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#ファンタジー
96
東アジア救援軍が日本に進出してから、さらに1週間が経った。
僕は朝飯の用意をしていた。
今日は赤味噌ベースの味噌汁。硬めに炊いたご飯に納豆だ。僕はおたまで味噌汁の味見をする。
「うん、良い加減だ」
一式をお盆に乗せ居間に運ぶ。
ふん、僕って、まるで奥さんか家政婦だぜ。台所の柱に掛かっている鏡を見た。
エプロンした痩せっぽちの高校生が写っている。
童顔に目だけははっきりしているかな。この辺は親父譲りだ。でも全体的に気弱そう。ちょっと評価低いよなぁ。
でもさ、父子家庭って辛いよな。やること多すぎ。
僕は嫌がらせで今日の親父のご飯の量を減らしてやった。
親父はもう、ちゃぶ台の前であぐらをかいている。
「おい、隼人」
なんかシリアスな顔をしている。うん?量が少ないことに不満かぁ?
「大事な話がある」
「何さ。改まって、父さん」
「今日、39代目の金窪流剣術の伝承者試験をやりたい」
僕はお盆からちゃぶ台に味噌汁を移す手を止めた。
「急に何いうのさ。ちょっとだいぶ早くない?父さんだって伝承してから10年ちょっとしか経ってないでしょ」
「そうだよな、だけど今朝、組織から招集が来た」
「反・東アジア救援軍ゲリラのこと?」
「ああ、このままじゃダメだ。それに俺の暗号通貨の知識が必要らしい」
「いつ?」
「明日から東京へ行く」
は、って感じ。どうやら僕の人生って神様が忙しくしてやるぞって決めたらしい。
「僕は?」
「お前はここで39代目として一人暮らしだな。生活費とかは残しておく。頑張れよ!」
なんか無責任じゃないの。僕はまだ16だぞ。
平時ならともかく、この無法者が支配している街に1人で生きてゆけってこと?
「マジ?うーん、そうだ、とにかく生活費はたくさん置いてってね」
「無駄遣いするなよ。それからの俺のプライベート書斎は勝手に漁るなよ」
「するわけないでしょ。今どきエロ本なんて流行らないよ。ネットがあれば十分さ」
「け、誰がそんなこと言った。いいか、飯食ったら伝承テストをやるからな、用意しとけ」
「おい、やるぞ」
10分後、親父が縁側の向こうから声をかけてきた。せっかちなおっさんだ。
「今行くよ」
僕も短パンに着替えて庭に出た。
先祖から伝わる森の中の日本家屋。小さいながら剣術の練習ができるサイズの庭がある。ここで僕は生まれた時から親父にこの古武術を教わって来たのだ。
僕はスニーカーを履く。立てかけてある使い込んだ木刀を掴む。
「よし、まずは基本の型だ」
僕は親父と向き合う。
一見剣道でいう正眼の構えで向き合う様だが、実は正中の軸を互いにずらす。そのまま打ち込む。
次に刺突。一つの動きは必ず次の流れにつながる。
そして、その動きはどんどん速くなる。
さらに、実戦を想定したさまざまな動きと型。
これを20分。
「うん、まぁーいーだろー」
適当だなぁ。
親父、今度は漆塗りの黒光りする古い箱を持ち出す。
蓋を開ける。内部には細長い棒が見える。そいつを3回転させて箱の上段に引っ掛ける。
するとそこから「ちーん」と仏壇の「おりん」のような小さな音が断続的に流れてくるカラクリだ。
親父と僕は、呼吸を整える。神経を外部でなく、内部へ集中させてゆく。
そして、視覚とこの箱の出す音を連携させてゆく。
「いくぞ」
親父が気をこめる。
僕は目を閉じる。「チーン」という音を合図に先ほどの基本型を繰り返す。だが今度は倍速だ。
もし、外から見ている人がいたら、人の影が高速で乱舞しているとしか視覚では認識できないだろう。それほど速い。
スピードが金窪流剣術の真髄。それを実現するための特別な神経系の技なのだ。
ところで、金窪流剣術の創始者は金窪行親(かなくぼゆきちか)だ。
鎌倉時代、北条義時の御内人である。彼は主人の命に従い、政敵を殺しまくった。
比企能員の変などでは1人で10人以上倒したという。
武士というより、腕の立つ暗殺者といった方が良いかもしれない。まあ、詳しくは古典「吾妻鏡」でも読んでみてくれ。
そして、密かにこの暗殺技術、一族だけに伝承されて来た。
教えは、まず「正中を崩す」
これはどんな時でも相手の土俵に立たないってことだ。
例えば、剣道のように挨拶して、正面を取る、というやり方ではない。
逆にこういう動きを避ける。
更に、ミスディレクションで隙をつく。
敵の情緒面に影響を与える。
今で言うニューラル攻撃のようなものだ。
とはいっても、世の中にある他の古武道など、すごい流派はいくらでもある。
