テラーノベル
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ステージの袖は、いつも冷たい。
陽毬(ひまり)は、自分の指先が微かに震えているのを見つめていた。観客席から漏れ聞こえてくるざわめきが、まるで自分を値踏みする怪物たちの声のように聞こえる。
「大丈夫、できるよ」
そう声をかけてくれた友人の優しささえ、今の自分には重荷だった。期待に応えなければならない。完璧でなければならない。そのプレッシャーで、呼吸の仕方を忘れそうになる。
彼女は目を閉じ、心の中で「旋律」を再生した。
突き抜けるような高音、すべてをなぎ倒して進むような強気なリズム。誰に何を言われても、たとえ世界中を敵に回したとしても、自分だけは自分の味方であり続けるという、あの傲慢なまでの決意。
(……最強。そう、私は最強なんだ)
それは、自分にかけた魔法だった。
根拠なんてどこにもない。実際には、足がすくんで逃げ出したい臆病な少女のままだ。けれど、自分自身に嘘をつき通して、その嘘を真実へと変えていく強さ。弱さを知っているからこそ、誰よりも高く飛べるのだと、あの歌は教えてくれた。
「私の時代だ」
誰にも聞こえない声で呟く。その瞬間、震えが止まった。
不安を打ち消すのではなく、不安さえも燃料にして燃え上がるような、熱い衝動が胸を突き抜ける。
合図が鳴り、陽毬は一歩、光の中へと踏み出した。
眩い照明に照らされた視界の先には、無数の瞳。かつては恐怖の対象でしかなかった光景が、今は自分を輝かせるための舞台装置にしか見えない。
彼女は大きく息を吸い込み、口角を上げた。
最高に不敵で、誰よりも美しい笑顔。
悲しみも弱さも、すべてを飲み込んで歌声に変えてやる。
鳴り響く第一音。
今、この瞬間、この世界で一番自由なのは間違いなく自分だと、彼女は確信していた。
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