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れもん
2,187
「……は?」
陸の低い声が教室に響く。
「うちのクラス、メイドカフェやることに決まりました〜!」
クラス委員の明るい声。
ざわつく教室。
「男子も手伝ってもらうからね」
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「却下」
陸が即答する。
「無理に決まってるだろ」
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「残念、くじ引きで決定済みでーす」
逃げ道はなかった。
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「……運が終わってる」
空が肩を落とす。
「なんでこうなるんだよ……」
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「まあいいじゃないか」
海が落ち着いた声で言う。
「やるならやるで、ちゃんとやればいい」
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「お前、受け入れ早すぎない?」
空が引く。
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「中途半端が一番面倒だろ」
海はさらっと言う。
「どうせやるなら、ちゃんと形にした方が楽だ」
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陸が一瞬だけ海を見る。
「……珍しくまともなこと言うな」
「いつもまともだよ」
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衣装室。
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「……帰りたい」
空が鏡の前で固まる。
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「似合ってる」
海が即答する。
無駄がない。
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「フォローが雑!!」
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海自身もメイド服を着ているが、どこか雰囲気が違う。
姿勢がいい。
所作が綺麗。
無駄な動きがない。
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「……なんでお前そんな馴染んでるんだ」
陸が呆れる。
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「接客は観察と再現だからな」
海はリボンを整えながら言う。
「それっぽく見せればいい」
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開店。
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「お帰りなさいませ、ご主人様」
海が穏やかに言う。
自然な笑顔。
落ち着いた声。
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「え、普通にレベル高くない?」
客がざわつく。
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「こちらのお席へどうぞ」
手の動きも綺麗で、無駄がない。
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「なんであいつだけプロなんだよ」
空が小声で言う。
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「知らん」
陸は淡々と接客を続ける。
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「い、いらっしゃいませ……!」
空はやっぱりぎこちない。
でも、その一生懸命さが逆に目を引く。
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「この子かわいい」
「頑張ってる感いいね」
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空が真っ赤になる。
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忙しい時間帯。
三人が一瞬だけ集まる。
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「無理……」
空が机に突っ伏す。
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「水飲め」
海がすっと差し出す。
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「……ありがと」
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そのやり取りを見て、陸が小さく息をつく。
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「お前、面倒見いいな」
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「長男があれだからな」
海はさらっと返す。
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「どういう意味だ」
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少しの沈黙のあと。
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空がぽつりと言う。
「……でもさ」
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二人が見る。
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「なんか、楽しい」
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その一言。
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海が、ほんの少しだけ柔らかく笑う。
「そうだな」
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陸も、小さく頷く。
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その瞬間。
ふと、重なる。
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三人で並んでいた記憶。
でも、今は――
ちゃんと続いている。
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閉店後。
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「写真、撮るぞ」
海がスマホをセットする。
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「なんで仕切ってんだよ」
陸が言う。
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「記録は残すべきだろ」
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三人並ぶ。
メイド服のまま。
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「……一生の黒歴史だな」
空が呟く。
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「どうせなら綺麗に残せ」
海が言う。
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タイマーが光る。
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「ほら、ちゃんと笑え」
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その一言に。
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空が笑う。
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陸も、少しだけ口元を緩める。
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カシャッ。
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完璧とは言えないけど。
自然な一枚。
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「……悪くないな」
海が画面を見る。
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「だな」
空が覗き込む。
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陸も、静かにそれを見る。
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誰も欠けていない写真。
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「また撮ろうぜ」
空が言う。
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海が頷く。
「何度でもな」
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陸も、短く。
「……ああ」
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今度は、消えない。
今度は、終わらない。
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三人で積み重ねていく、ただの思い出。
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それが一番、大事だった。
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