そこで、この金窪流、生き残るためにスピードで勝負しようとしてきた。
具体的には、反射神経を一段上げる。つまり、対応速度を上げる。そのために他の流派と違い、活用したのが「音」なのだ。
理由は単純だ。
武道の達人でも、目による反応速度はコンマ2秒程度。
ところが、これが、音による反射だとコンマ1秒くらいに縮まる。
例えば、陸上100メートル走のスタートみたいなものだ。
オリンピックなどの競技で勝つために陸上選手はスタートのピストル音に反応する。目を使ってスタートを切ったら負けてしまうからなのだ。
これが、コンマ一秒の差。
金窪流は、千年も昔にこれに気がついていた。そして、音をベースに剣術を進化させてきたのだ。
言い方を変えると、反射神経の加速装置を発明したみたいなものなのだ。
これが体術の基本だ。
だが、マスターするのは恐ろしく大変だ。まあ、奥義って言っても良いのかもしれないな。
もう一つの特徴は道具の活用。
これは創始者の金窪行親が刀剣に造詣が深かったことによる。
その伝統により、時代時代の武器や護身道具を取り入れてきた。最近ではテロ対策で使うような閃光グレネードとか、フラッシュライトやスタンガンとか、こういうものを活用している。
親父の動きが静まった。
「うん、まあまあだな」
おい、なんだよそれ。せめて感想ぐらい付け加えろよな。
「最後に円舞をやるぞ」
これは1人で大勢の敵を倒すための技なのだ。
戦いの場は野外の開けたような所だけじゃない。むしろ室内など制限のある場所が多い。これを想定しており、その型の数は20を超える。
「よし、良くできた」
親父が木刀を収めた。僕も一礼をして木刀を腰に戻す。
「ま、これくらいできればいいかな。まあ、継続して精進しろよ。じゃ、免許皆伝の印として最後の秘術を授ける」
「そんなもの、あったの?」
僕は初めて聞く言葉にちょっと驚く。
「ああ、お前は型の練習はできるようになった。でも実戦経験がない。実際に敵と打ち合いをするとき一番障害になるのは何かわかるか?」
「油断?」
「違う。良心の抑制だ。金窪流剣術で相手を打ち込んだ際、よくて骨折、場合によっては死ぬ。経験がないとこれが恐怖になってしまう。そうして敗れ去るのだ」
そうか、そうだよな、何しろ金窪流は暗殺術なんだよな。
「一子相伝の最後に、この良心を抑制する制限を取り払う法を教える」
マジか、僕は居住まいをただす。
「まず、金窪呼吸法のうち、『速し(はやし)』を行え」
僕は親父に従って腹に息を落とす。それから集中のポイントを上下左右と回し集中を高める。
「そのままこの言葉を口に含めろー『人を殺めることをお許しあれ』」
え、そんなんで良いの?適当すぎない?
「ほら」
親父が催促する。
僕は呼吸法を最初からやり直した。
口の中で『人を殺めることをお許しあれ』」と呟いた。
うん?なんか僕の中からもう1人の人格が出てきたような、そんな野蛮な気分になってきた。おまけに世界がスローモーションになってきているように感じられる。
親父が庭の端にある巻藁(真剣の刀で切るための的)を指差した。
僕は腰の木刀を握る。無心のまま巻藁を袈裟懸けに叩いた。
「ズバァー」
切れた!木刀で巻藁を一刀両断したのだ。唖然とする。
これ、木刀で切断できるもんじゃないぞ。切り口を見ると綺麗に面が揃っている。
横を見ると親父が満足そうに頷いている。
「戦いが終わったら、この呼吸法のまま『感謝します』だ」
僕はその言葉を繰り返した。
どっと汗が出る、思わず膝をつく、疲労感が半端ない。
「うん、良くできた。これでお前は39代金窪流剣術の伝承者だ。だけど、お前、ちょっと体力無さすぎ。毎朝ジョグくらいはしとけよ、それと伝承関連の資料は俺の書斎にまとめてある。目を通しとけよ、それから余計なものは見るなよ」
しつこいって!
伝承が済んだ後、いつものように僕は、庭の小さな畑に水やりを行う。
うちは山の中の孤立したような、ぽつんと一軒家だ。
その代々引き継がれた土地に、小さな野菜畑やソーラーパネル、スターリンク(衛星経由のインターネットサービス)や浄化槽が並んでいる。
僕は箒を持ち出した。富士山の噴火のおかげでソーラーパネルに火山灰が積もっているのだ。箒で掃きながら庭の隅に真っ二つになった巻藁が目に入った。この時になってようやくこの剣術のヤバさってのが自覚されてきた。
そして、すぐにフル活用してゆくことになるとは思わなかった。
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