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rui
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80 ◇あなたのために何かをするのはもうやめる
「家政婦がいなくなったからって、やめて。
はっきり言うけど、もう愛のないあなたの衣類を洗濯するのも、食事を作るのも 嫌なの。
整理整頓に時間を費やして部屋をきれいにすることも……何もかもあなたの
ためにすることは全部したくないの」
「そんなに俺って嫌われてたのか?」
「自分のしたことを振り返ってみて!
妻の話にはいつもうわの空で、若い部下とのメールでの甘い遣り取りだけに
夢中になっているような夫を、どうしていつまでも妻が好いているなんて思えるのか
逆にこっちが聞きたいくらい」
『いけない、だんだん興奮してきちゃった。
落ち着こう、こんなおっさんの言うことなんて適当にスルーだよスルー』
「体調でも悪いのかと思って来てみたけれど、いつまで経っても自分のことだけしか
考えていないようだから、私もう帰ります。
できるだけ早く離婚届に判子を押してくださいね」
「いやいやいや~、まだ話が終わってないから……頼むよ。
家のことは、洗濯や食事それに掃除とか何もしなくていいから、俺が
するから帰ってきてほしい」
そう言いながら夫は私の腕を掴んで離さない。
そこへ、次男が上手い具合に帰宅したため、夫は私の腕から手を放すしかなかった。
それで私はそそくさと玄関に向かった。
「あれ、あれ、かあさん来てたんだ。
もう帰んの? 後でご飯食べに行くから僕の分もお願い~」
私は頷いただけで声を発せず家を出た。
10年前の遠い日を想い、胸がチクリとした。
あの日の私が経験した痛みなど夫が知ることは一生ないだろう。
そして、今の夫のかなりズッコケた感半端ない彼の胸の痛みもまた、
私が知ることはないだろう。
めそめそ泣けるなんて、演技がかっているし、いうてそれほどの悲しみでも
ないのだろうと推察される。
浮気をして土下座するような人間は信じるに値しないらしい……と聞いたことが
あるけど、ほんとうにそう。
私は夫の引き止める姿に何の感傷も湧かなかった。
それほど自分の夫から受けた心の傷は、深かったのだろうと思えた。