テラーノベル
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「待て、ソフィア! どこへ行く!」
カイル殿下の焦った声が、廊下に響く。
(はあ、はあ……なんで私が皇宮内を全力疾走で逃げ回る羽目になってるのよ!)
必死に走る。けれど、こちらは裾の長いドレスに高めのヒール。そのうえ前世からの筋金入りの運動不足だ。
(毎日騎士団で汗を流してる彼と、同じ土俵で鬼ごっこさせないでちょうだい!)
角を曲がり、大理石の柱の陰へ滑り込む。息を殺して待つこと数秒。足音が遠ざかっていった。
(……ふぅ。行ったかしら?)
そろりと顔を出す。右、よし。左、よし。誰もいない。
(勝ったわ!)
そう確信した――まさにその時。
「見つけたぞ」
背後から、声が降ってきた。
「…………」
振り返って見上げる。そこには、腕を組んで私の前に立ちはだかるカイル殿下がいた。
(終わった……)
***
ことの発端は、ほんの15分前にさかのぼる。
「過労と睡眠不足です」
侍医は私の脈を取りながら、きっぱりと宣告した。
「昨夜から、ほとんどお休みになっていないのでしょう」
「……ええ、まあ」
「……昨夜から、か」
カイル殿下の眉がぴくりと動き、みるみるうちに顔色が青ざめていく。
(ちょっと)
(そこで今さら自分の所業を思い出して、罪悪感に浸らないでくれる?)
「食事をしっかり取り、少なくとも半日は安静になさってください」
「は、半日も!?」
午後には侍女長の横領事件について、緊急会議が開かれるはずだ。再発防止策の提案書だって、まだ完成していない。
(寝てる場合じゃないのよ!)
「安静だ」
カイル殿下が腕を組み、言い切った。
「侍医の言葉を聞いただろう。今日は休め」
「少し目眩がしただけですわ」
「駄目だ」
「ですが――」
「駄目だ」
(くっ……! めちゃくちゃ面倒くさい)
やがて侍医が退出すると、私はすぐさまソファから起き上がった。
「では、自室へ戻って資料の確認だけでも――」
「仕事をする気だな」
「…………」
秒でバレた。私は引きつった笑顔を貼りつけたまま、じりじりと扉へ後ずさる。
「ご心配には及びませんわ。ほんの少し確認するだけですもの」
「お前の『ほんの少し』は信用ならん」
(はあ? どの口が言うのよ!)
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#ロマンスファンタジー
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(あんたこそ昨夜、『もう少しだけ』って言いながら朝まで離してくれなかったでしょうが!!)
「ずいぶんな言われようですこと」
こうなったら――奥の手だ。
「……あ! 殿下!」
「何だ?」
「窓の外に魔物が!」
「何っ!?」
カイル殿下が窓を振り返る。もちろん、何もいない。
(今よ!)
バタンッ!
私は執務室を飛び出し、全力で逃走したのだ。
***
そして――現在。
「ちょ、ちょっと……!」
ひょいっ。身体がふわりと宙へ浮いた。本日二度目のお姫様抱っこである。
「逃げ切れると思ったか」
カイル殿下は私を軽々と抱えたまま、涼しい顔で廊下を歩く。
「下ろしてくださいませ!」
「下ろしたら逃げるだろう」
「逃げませんわ♡」
「嘘をつけ」
(チッ……)
そのまま夫婦の寝室へ。カイル殿下は私をベッドへそっと下ろした。
「ここで大人しくしていろ」
「……囚人か何かですの?」
「逃げるお前が悪い」
(ぐぬぬ……)
カイル殿下はすぐに使用人を呼び、食事を用意させた。
***
ほどなくして、ベッド脇のテーブルに栄養満点の昼食が並べられた。骨付き肉と根菜のスープ。白身魚の香草蒸し。白パンに、蜂蜜で煮た果物のコンポート。
「……こんなに食べきれませんわ」
「倒れかけたのだ。体力をつけねばならん」
(だからって胃袋まで騎士団仕様にしないでよ!)
