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バルドゥビーダ氏に変わって、俺はステージ中央に躍り出る。
メロウなフレーズに、大きなどよめきが起こった。だれがどう聴いても、メロウな皇帝に、メロウで対抗することは良策ではないだろう。それは、バルドゥビーダ湖に水滴が垂れるようなものに見えるかも知れない。これまでの健太らしさがない、と観衆は感じているかもしれない。スリリングで攻撃的なフレーズで攻める、かつての俺を期待していることだろう。
でも、残念ながらあの頃の俺はもういない。
今できることは、精一杯、今の俺で生きていくしかないんだ!
会場は静まりかえった。
静まれば静まるほど、背後に音楽帝国のBGMが聴こえてくる。偉大なギタリスト・バルドゥビーダ氏の存在が、背後に浮かび上がってくる。
落ち着け。落ち着け。このフレーズに、集中するんだ。
客席から、失望の空気が流れ始めた。羽田氏は顔をしかめている。喫茶店のマスターは無表情だ。両手を組んで祈る奈保子も見えた。
舞台上のバルドゥビーダさんだけが、目をつむり、俺のギターに合わせて身体を軽くゆすっている。
手が動かない。こんなはずはない。まずは落ち着け。今できることだけに集中するんだ。
フレーズを終える。
ステージ中央をしりぞいた。
拍手はほとんどなかった。
バックバンドの演奏が続く。