゃないか」
「仲間が死んだんだぞ」
「なんで泣かないんだ」
「最強だったのに、
それだけか」
その言葉に、
ついに、ドズルが一歩前に出た。
声は、
低く、荒れていた。
「……薄情?」
「ふざけないで」
空気が、
張り詰める。
「最強、最強って」
「都合よく呼んで」
「最強だから大丈夫だろって」
「最強だから無茶させて」
「最強だから休ませなくて」
「……その結果が、これだよ」
ぼんじゅうるも、
静かに、だが鋭く続ける。
「お前らが、殺したんだ」
「“最強だから”って理由で」
「全部、
押し付けた」
おらふくんの声は、
震えていた。
「名前も、
人としても見なかったくせに」
「今さら、
人を責める資格あると思ってるん?」
町の人間は、
言葉を失う。
フードの奥で、
その人物は、
小さく、息を詰まらせた。
最強。
最強だから。
最強なのに。
胸の奥が、
ぐちゃぐちゃになる。
町の人の姿を見て
頼られていたのではなく、
使われていたんだと
認めたくなかったのに、
認めてしまった。
何のために、
戦ってきたのか。
何のために、
耐えてきたのか。
わからなくなる。
視界が揺れる。
そのとき。
小さな影が、
前に出た。
子どもが、
一人。
二人。
三人。
メンバーの前まで駆け寄って、
泣きながら、
必死に声を出す。
「……おんりーさんに」
「ありがとうって、
言いたかった……!」
「助けてくれた!」
「怖いとき、
守ってくれたんだ!」
そのまま、
抱きつく。
小さな腕で、
必死に。
フードの下で、
おんりーは、
耐えきれず、涙を落とした。
ああ。
ちゃんと、届いてた。
全部じゃなくても。
誰かの中には。
報われていた。
確かに、
ここに。
メンバーも、
こらえていたものが、
一気に溢れる。
ドズルが、
子どもたちの頭を撫でながら、
強く、頷く。
「……うん、」
「それで、いいんだ」
「それだけで、十分だから」
涙を流しながら、
全員が、
何度も、何度も、頷いた。
フードの中で、
おんりーは、
声を殺して、泣いた。
最強としてじゃない。
誰かを守った、
一人の存在として。
その瞬間だけは、
確かに、
救われていた。
最強が消えたことで、
報告所は一時的な混乱に陥った。
机の上に積み上がる依頼書。
朱印の押されていない紙。
誰に回すか決まらないまま、滞留する案件。
原因は、
はっきりしている。
最強に回していた仕事が、
宙に浮いた。
「……この量」
「ドズル社で回せないか?」
誰かが、
当然のように言った。
「今まで通り、
水準の高いチームだろ」
「最強がいなくなっただけで、
できないはずがない」
その空気に、
メンバーは顔を見合わせる。
そして、
はっきりと告げた。
「請負人、辞める」
その一言は、
報告所に、重く落ちた。
「……は?」
「逃げるのか?」
「最強が死んだから?」
ざわめきが、
一気に広がる。
最強がいたチーム。
最強に視点が定まっていたが、
同時に、
“水準が異常に高いチーム”として
名が通っていた存在。
その全員が、
一線から退く。
それは、
世間を揺るがすには十分だった。
街では、
容赦のない言葉が飛んだ。
「結局、最強頼りだったんだろ」
「逃げるのかよ」
「仲間が死んだら、やめるって薄情だな」
「責任放棄じゃないか」
けれど、
メンバーは足を止めなかった。
振り返りもしない。
ドズルは、
最後に一度だけ、言った。
「……全部言わせてもらうけど」
「最強に無理をさせたのは、僕たちじゃない」
「最強がいないと回らない仕事を、
回る前提で組んだのは、
あんたらだよ」
「それを、
今さら押し付けないで」
ぼんじゅうるは、
淡々と続ける。
「俺たちは、
笑って生きるために戦ってた」
「消耗品になるためじゃない」
おらふくんは、
小さく息を吐く。
「……もう、十分でしょ」
おおはらMENは、
扉に手をかけながら、
一言だけ残した。
「最強はいない」
「だから、もう無理は通らない」
舌をべっとだして振り向く。
「ざまあみろ」
そうして、
彼らは請負人を辞めた。
その後のことを、
世間は、すぐに忘れ始める。
代わりの話題。
次の噂。
次の英雄候補。
最強の不在は、
“困る”ではなく、
“調整が必要”として処理された。
——それでも。
街の外れ。
森の奥。
人気のない街道。
名も告げず、
顔も見せず。
魔物を倒す5人がいた。
依頼ではない。
報酬もない。
名声も、いらない。
ただ、
困っている誰かがいたから。
