テラーノベル
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話は、美咲さんを渡辺たちから助けて避難所に送っていった時点に再び戻る。
「こっち。避難所、あの学校」
美咲さんの声が明るくなる。
僕は美咲さんを助けた後、彼女とともに避難所に向かったのだ。
そこは元小学校だった。
校庭にも、ブルーシートのテントがぎっしり。
炊き出しの匂いと、消毒液の匂いが混ざっている。子どもたちの泣き声が風に流れ、夜の中に滲んでいく。
その中の一つのテントへ彼女は入っていく。
そこには、小学生だろうか、男の子が寝ていた。熱があるようだ。
美咲さんはバッグの中から薬のパッケージを取り出す。
「ほら、これ飲んで、良くなるわよ」
「うん」
「後でおかゆも用意するからね。たくさん食べて元気出して」
「お姉ちゃん、ありがとう」
その子は毛布から手を出して美咲さんの手を握る。
その声がやけに細い。だから、逆に胸に刺さる。
僕は横で、うなずくだけだった。
「助けてくれてありがとう。あのとき、怖かった。でも、あなたが来てくれて本当に良かった」
美咲さんがこちらを向く。
「た、たまたまだよ」
美咲さんに改めてお礼を言われるなんて!
僕はドキマギしてさっきと同じ言葉を返してしまった。
彼女は子供たちのためにたった一人食料の買い出しに行っていたのだ。そして今はその子供たちに優しい目を向けている。
僕は彼女の勇気と暖かさにまいってしまった。
正直、ここで自宅に帰りたくないな、そう感じていた。
「そうだ、ここのリーダーを紹介しとくね」
美咲さんが言い出した。
「徳本裕二です」
彼は自己紹介した。
元市役所職員だという中年の男。疲れ切ってはいたが、目には光がある。
「美咲さんを助けてくれたそうで、ありがとうございます。学校のクラスメートなんですってね」
「あ、はい、たまたま通りかかりまして」
「それはよかった。この辺りはスマホもつながりが悪くて、何かあった時に連絡取れないんですよ」
「そういえば、浩から連絡あった?」
美咲さんが何気に口にした。
「いや、まだないんだよ。美咲さんを放っておくなんて罰当たりだよな」
と、徳本リーダーが自分の言葉に頷いた。
うん?でも浩って誰だよ。
「ここの通信機器も限界でしてね、ネットが繋がらんと、支援物資の要請もできんのですわ。それで美咲さんに買い出しに行ってもらったのですが、ちょっと思慮不足で申し訳ない」
徳本リーダーは独特のイントネーションで話す。
でも、ネットに繋がらん?その言葉を聞いて、僕は何気なしに口にした。
「ネットがダメって、見せてください。僕、少しはわかるかもしれないです」
オンラインゲーマーオタクの僕。
Steam(パソコンゲームのオンラインプラットフォーム)なんかをずっとやってたから必然的にパソコンはたった一つの得意科目だ。
そして、ここでポイントを稼げれば美咲さんにアピールできるかも、なんて下心もあった。
「おお、それは助かる」
彼は僕を元職員室に連れて行った。
そこにはノートP Cやルーターなどの機器が乱雑に並べてある。
ここの電力は、校舎の屋根に残されたソーラーパネルとポータブル蓄電池から取っているようだ。
ネットは誰かが持ってきたかもしれないスマホにつながっている。
僕はノートP Cの画面を開く。設定も滅茶苦茶。だけど、僕にとっては簡単なパズルだった。
10分。
「直りました、と思います」
そう言った瞬間、校内の人々の間から歓声が上がった。
それはほんの小さな奇跡だった。ネットが繋がる。それだけで、人は少しだけ未来を信じられる。そしてそれが始まりだった。
その夜から僕は、完全に巻き込まれたのだ。
リーダーは次々に助けを求めてくる。壊れた配給管理システム、紛失したデータベース、在庫の不一致、(多分)偽装された救援物資リスト。
どこを見ても穴だらけで、パッチワークみたいな、今の社会の現状だった。
こうなると放っておけなかった。
気づけば、僕は端末を並べ、夜通しで修復作業をしていた。
避難所の子どもたちが毛布にくるまって寝ている横で、僕のモニターだけが青く光っていた。
美咲さんが避難所の食料リストを見ながら、眉間に皺を寄せている。
「このままじゃ、あと3日で何もなくなるわ」
彼女の声はびっくりするくらい落ち着いている。けれど、目の奥が凍えていた。
その横顔を見て、僕はまたちょっとドキドキする。そうして決めた。ああ、これはもう、マジで放っておけない。
その後、僕は自分のスマホを取り出して、ゲーマー仲間への通信回線を開いた。
《隼人、あなた大丈夫?》
仲の良いアメリカ人、エンジェル=ルーズベルトだ。
彼らはオンラインゲームで知り合った仲間なのだ。
そのうち気の合う奴らと自然にグループになった。後で分かったんだが、メンバーはI Tスキルの高いハッカーと呼べそうな奴らばかりだった。
