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コメント
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とても切なくも美しい文章ですね。
目を開けると、世界は緑に満ちていた。
その少女は、名も、声も、感情を持たないまま、濡れた土の上で横たわっていた。
しんとした空気の中、風が木々の葉を揺らす音だけが微かに響いている。
土の匂い。青く濡れた苔の感触。
遠くで鳥が一声鳴いた。
少女はゆっくりと体を起こす。
頭が重い。
耳鳴りがする。
思考が霞む。
その胸の奥で、何かがかすかに脈打っていた。
呼ぼうとした。
けれど音は生まれなかった。
のどに力を込めても、口を開いても、ただ静寂だけが返ってくる。
「…..」
少女は戸惑いも見せない。戸惑う術すら忘れているようだった。
何か大切なことを忘れている気がした。
だがその形は、指のあいだから零れ落ちてしまう砂のように、掴めなかった。
少女は立ち上がり、足元を確かめるように一歩踏み出した。
枯葉を踏む音。
土の柔らかさ。
肌をなでる冷たい風。
それらは確かに‘’そこにある‘’のに、どこか現実味のない感触だった。
歩きながら、少女は気づく。
怖くない。
この深い森に、一人でいるというのに。
怖い、という言葉も
安心、という言葉も
頭に浮かんでくるのに、それに結びつく‘’なにか‘’が欠けていた。
胸の奥が、コトリ、と小さくなる。
手を当てる。
そこに、微かに灯る光。
されが何なのか、見当もつかない。
木漏れ日が揺れる。影が踊る。
少女は、その光景をまるで誰か別人の目で見ているような不思議な距離感で眺めていた。
どれほど歩いただろう。
どこにも終わりが見えない。
けれど、戻るという考えも浮かばない。
ーー自分とは何か
思考はそこへ触れようとして
すぐ霧の中へと飲まれた。
突然、小枝が折れる音がした。
少女は足を止める。
その音が近づいてくる。
葉が揺れ、木々の隙間に影が差した。