傷ついた人を庇い、
逃げ道を作り、
戦いが終われば、姿を消す。
子どもたちは、
囁く。
「ねえ、知ってる?」
「夜に、
助けてくれる人たち」
「顔、見えないんだよ」
「でも、
すごく強い」
「ヒーローみたいだって」
噂は、
噂のまま広がっていく。
誰も、
最強とは呼ばない。
そして
おんりーは、
穏やかな日々を送っていた。
朝、
ゆっくり目を覚まし。
急ぐ必要のない時間。
誰かに期待されることもなく、
評価されることもない。
風の音を聞いて、
空を見て。
ただ、
生きている。
最強ではない日々。
それは、
静かで、
少し不安で、
それでも
確かに、
平和だった。
錘が、落ちた。
それは音もなく、
ある日突然でもなく、
気づいたら、肩から消えていた。
朝、目を覚ましたとき。
息を吸ったとき。
歩き出したとき。
「あれ、軽いな」
そんな感覚が、
少しずつ、確かに増えていった。
おんりーは、
前よりもよく笑うようになった。
声を出して腹の底から。
理由もなく、くだらないことで。
メンバーは、
それにすぐ気づいた。
「最近、笑うな」
「前より、柔らかい顔してるね」
からかうようで、
でも、どこか安心した声。
おんりーは、
照れたように目を逸らして、
でも否定はしなかった。
一緒に食事をして、
一緒に歩いて、
一緒に、何もしない時間を過ごす。
誰も、期待を押し付けない。
誰も、役割を求めない。
ただ、隣にいる。
それだけで、十分だった。
ある日、何気ない会話の中で、
ドズルが聞いた。
「……なあ」
「今、何かしたいこと、ない?」
急かすでもなく、探るでもなく。
ただの、問い。
おんりーは少し黙った。
すぐには答えが出てこない。
“最強として”やりたかったことは、
もう、終わった。
“期待される自分”の未来も、
考えなくていい。
じゃあ、
“自分”は何をしたいんだろう。
しばらく考えて、
ぽつりと、言った。
「……本、書いてみたい」
一瞬間が空く。
「……本?」
聞き返したのは、
ぼんじゅうるだった。
おんりーは、
頷く。
「俺みたいにさ」
言葉を探しながら、
ゆっくり。
「辞めたいのに、
辞めちゃいけない気がしてる人とか」
「辛いのに、最強とか責任とかで、
逃げられない人とか」
少し、
視線を落とす。
「……そういう人が」
「“逃げてもいい場所がある”って」
「知れるような」
「そんな本」
誰も、笑わなかった。
誰も、軽く扱わなかった。
ドズルは、静かに微笑んだ。
「いいね、すごくいい」
おらふくんが、肩をすくめる。
「おんりーにしか書けないね〜」
おおはらMENは、当然のように言った。
「手伝うからな!」
ぼんじゅうるは、
少年のように目をキラキラさせて。
「……読む側として、楽しみだ」
おんりーの胸の奥が、
じんわりと温かくなる。
評価でも、期待でもない。
“存在”を、
そのまま受け取られた感覚。
その夜、
一人になって、
おんりーは考える。
何を書くか。
どう書くか。
でも、
一番最初に決めたいのは、
それじゃない。
——題名。
頭に浮かぶのは、
あの日々。
最強と呼ばれ、
最強であろうとして、
最強に縛られていた時間。
壊れそうで、
逃げられなくて、
でも、誇りだった。
全部、否定したくない。
全部ちゃんと、終わらせたい。
それは、
誰かを傷つけるためじゃない。
“役割”を終わらせるための物語。
生きるための、
選択肢。
おんりーはゆっくり息を吐いて、微笑んだ。
今度は、
誰の期待でもなく。
自分の意思で。
死んだ後でも、心に最強として残っていたい。
そんなわがままを込めた、本にしよう。
おんりーは、
静かに、心の中で言う。
そうだな。
題名は——
最強の殺し方
以上で完結になります!!!
ありがとうございましたー!!!
改めて400人フォロワーありがとうございます!
これならももっともっと頑張ります!
応援のコメント、ハート、本当に嬉しいです
不快な表現があれば申し訳ないです
ですが少しでも楽しく読んでいただけたら幸いです
本当にありがとう!
それでは、また
コメント
16件
やばい、なんか目から塩水が・・・・(`;ω;´) やっぱり大人になりたくないな・・・子供のほうがしっかり見てる。大人たち、ざまぁみろ!因果応報とはこのことだッ信じない大人は最低だぁ!💢

こむさん古参ヅラしていいですか?マジで最高です 涙溢れてきます本当に
最高です あれ、目から水が… 主様はやっぱり『神』です