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ポテトサラダ
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あれは確か、私が五歳くらいの頃のことだ。
毎日、お気に入りの和柄の着物を着て、近所の友達とかくれんぼをして泥だらけになる。
夕方になれば、お母さんが作ってくれた温かいご飯の匂いに誘われるように、夕焼け小焼けのチャイムを聞きながら家に帰る。
「おかえり、私のかわいいお人形さん」 そう言って優しく笑うお母さんと、「今日も良い子にしてたか?」と大きな手で頭を撫でてくれるお父さん。
そんな、どこにでもあるありふれた温かい幸せが、明日も明後年も、その先もずっと続くのだと信じて疑わなかった。
──あの日、あの夜。私の世界が真っ黒に染まるまでは。 激しい物音と、何かが激しく割れる音で目が覚めた。
嫌な予感がして、寝室の襖をそっと開ける。
細く開いた隙間からリビングに視界を向けた瞬間、脳が思考を拒絶した。
視界に飛び込んできたのは、圧倒的な「赤」だ。
畳一面に広がった、鉄の匂いがするどす黒い血の海。
その真ん中で、まるで糸の切れたお人形のようにピクリとも動かなくなったお父さんとお母さんが倒れていた。
「……ぁ、あ」 悲鳴すら喉に張り付いて音にならない。
冷たくなっていくお母さんの手を握りしめ、私はただ、ガチガチと歯を鳴らして震えることしかできなかった。
後から知ったことだが、優しかった私のお父さんとお母さんは、裏社会でその名を知らない者はいない「最強の暗殺者」だったらしい。
二人に恨みを持った無能どもが、単独じゃ勝てないからと何十人も結託し、卑劣な罠にハメて二人を殺したのだ。
あの夜、両親の死体の前で、私の頭に冷たい銃口を突きつけてゲラゲラと下品に笑っていた男たちの顔は、今でも鮮明に、呪いのように脳裏に焼き付いている。
「次はこのガキだ」 男の一人が引き金に指をかけたその瞬間、運良く警察のガサ入れが重なり、遠くからサイレンの音が響いた。
そこからの記憶は、白いモザイクがかかったみたいに曖昧でよく覚えていない。
気づいた時には、天井のひび割れた、薄暗い孤児院のベッドの上だった。
誰も信じられない。
誰も助けてくれない。
心を殺して、ただの綺麗な「物言わぬお人形」のフリをして、地獄のような場所で三年間を過ごした。
──そんな私の前に現れたのが、今のマフィアの「ボス」だった。
ボスは私を大金で買い取ると、生き残るための、そして人を殺すための技術を容赦なく叩き込んだ。
「お前の親の強さは知っている。
その血が流れているなら、お前も極上の『兵器』になる」 その言葉通り、私はボスの期待に応え続けた。
気がつけば八年の月日が流れ、今年で私は十六歳になる。
普通の同級生たちが、制服を着て、学校で恋だの勉強だの、くだらない日常に浮かれている間。
私がしているのは──これだ。
「ひっ……! 頼む、助けてくれ……! 金なら、金ならいくらでも出す──!」
「……うるさいですね。少し静かにしてください」
カラン、コロン。
月明かりすら届かない薄暗い路地裏に、私の履く下駄の音が静かに響く。
しとしとと降り続く雨の中、私は差していた椿の和傘をすこし傾け、着物の袖からすっと白い細い指先を覗かせた。
そこに握られているのは、一本の美しい銀のかんざしだ。
ドスッ、と肉を貫く鈍い音がした。
「が、はっ……!?」 男の首筋にある急所へ、一切の迷いなくかんざしを深く突き立てる。
一瞬の出来事だった。
男は声も出せずに膝から崩れ落ち、畳まれていく着物のように静かに息絶えた。
かんざしをゆっくりと引き抜くと、先端から赤い鮮血がぽたぽたと滴り落ちる。
それをハンカチで丁寧に拭き取り、自分の黒髪へと挿し直す。まるで、最初からそこに咲いていた新しい髪飾りのように、それは美しく映えた。
「……ふぅ。よし、これで今日の任務は完了」 懐からスマートフォンを取り出し、マフィアの専用アプリを開く。画面には即座に「任務完了:報酬振込」の機械的な通知が届いた。
「よっしゃ、今月のボーナスも入った。これで狙ってた限定のスニーカー買えるじゃん。
和服にハイテクスニーカー合わせるの、絶対可愛いよね」 さっきまで冷徹に人を殺していた指先で、画面を軽快にタップし、ずっと欲しかった一足をお気に入りのカートから購入する。
学校なんて行く必要はない。毎日命を奪って、お小遣いをもらって、好きなものを買って、気楽に生きる。これが、十六歳になった私の、新しくて歪んだ「普通」の日々だ。 ──けれど。
買い物を終え、暗転したスマホの画面をじっと睨みつける。
そこに映る私の瞳は、あの夜の犯人たちへの果てしない憎悪で、どす黒く濁っていた。
(お父さん、お母さん。二人を殺した奴ら、全員見つけ出して、このかんざしで同じ地獄に落としてあげる。……それまで、私の仕事は終わらないからね)
コメント
2件
雑ですみません
うわ、これめっちゃ好きなやつだ……! 「和装×暗殺者」でさらに「復讐×スニーカー買い」ってギャップが鮮烈すぎる。五歳の頃の温かい日常→両親の惨殺→孤児院→マフィアという流れが一気で、もう冒頭から胸が締め付けられたよ。かんざしで♡♡♡た直後にスマホで限定スニーカー買うシーン、狂気と可愛さが同居しててたまらん。これは続きが気になる……!