僕は、打ち返す。
《あんまりOKとかって感じじゃないなー》
《どういうこと?》
《そっちではどう報道されてるの?》
僕は逆に聞き返した。
《日本で大地震。大津波。富士山の噴火。トヨタの街が壊滅。東京も被害が甚大。20万人以上が死亡か行方不明。さらに東アジア援助が救援名目で進出、自衛隊も警察も解体、経済は破綻し預金は封鎖され代わりに暗号通貨を導入》
エンジェルはスラスラと答える。
《そうだ、エンジェル、そっちでは米軍はどうするつもりか報道はない?》
《東アジア救援軍の支配は日本政府が合意してるのよね。様子を見るしかないわ。これも噂だけどね、米軍が介入したらね、日本の持っている米国債を売り払うって金融庁が脅したらしいわよ》
さすがエンジェル、よく知ってる。
《うん、日本でも政府内部から手引きしている奴らがいるって噂だよ。だけど、災害だからって、ここで戦争始められたら僕たちもたまらないよ。多分、それが一番大きな理由だろうな》
僕はネットでの情報を伝える。
《ところでさ、復興は進んでるの?》
《全然ダメ。特に僕達にとってやばいのは流通だよ》
《流通?》
エンジェルがよくわからんぞ、と言った感じで説明を求めてくる。
《そう、津波と噴火でね、東海道って関西部分と関東をつなぐ交通網があるんだけどね、これが壊滅したのよ。だから食糧とか、燃料その他、が送れないのよね》
僕は分かりやすく説明してやった。
《ヘリとか、飛行機とか使えばいいじゃないか》
エンジェル。
《富士山が噴火してるからね。火山灰で空港も閉鎖。航空機は動けない。そもそも。これだけの人たちに行き渡るようなヘリなんてないよ》
僕は、あきらめ気分
《食べ物がないってこと?》
エンジェルはちょっと驚いている。
《だいたいどこも1週間分は備蓄があったよ。でももう底をついてきている。特に足りないものは、医療薬品系だろうね。あ、そう、多くの人が家も失ったよ。避難所とか、そういうところに一体どう配布すれば良いのやら》
打ち込みながら憂鬱になる。そこで本題に入った。
《ところでさ、いま避難所にいるんだ。食糧が足らなくなりそうだ。だけどさ、流通情報がボロボロなんだよね。一体どこに何がいくらあるか見当もつかないんだ。だからさ、避難所の配給システムをAI使ってどうにかできないかと思ってだんだけどどうだろう。例えばさ、スマホで在庫を読み取って、食料倉庫と分配経路を自動生成くらいはすぐにいけそうな気がするんだけどね?ついでにあっちこちの避難所もつなげりゃ助け合いもできるんじゃないかな……》
僕は思いつきを一気に伝える。
《理屈はわかるわ。でも……それ、下手すりゃ、政府とか救援軍とぶつからない?》
《あいつらは関係ないよ。僕たちだけでやるんだよ》
《ほほほ、面白いじゃない。そうこなくっちゃ。それでこそ私たちのギルドね。任せなさい。隼人が寝てる間にセットアップしてみるわ》
そして避難所の翌朝。
仲間が組んだ仮想システムがもう動いていた。
AIがスマホで撮った物資の写真で量を推定して余剰と不足をマッピング。
さらに、周囲で生きている食料集積所のデータを勝手に(内緒だが)チェックし地図データから最短時間での配送計画と予想を出す仕組みだ。
褒められた話じゃないが、すぐさま近隣の倉庫のサーバーを見つけてクラックし、データにアクセスしてしまう。危ういけど仕事が早い。
僕は早速ここの避難所の倉庫の写真をスマホで撮った。そのままデータをアップ。さぁて、どうなるか……
そして、その結果はすぐに現れた。
どうやら近隣の避難所に医薬品が少し余っているらしい。僕はリーダーに電話してみるように頼んだ。
「希望の医薬品、多少余裕あり。融通可能だ」
これを聞いて、徳本リーダーが、僕の肩を叩いた。
「金窪君、すげぇぞ、いけるかも……」
「マグレですよ」
そう答えたとき、横にいた美咲さんが笑った。
初めてまともに見る笑顔だった。
あれ、片えくぼじゃないんだ。両方に可愛い窪みができてる。
口角がキュッとファニーに上がっているのを見ると、僕の胸の奥が少し温かくなった気がした。
けれど僕は知っていた。これ、たまたまうまくいっただけ。
リアルな世界では、日本は無法地帯だ。まだまだ暴力が支配している。美咲さんを襲ったような奴らがまたやってくかもしれない。
弱い奴は命を絶たれる。そして、その向こうには東アジア救援軍がいるのだ。
でも、この小さな避難所で生まれた希望が、やがてどこへ行くのか、見てみたい気もする。そして、血の匂いの向こうで親父と会うかもしれないな、そんな予感がしていた。
それは、戦いになるという、歓迎すべき出会いじゃないにしても、だ。
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