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アサシンは弟に恋をする

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アサシンは弟に恋をする

1 - #1 久しぶりの空気 待って文字数6666!?

♥

27

2025年06月10日

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瑠璃がトイレから戻ってきた頃、渚はすでに制服に着替えていた。カーテンを開け放った部屋には朝日が差し込み、いつものE組への一日が始まろうとしている。


「おかえり、瑠璃。準備、いっしょにしよ?」


渚がそう声をかけると、瑠璃はこくりと頷いて、静かにクローゼットへ向かう。制服のシャツに手をかけるしぐさも、どこか丁寧で繊細だった。


「ボタン、合ってる?」


隣から覗き込むようにして渚が聞くと、瑠璃はわずかに頬を膨らませる。


「……子ども扱い、しないで」


「えっ、違うよ? 子ども扱いじゃなくて、恋人扱い……かな?」


「……そういうの、朝からは恥ずかしい」


「僕は瑠璃だから言えるんだよ〜。照れてるの、可愛いし」


渚が笑いながら言うと、瑠璃は何も言わずにネクタイに手を伸ばす。だけど、ほんの少し手間取っているのがわかった渚は、そっと近づいてきて、背後から手を伸ばした。


「貸して、結んであげる」


「……ん」


瑠璃は少しの間だけ目を閉じて、されるがままに身を任せた。渚の指先が器用にネクタイを結びながら、瑠璃の首元にふわりと息がかかる。


「……できた。うん、ばっちり」


「ありがと」


瑠璃の声は小さかったけれど、確かにそこには温かい気持ちが滲んでいた。

二人でカバンを手に取り、家を出る準備を整える。


「今日も、一緒にがんばろうね。瑠璃」


「……うん。渚がいれば、平気」


ドアを開けた先には、いつもと変わらない通学路。

でも二人にとっては、確かに少しだけ特別な一日が始まっていた。






満員とは言わないまでも、朝の通勤・通学時間帯の電車は、それなりに人で賑わっていた。アナウンスの声、ガタンゴトンという音、他人の視線――


瑠璃にとっては、どれもが静かに神経を削る要素だった。


ホームから電車に乗り込んで間もなく、彼の体はほんの少し震えていた。

無意識のうちに、すぐ隣にいる渚の腕にそっと手を伸ばし――


「……好き」


ぽつりとこぼれた声とともに、瑠璃は渚の腕をしっかりと掴み、そのまま顔をうずめた。制服の布地の向こうで、彼の呼吸が小さく揺れている。


渚は驚いた表情をしたものの、すぐにふわりと目元を和らげた。

瑠璃にとって今日は久しぶりの登校。外の空気も、他人の存在も、慣れるにはまだ少し時間がかかる。


「……大丈夫だよ、瑠璃。僕がいるから。ずっと隣にいるからね」


渚はそう囁くと、そっと自分のカバンを移動させて、瑠璃との間に少しでも余白を作る。人にぶつからないよう、守るように。


「無理しなくていいよ。学校でも、つらくなったら手、繋いで逃げよ?」


「……うん」


くぐもった声でそう返す瑠璃は、渚の腕に顔を埋めたまま、ぎゅっと力を込める。

その小さな手の強さに、渚は心の奥がぎゅっとなるのを感じた。


「よし……じゃあ、今日もゆっくり、二人でがんばろ」


電車の揺れに合わせて、二人の距離はさらにぴたりと寄り添う。

誰も気づかないような小さな世界の中で、渚は瑠璃を守るように立ち続けていた。



椚ヶ丘中学校――

その本校舎から遠く離れた森の奥に、ぽつんと建つ古びた旧校舎。

そこが、成績不振や素行不良などの“問題児”が集められた落ちこぼれクラス――「E組」の教室だった。


急な坂道と長い階段を越えたその先にあるため、通うだけでも体力がいる。

渚にとっても大変な道のりだったが、体力にあまり自信のない瑠璃にとっては、まさに小さな登山だった。


「はぁ……はぁ……」


朝の森を抜け、階段を登りきったところで、瑠璃は額にうっすらと汗を滲ませながら立ち止まった。息を整えようと、ゆっくりと呼吸を繰り返す。


その様子に、すぐそばの渚が駆け寄る。


「瑠璃、大丈夫!? ちょっと休もうか?」


「……ううん。僕、平気……だと思う。ちょっとだけ、疲れただけ」


顔色こそ悪くはないが、その声には少しだけ無理があった。

そんな瑠璃の手を、渚はそっと握る。


「……いいんだよ。無理しなくて。僕は、瑠璃のペースでいいと思ってるから」


その言葉に、瑠璃は黙ったまま渚の手を見つめ、そっと頷いた。

繋いだ手の温度だけが、静かに心を溶かしていく。


やがて、二人が旧校舎の扉を開けると――


「おーっす、渚ー! あれ、珍しく今日は弟くんも一緒か?」


「うわ、ほんとだ。渚の弟くんだ〜!ひさしぶり!」


中にいたE組の仲間たちが、パラパラと集まってきた。

大声を出す者もいれば、照れくさそうに手を振る者もいて、皆それぞれのスタイルで瑠璃を歓迎してくれる。


その中には、あのヌルヌル動く黄色い超生物――殺せんせーの姿も。


「おやおやぁ〜! 潮田くんの弟くんが本日ご登校〜!これはこれは、殺せんせーうれしくて時速マッハ20で黒板を掃除しちゃいま〜す!」


