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天を仰ぎ、痛いくらいにまぶたを閉じて答える。
「俺は、立花を好きじゃないって。 意識するの時々忘れてたんで」
答えてすぐに、ガン!と、静かな部屋の中に音が響いた。
見ればどうやら八木がゴミ箱にスチール缶を投げ入れたらしい、結構激しく。
「さっぱり意味がわかんねぇわ、好きだって言ってたろ。 さっき」
「すいません。 好きにならないでいられるつもりだったんですよ、本気で。 俺も、自分で自分のことがよくわかってないですね」
八木がまだ長さのあるタバコを灰皿に押しつけた。
そうしてテーブルに置いていたライターをポケットに入れてからドアノブに触れた。
けれど八木は、ドアを開く前に坪井を振り返る。
「お前のことはどうでもいいけど、自分から言ったんだから守れよ」
「ああ、はい。 自重します、できる限りで関わりません」
「その、できる限りってのが気にくわねぇけど。 とりあえず今は落ち着かせてやってくれ」
そう言い残し、喫煙ルームを出て行った。
(……あいつに惚れてるかどうか注視しとけってさぁ)
そうするまでもなく、真衣香を大切に思っていることが溢れ出している。
「大切にか。 俺は、できたことないな」
軽く頭痛を覚えて頭に触れた。
久々に何本も吸ったせいだろう。
「好き、って言ったなぁ。 俺」
『大好きだ』と確かに、口にした。
思えば、その言葉を発したのはどれくらい振りになるのだろう。
ゆっくりと、記憶を辿る。
***
――昔から顔だけはよくて、中身なんか関係なく人は寄ってきた。その大半は女で、もう早いうちから”自信のある女”ってカテゴリには嫌気がさしていたように思う。
初めて、特別に見える子ができたのは中学にあがってすぐの頃だった。
隣のクラスの、女子だった。記憶は随分と朧げになったけれど、可愛らしくて目が離せなかったことは今でも覚えている。
委員会が一緒になって。
会話をするようになって。
メールするようになって。
やがて『坪井くんのこと好きなんだけど、つきあわない?』と、委員会の終わった2人きりの教室で言われた。
もっと2人きりで話していたくて。
でも、どうすれはいいのかわからなくて。
教師が去った後も何かと理由をつけて仕事を探して、必要のない時間を必要なものにして。
そんな、夕陽射す永遠のように長い一瞬。
『好きなんだけど』を、好きな女の子から伝えられる。
信じられないほど。
嬉しかったと思う、きっと当時は。
喜んでいたのだと、何となく記憶している。
『……え? え!? マジで? ヤバい、マジで?』
何度も確認したくて、聞き返した。
『うん……、好き』
記憶の中の笑顔はよく見えないけれど、その時の心は覚えてる。
可愛いと思ったことを、覚えてる。
舞い上がっていたはずだ。
『……お、俺も好きだよ!』
その証拠に、好きだと返した自分の声を坪井はよく覚えていた。