「どれなら食べられそうだ?」
「では……スープを少しだけ」
スプーンを取ろうと手を伸ばす。しかし――。
すっ。なぜかカイル殿下が先にスプーンを取った。スープをすくい、ふうふうと冷ます。そして至極当然のような顔で、私の口元へ差し出してきた。
「……殿下?」
「口を開けろ」
(この人、マジでやっているの?)
「一人で食べられますわ」
「今日は病人だ」
「ただの過労ですわ」
「一口だけでいい」
(ああもう、面倒くさっ……!)
根負けして、ぱくり。一口飲む。――カイル殿下の顔が、ぱあぁぁぁっと輝いた。
「…………」
(しまった!)
(成功体験を与えてしまったわ……!!)
「もう一口」
「結構ですわ」
「…………」
しゅん、と肩が落ちた。
(だから、そんなに分かりやすく落ち込まないでよ!)
その時。
コンコン。
寝室の扉が叩かれた。
「お嬢様ー! ハーブティー持ってきましたよーっ!」
「入って」
アンナが湯気の立つポットを手に、部屋へ入ってきた。
「お医者様から処方された、身体がポカポカにあったまるお茶ですからね!」
「アンナ、毛布を持ってこい」
「はいっ!」
パサッ。
アンナがふかふかの毛布を、私の肩へ掛けてくれる。
「まだ顔色が悪い。もう一枚だ」
「一枚で十分ですよ!」
アンナがぴしゃりと言い切った。
「掛けすぎたら、かえって身体が冷えちゃいます!」
「俺は夫だ。妻の体調くらい分かる」
「失礼ながら!」
アンナが腰に両手を当てる。
「お嬢様に長年お仕えしてきたのは私ですからね! それに!」
ビシッ!
アンナがカイル殿下を指さす。
「昨夜、お嬢様をまともに休ませなかったのは殿下じゃないですかっ!」
「……っ!?」
カイル殿下の耳が、一瞬で真っ赤になった。
(よく言ったわ、アンナ!)
「……それを言うなら、お前も朝からソフィアに仕事をさせていただろう!」
「ギクッ!」
「仕事関係の資料を嬉々として運んでいたのは誰だ?」
「そ、それは……お嬢様のご命令ですし……!」
「……二人とも」
「はい」
「何だ」
ズキズキするこめかみを押さえる。
「少し静かにしてちょうだい。あなたたちの声が頭に響くのよ」
「……すみません……」
「……悪かった」
二人そろって、しゅん。
(なんなのよ、この大型犬と小リスは……)
その時――。
バタバタバタッ!!
慌ただしい足音が、廊下から近づいてきた。直後、寝室の扉が激しく叩かれる。
コンコンコンッ!
「皇太子殿下! 妃殿下! 緊急のご報告がございます!」
「何事だ?」
カイル殿下が扉越しに問い返す。
「横領事件の責任と、今後の皇宮予算の管理を巡って――大臣方が会議室で紛糾しております!」
そして、侍従が息を切らしながら続けた。
「皇帝陛下より、『功労者である皇太子妃殿下にも、ただちに緊急会議へ出席せよ』との勅命でございます!」
(――来たわぁぁぁぁ!!)
待ちに待った、予算管理権限ゲットの大本命イベント!
「すぐ参りますわ♡」
私は毛布を跳ね除け、ベッドから起き上がろうとした――そのとき。
「待て」
ガシッ。
カイル殿下に手首を掴まれた。眉間には、これ以上ないほど深い皺が刻まれている。
「……行く気じゃないだろうな?」
「もちろん行きますわ。皇帝陛下の勅命ですもの」
「侍医は、安静にしろと言った」
「陛下は、会議へ出ろとおっしゃいましたわ」
(とっととどいてくれない? 邪魔なのよ!)
視線と視線がぶつかる。
「……絶対に行かせん」
(はあ!? ふざけないでよ、この番犬!!)
コメント
1件
わああ待ってこの話めっちゃ面白い!!😭💕 カイル殿下、完全に番犬モード入ってて草。 「成功体験を与えてしまった」のソフィアの絶望感が伝わってきて笑ったw アンナと殿下の言い合いも可愛すぎるし、最後の「絶対に行かせん」で終わるのズルすぎるよ〜!!続き気になりすぎる!! ソフィアの心の声が毎回痛快で、読んでてすごく楽しい回だった🌸