コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
身も心も癒されていると、突然扉が開いた。
「愁、朝ご飯が出来たぞ。先輩ちゃんと一緒に食べ――」
親父だった。
さきほど、さり気無くラインしておいたのだが、まさかの最悪なタイミングで踏み込まれた。ていうか、ノックくらいしろよ! マナー的に!
「「…………」」
俺も先輩も固まるしかなかった。
それもそうだ。女の子を連れ込んで二人きりで――しかも、俺は先輩のお腹の上で猫のようにゴロゴロ。ギリギリアウトなシチュエーションだ。
かなり気まずいが、それは親父も同じ。
「――あぁ、なんだ……スマン」
壊れかけたロボットのように謝罪すると、親父は扉をそっと閉めた。
絶対に誤解されたな……。
あとでどう言い訳したものか。
「すみません、先輩。離れますね」
俺はそっと離れた。だけど、先輩は涙目になりながら頬を深紅させていた。……あ、やっぱり気にしているんだ。俺も親父と顔を合わせ辛いけどな。
「……っあぁぁぁ、どうしよう」
「せ、先輩!? 動揺しすぎです。落ち着いてください」
「だ、だって……愁くんとあんな風に密着していたの見られたんだよ。恥ずかしくて死んじゃいそうだよ……」
「ま、まあ……親にも俺と先輩は恋人同士だって認識させる必要はあったんじゃないですか。ほら、これからお店で働くとなればお客さんの中から先輩を狙う人が現れるかもです。だから、さっきのは……嬉しかったっす」
「それならいいけど、本当に良かった?」
「構いません。ほら、朝食を食べいにいきましょ」
俺は先輩に手を貸す。
ようやく納得した先輩は俺の手を握り、立ち上がった。
親父に悟られようが、俺たちの関係は変わらない。変わらせない。この“恋人のふり”を続けていく。いつか本当の恋人になる為に。
* * *
親父の作った『エッグベネディクト風トースト』と『モーニングコーヒー』の朝食セットをいただき、腹を満たした。
さすが親父……料理の腕は一級品だ。
「とても美味しかった。愁くんのお父さん、凄いね。プロみたい」
「あれでも昔はラーメン屋の大将をしていたんですよ」
「えー! なんか凄いギャップだね。だって、今は異世界の喫茶店をやってるし」
「よく言われるみたいですよ。……さて、先輩。今日はどうします? 親父はバイトするならしてもいいし、好きにしろとのことです」
「そんな適当でいいの!? シフトとか」
「今日は母さんもいますし、九十九さんも午後から出勤しますからね」
「そっか。でも、うーん……同棲の為だからね。がんばろう」
「分かりました。俺も先輩と住む為にバリバリ働きます」
決まりだ。
今日も『冒険者ギルド』でバイトだ。
土曜日だから、それなりにお客さんは来そうで忙しそうだけど、店の為になるし、俺と先輩の目標にも迫れる。
そもそも先輩と一緒に過ごせる。
なんだ、メリットだらけじゃないか。
「がんばろう、愁くん」
「はい。では、着替えてきます!」
俺は、更衣室へ向かい執事服に着替えた。
カウンターへ戻ると、ギルドの受付嬢――もといメイド服の先輩が立っていた。
「おぉ! 愁くんの執事服、今日も決まってるね~」
「先輩もミニスカのメイドさんがとてつもなく可愛いです。これを知らない男共に見られると思うと、俺はちょっと胸が苦しいですが……」
「褒めてくれてありがと。大丈夫だよ、愁くんにはシスター服を見せてあげてるでしょ。あれはお客さんとして来る時か、愁くんにしか見せないって決めたから」
マジか!
その言葉だけでも嬉しい。
仕方ない……メイド服はみんなの希望であり、漢のロマンだ。誰しもが平等に拝謁する権利を持つ――いわば神器。
この高火力武器を使わなければ集客なんて見込めない。先輩の“可愛い”が冒険者ギルドの赤字を救ってくれるだろう。俺はそう確信している。
「今日もバズらせてやりましょう」
「そうだね。わたしのツブヤイターも使うよ」
「先輩、あれからフォロワー何人増えたんです?」
「えっとね、八百人かな」
「は、八百!? めっちゃ増えてるじゃないですか」
「おかげさまでね。リプっていうのかな、あれも凄い数来てるよ」
「返信ですね。どんなのです?」
「尊いとか好きとか変な画像が貼り付けられていたりかなー」
うわ、分かるー…。バズってるリプ欄って大体そんな感じだよな。
しかしマズいな。先輩の知名度がどんどん上昇している。このままでは、ちょっとしたアイドルになってしまう。
ただでさえ、牧田事件があった今日この頃。
これから先が心配だな……。
不安を感じていると、店がオープンした。
早々、お客さんが来店。
――まて、十時開店でもうこんなに!?
開店前から、もう多くのお客さんが並んでいたようだ。……気づかなかった。
どんどん埋まっていく客席。
これは……忙殺の予感しかない。
「予想外の来客数ですね、先輩」
「しゅ、愁くん……いきなり大変になりそうだよ」
カウンターでぼうっと立ち尽くす俺と先輩。
先輩が不安すぎたのか俺の手を握ってきた。
……がんばるしか、ない。