テラーノベル
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シャオロンはソファの上で膝を抱えていた。いつも通りの昼下がりのはずなのに、部屋には重たい沈黙だけが漂っていた。
「……ほんまにムカつくわ」
ポツリと呟く声が、がらんどうになった部屋に吸い込まれていく。テーブルの上のスマホには、何通もの未読メッセージが溜まっている。けれどそれを開く勇気は湧かなかった。
あの時の言葉が耳の奥で反響する。『お前のそういうとこ、マジで嫌い』
勢い任せに出た台詞だった。本当は全然そんなこと思ってないのに。
「なんで……あんなこと言うてしもたんやろ……」
震える指先で前髪をいじる。普段は生意気に見える琥珀色の瞳が、今は不安げに揺れていた。シャオロンは知っていた。あの言葉の直後に見えたロボロの顔を――驚きと失望が入り混じった、まるで全てを諦めたような表情を。
『じゃあ別れよっか』
ドアが閉まる音が今も耳について離れない。その後ろ姿を引き止められなかった自分を、何度責めたことか。
* * *
三日が過ぎた頃、街の小さなカフェで奇妙な遭遇があった。
「え?」
シャオロンは目の前のカップから立ち上る湯気越しに、信じられない光景を見た。窓際の席に座るのは紛れもなく――天と書かれた雑面をつけたロボロだ。しかも誰かと談笑している。
心臓がキュッと縮み上がる。怒りとも悲しみともつかない感情が胸を掻き毟った。
(俺のことなんてもう忘れてもうてるんやないか……?)
熱くなった喉元を押さえながら、足が勝手に動いていた。気づけばロボロの隣のテーブルに腰かけていた。
「――!」
ロボロが息を飲んだのが背中越しにも伝わる。空気が凍りついた。
「……ああ、友達です」
隣に座る大学生風の青年に言い訳する声が微かに聞こえた。そして椅子を引く音。
振り返ると、そこにはいつもの合理主義者の顔があった。目は雑面に隠されているが、緊張で肩が強ばっているのがわかる。
「ロボロ……」
絞り出すような声に、彼の動きが止まった。
長い沈黙を破ったのは、ロボロのほうだった。
「コーヒー、奢るよ」
抑揚のない声。それでもシャオロンにはそれが最大限の譲歩であることがわかっていた。
* * *
二人で並んで座る喫茶店のテラス席。風がサラサラと木漏れ日を揺らしていた。
「……ごめん」
先に口を開いたのは意外にもロボロだった。「勢いで別れるなんて言ったけど、本気じゃないことはわかってるよね」
シャオロンは俯いたまま唇を噛んだ。謝罪すべきは自分だ。でも言葉が出てこない。
「俺さ」ロボロが続ける。「君がいない生活って想像できなくてさ。合理的に考えれば新しい相手を探すほうが効率的なんだけど――」
雑面の下で口角がわずかに上がったのが見て取れた。
「どうしても無理だったんだ」
その瞬間、シャオロンの両目に熱いものが込み上げてきた。ずっと堪えていた涙が溢れ出す。
「うぅ……っ! 俺も……ごめんなさい……! 勢いだけで最低なこと言うて……!」
嗚咽混じりの告白に、ロボロが雑面を取り外した。優しいピンク色の瞳が露わになる。
「戻ってくれる?」
その問いに、シャオロンは何度も首を縦に振った。
「でも条件あるんだ」
ロボロが不意に真剣な表情になる。
「二度と”嫌い”なんて言わないこと。もし言ったら……」
彼はそっとシャオロンの手を握った。温かい体温が伝わる。
「俺、監禁する準備をする」
冗談とは思えないほどの重厚な宣言に、シャオロンは驚きつつも、胸の中に広がる安心感を感じていた。
この日以来、シャオロンは少しずつロボロに甘えるようになった。一方でロボロは、その愛情表現が以前よりさらに重くなり――それはまた別の問題を生むのだが、今の二人にはまだ知らない未来だった。
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