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「……アリア様。もう、『お預け』は限界です」
地を這うような、低く、湿り気を帯びた声。
それは、いつも恭しく私の名を呼び
一歩引いて控えていた執事のそれではない。
獲物の喉笛を狙い、静かに、しかし確実に追い詰めた猛獣が漏らす唸りそのものだった。
「ひゃっ……!」
短い悲鳴が、雨音にかき消される。
気づけば、私は背後の冷たい石壁に背を押し付けられていた。
石造りの避難小屋の、ざらついた壁の感触がドレス越しに伝わる。
逃げ場を塞ぐように、右側からは黄金の髪を激しく乱し、肩を荒く上下させるルカが。
左側からは、いつの間にか眼鏡を外し、深い夜の闇を溶かし込んだような瞳を細めるセシルが。
二人から放たれる圧倒的な熱量と、獣人特有の濃密な匂いが
狭く酸素の薄い小屋の中に充満して、私の思考を麻痺させていく。
「ル、ルカ……セシル……? 落ち着いて。喧嘩はやめてって、そう言ったじゃない……っ」
震える声で制止を試みるが、二人の瞳に宿る熱は少しも引かない。
「……喧嘩? いえ、これは生存競争ですよ、アリア様」
セシルが私の耳元に顔を寄せ、熱い吐息を直接流し込む。
その声は、心臓の奥底まで直接響くほどに甘く、そして氷のように冷徹だ。
「執事としてあなたを支える。そんな綺麗な建前だけでは、もう足りないのです」
「……一人の男として、あなたのすべてを奪い、独占したい。そう思わぬ日は、一日たりともなかった」
「そうですよ!僕は、アリア様の忠実な犬でいたい。……でも、それ以上に、あなたの『特別』になりたいんだから」
ルカが、私の右手を強引に掴み取った。
手袋越しでも分かるほど、彼の掌は驚くほど熱く、抑えきれない衝動で微かに震えている。
「執事じゃなくて、一人の男として見てほしい。…僕かセシル、どっちかを選んでくださいっ!」
「えっ……!?そっそんな、選ぶなんて…無理よ…!」
私は困惑し、二人を交互に見つめた。
幼い頃から、ずっと一緒に歩んできた。
太陽のような笑顔で私を元気づけてくれるルカも
静かな知性と献身で私を支えてくれるセシルも
私にとっては魂の一部のような、かけがえのない存在。
「わ、私は…二人とも、同じくらい大好きなのよ……?」
震える唇で、私がようやく絞り出した答え。
しかし、それは火に油を注ぐ結果となった。
二人の瞳が、一瞬で絶望とも怒りともつかない、暗い色に沈んでいく。
「「……同じくらい、ですか」」
完璧に重なった声。その響きに含まれた「不服」の重圧に、私は背筋を激しく震わせた。
「アリア様、それは一番ずるい答えです」
セシルが、私の左手を絡め取るように、指の一本一本を深く握りしめた。
「『どっちも』なんて、そんな強欲な愛…なら、身体でわからせて差し上げるしかありませんね。あなたが、どちらの熱に一番に絆されるのか。どちらを、より深く求めてしまうのかを」
「アリア様…ごめんなさい。でも、もう止まれないんです…っ」
ルカが大きな手で、私の頬を慈しむように、けれど逃がさない決意を込めて包み込む。
そのまま、瞬きをする隙さえ与えず――。
「んっ……!?」
右の頬に、ルカの荒っぽくも切実な、湿った唇が押し当てられる。
左の頬には、セシルのひんやりとした、けれど内側に狂おしい情熱を孕んだ唇が落とされる。
「……あ……」
ダメ。ダメよ、こんなこと。
彼らは私の誇り高き執事。私は彼らの主人。
ましてや今は、私が自ら言い出した「禁止令」の真っ最中で……。
けれど。
左右の頬からダイレクトに伝わる二人の激しい鼓動と、狂おしいほどの独占欲。
拘束された両手から流れ込む、逃げ場のない熱が、雨で冷え切っていた私の体を芯から溶かしていく。
頭の芯がふわふわと痺れ、懸命に抵抗しようとする理性が
とろとろとした極上の快感に塗り潰されていく。
「……はぁ……ぁ…っ」
思わず口から漏れたのは、拒絶ではなく、甘い喘ぎを含んだ吐息だった。
翻弄され、かき乱される快楽。
ダメだとわかっているのに、二人の獣が私に捧げる「猛毒」のような愛が、たまらなく心地よくて。
「……アリア様。声が、甘くなりましたね。私の名を呼ぶ準備はできていますか?」
セシルが、私の耳たぶを薄い唇で愛惜を込めて食む。
「……アリア様。もっと、僕を…僕だけを見て…」
ルカが、私の首筋に鼻先を埋めて、獣の仕草で深く私の香りを吸い込む。
「……っ、ふぅ……二人、とも……」
私は、自分を壁に追い詰めたはずの二人の背中に
いつの間にか震える手を伸ばしかけていた。
執事としての「忠実な仮面」をかなぐり捨てた彼らの
本当の「野生」が、私を甘美な深い底へと引きずり込んでいく。