テラーノベル
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けれど、すぐに彼女に変化があった。
コロコロとよく動いていたはずの表情は暗く陰が落ちることが多くなった。
それでも『ちょっと寝不足』なんて言葉を鵜呑みにしていた。
やがて、たまにしか学校で見かけなくなってきた。メールをしても『体調が悪いだけだよ、ありがとう』そう、返ってきた。
また、鵜呑みにした。
当時“付き合う“なんて、その言葉だけが一人歩きしているような幼い状態で。友人たちとの関わりの方が結局は楽しく深かったのだ。
”彼女”という響きを、自分のものにできたこと。まわりよりも少し早く大人になれたような優越感。
支配していた喜びの割合は、そんなものの方が大きかった。
加えて学生の頃って、何故だろう。隣のクラスは遠く感じていて。まるで別世界のように隔たれている空間のようで。独特の閉塞感があった。
けれど、それらが。ただ目を背けるための言い訳だと今ならばわかる。
当時は、自分の目の前に広がる、その景色以外を……見渡すなんて概念がなかっただけなのかもしれないけれど。
『おまえ、隣のクラスの可愛い子、付き合ってから何した? どこまでやった!?』
お決まりの男子中学生らしい、ゲスな詮索に『うるせーよ』と笑って返す。
しかし、その後続いた言葉に衝撃を受けた。
『あー、でも、そういやチラッと聞いたけど。なんか2組今ヤバいんだろ? その子、クラスの女子からガン無視されてるとかサッカー部のやつに聞いたけど』
『あ、それ俺も聞いた最近。マジなの? 彼氏。 守ってあげたりしてんのかよー』
友人たちは特に深刻味もなく、からかい混じりに言って。坪井自身も女子って大変だよな。と、他人事のように軽く受け取った。
(ここで1人マジになったら引かれそうだし、とか思ってさ)
そんな話をした、ちょうど、その日の夕方だったと思う。
メールが来た。
〝別れて“と短く。
そこで、やっと会いに行った。
隣のクラスの担任にだっただろうか?彼女の家を聞いて、急いで、会いに行った。
最後に学校で会ったのは、いつだったか。
一緒に帰ったのは。
声を聞いたのは。
おかしいな、と感じながらも。異性のことで目立って、からかわれることの方に意識が傾いていた。
そんなもの、人の心の変化に比べたら、受ける傷に比べたら。
なんてことはないというのに。
たどり着いた彼女の家のインターホンを押す手が震えていたこと。
最初に出てきた彼女の親と目を合わせられなかったこと。
よく覚えてる。
『……どうしたの?』
坪井の前に顔を出した彼女が言った。
顔色が悪い。
表情が暗い。
どれもこれも、嫌なくらいに覚えている。
彼女の様子に異様な恐怖を覚えた。
きっと、怯えていたのだと思う。
怯えながら聞いたのだと思う。
『別れるって何? 無視されてるとか聞いて、そーゆう話となんか関係ある?』
遅すぎる問いだったんだろう。
どうして、自分ばかりを優先するならば応えた。
『好きだ』なんて。
彼女の気持ちに応えたのだろうか。
涙を流し『知られたくなかったな、いじめられてるなんて恥ずかしい』と彼女は言った。
なんでそんなことに。と、聞いた。
『うちのクラスの、1番可愛くて目立つ子いるでしょ?』
そう言って彼女の口から出た名前にピンと来ない。
興味がない相手だったからだろう。
けれども、頷く。
その声の続きを聞かなければいけないと思ったから。
『坪井くんのこと好きだったんだって』
それがどうした。
『私、知らなくて、でもその子から坪井くん奪ったってみんなに言われて』
奪ったって何。
物じゃないんだ。
『でも昨日さ、別れるって言ったら急に優しくなって無視もされなくなって……仲を取り持つよって言ったら、今までごめんねって、ありがとうって』
会話を続けながら、だんだんと頭が痛くなってきた。
脳内にまで響いてきた心臓の音を、その時、急激に込み上がってきた吐き気を。
今でも夢の中で、感じてる。
『ねえ坪井くん、その子と付き合って。そしたら私もうこんなことしなくて済むよ』
見えた手首の傷にゾッとした。
あれはいつのことだったか。互いに好きだと言い合った夕陽に染まった教室。
たった、数週間前の出来事なのに。
短期間で、心は傷つくのか。
身体も、傷つけられてしまうのか。
目の前の女の子は、滲み出る血に何を見たんだろう。
怖い。
どうしてこんなものを見せられているんだ。と、心が悲鳴をあげて。
『坪井くんに告白なんてしなきゃよかったな』
最後の言葉が、幼さ残る心を。チクリと攻撃した。
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