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81 ◇あっけない別れ [由香61才:美代志40才]頃
─正義が由香の元を訪ね、家に帰ってきてほしいと泣き落としをした日から
それぞれの暮らしが穏やかに過ぎてゆき、更に11年の年月が流れ─
その後、美代志が由香の元へ結婚相手を連れて来ることはなかった。
そして、仕事終わりに帰る道中、外国人酒気帯びドライバーの乗用車に
はねられ、美代志があっけなく亡くなってしまう。
◇ ◇ ◇ ◇
由香は通夜で夜通し泣きどおしだった。
美代志の死を嘆き悲しむ由香に正義が慰めの言葉を口にする。
「悲しいのは分かるけど、あんまり嘆きすぎると身体に障るよ?
それに――― 俺がいるじゃないか!」
俺は妻の悲しむ姿が見ていられなくて慰めの言葉を掛けた……。
俺の言葉を聞き妻が顔を上げて俺のことを見た。
その妻の顔を見た時、俺は自分がどのような表情をすればいいのか? 気持ちが定まらず
、顔の表情が歪むばかりで安定した表情が作れなかった。
こんなことは生まれてはじめてだった。
妻からの無言の言葉、それは――――『何を言っているの? 気は確か?』
というものだった。
必要とされてなくて……俺の存在価値はないようだ。
俺では今の彼女の悲しみを払拭することができないということだけは分かった。
そして、妻のそんな空気を纏う様子がとても悲しかった。
自分が亡くなっても、それほどに妻が悲しんではくれないというのが
分かっているからだ。
嘗ては自分が妻から与えられていた大きな愛は、亡くなった美代志のものとなって
しまったことを改めて知る。
妻は、子供がいなければ彼の愛を受け入れたかもしれないな、と
この時思った。
◇ ◇ ◇ ◇
妻からの愛を貰えなくても、その後正義は毎日のように妻の家を訪れた。
手作りのケーキやクッキーなどを持参して。
毎日のように仏壇に向かい、妻は美代志に語り掛ける。
愛のささやきのように。
実際は普通に『あちらで元気でいてください』とか『あなたと出会えて幸せだったのよ』とか
話しているだけなのだが、夫からすればそれは彼に対する愛のささやきに聞こえるのだった。
「今度来世で会えたらいいね」と由香が話すと、正義は珍しくそれに続いた。
「俺も来世で絶対由香に会いたい。次は絶対裏切らない。絶対、約束する」
「……」
相変わらず妻からの反応はない。
しかし、ことあるごとに正義は自分の気持ちを妻に伝えるように心がけてきたし、
これから先も、口に出していくつもりだった。
それが正義の由香に対する誠意ある謝罪だった。
rui
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