「……うるさい」


ぽつりと瑠璃がつぶやくと、E組の誰かが「言ったー!」と笑い出す。

瑠璃はそれでも渚の隣を離れず、静かに教室の中へと足を踏み入れた。


渚がそっと耳元で囁く。


「……おかえり、瑠璃」


「……ただいま、渚」


E組の一日は、ゆっくりと、でも確かに動き出していた――




教室に足を踏み入れた途端、まるで待ってましたとばかりに、何人ものクラスメイトが瑠璃のもとへ駆け寄ってきた。


「おぉ〜!潮田の弟、久しぶりだなー!」

前原が声を張り上げて手を振ると、すぐ隣で岡島がニヤニヤしながら乗っかる。


「なーなー、元気してた?っていうかさ〜、今の髪型、ちょっと可愛くね?てか女子より可愛くね!?」


「お前それ前にも言ってたろ。つーか瑠璃ってさ、絶対モテるよな〜、この見た目で無口で中性的とかさ〜!なあなあ、オレの妹にも紹介してくれよ!」


と、今度は寺坂がやたらテンション高く肩をバンバン叩こうとする。


――わちゃわちゃ

――ガヤガヤ

――ドンッ(寺坂の大きな声)


瑠璃の目の端が揺れる。視線は定まらず、口が小さく開いたまま声が出ない。


「…………」


目の前のにぎやかな波に飲まれそうになって、瑠璃はほんの一瞬、両手を上げかけた。耳をふさいでしまいそうになるその寸前――


「ストーップ!!!」


渚の声がピシャリと響いた。


「ちょっと!前原くん、岡島くん、寺坂くん!やりすぎ!」


渚が瑠璃の肩にさっと腕を回して、その体をかばうようにして立ちはだかる。


「瑠璃、久しぶりの登校なんだよ。外と人混みも苦手なの、知ってるでしょ。急に囲んだらびっくりするに決まってるじゃん……!」


渚の声に、周囲の3人も「……あ」と小さく息を飲む。


「わ、悪ぃ……」「ちょっとテンション上がっちまって……」「ごめん、瑠璃!」


渚はそっと瑠璃の耳元に顔を寄せて、小さく囁く。


「大丈夫。もう、静かになるから。僕がいるよ」


瑠璃は渚の制服の袖をぎゅっと掴んで、小さく頷いた。

渚のぬくもりが、ざわついた胸の奥を静かに落ち着かせていく。


殺せんせーも、ホワイトボードの前でスッと口を開いた。


「ふむふむ、E組諸君! 慣れていない子には、やさし〜く、そっと声をかけるのが愛というものですよ〜。さぁ、今日はみんなで“やさしさスキル”の特訓といきましょうか〜!」


「それ絶対テストに関係ないだろ!」


「ふっふっふ、授業はすべて生きる術につながるのです〜」


そんなふうに、E組の朝は、いつもどおりにぎやかに、でも少しだけやさしく始まった。





ガララッ――


その瞬間、教室の空気がわずかに変わった。

ドアが開いた音とともに、赤みがかった髪がふわりと揺れる。


「よう。おはよ〜、みんな」


朝の日差しを背負って現れたのは、赤羽業。

どこかけだるげで、それでいて鋭さを感じさせる独特の雰囲気をまとっていた。


「カルマ〜、遅いぞー!」「寝坊か?」「朝メシ食った?」


教室のあちこちから声が飛ぶ中、カルマの視線はすぐに――ある一点で止まった。


教壇の近く、渚のそばで所在なさげに立っていた瑠璃。


「……あれ?」


カルマの口元に、ふっといたずらっぽい笑みが浮かぶ。


「るり じゃん。マジで久しぶりじゃん、元気してた?」


その言葉とともに、気づけばカルマは瑠璃の背後へと回り込み――


「よっ、おかえり〜」


ふわり、と。

背中からそっと、優しく、でもしっかりと瑠璃を抱きしめた。


「……っ」


瑠璃の体がぴくりと震える。突然の接触に驚きつつも、カルマの声にどこか懐かしさを感じていた。

1年の頃から、ちょっかいをかけつつも気にかけてくれた相手。

他の誰よりも距離感が近く、それでいて不思議と苦手には感じなかった。


「カルマ……」


「ん? なになに、そんなびっくりした顔して〜。オレが急にイケメンになってたとか?」


「……なってない」


「ひっでぇ〜〜〜!」


渚が即座に割って入った。


「カルマ、急に抱きつくのやめてよ!瑠璃、びっくりしてるでしょ!」


「え〜? でも仲良しじゃ〜ん。瑠璃、イヤだった?」


瑠璃はしばらく黙っていたが、やがてぽつりと口を開く。


「……びっくりした。でも……カルマなら、いい」


その一言に、カルマはふふっと笑みを深めた。


「へぇ〜、そっか。じゃあ今度からは前から抱きつくことにするね〜」


「それはダメ」


即答だった。


「お〜、ちゃんとツッコミできるくらい元気じゃん、良かった良かった」


渚は心配そうに見つめていたが、瑠璃の表情が少し和らいでいることに気づいて、ほんのり微笑んだ。


カルマはそんな瑠璃の頭を軽くポンと叩くと、自分の席に向かいながら振り返って言った。


「ま、また前みたいに、のんびりやってこうぜ。な?」


その声に、瑠璃は――小さく、でも確かに頷いた。





朝の騒がしさが落ち着き、1時間目の授業が始まるまではまだ少し時間がある――

そのわずかな隙を縫うように、赤羽業はまるで“遊び道具”を見つけた猫のような目で、瑠璃を狙っていた。


「る〜り〜、こっち来て〜。ちょっと試したいことあるんだよね〜」


「……なに?」


「あ、何もしないよ?ちょっとだけだから、ね?」


にやにやと笑いながら、カルマは瑠璃の腕をつかんで、すっと立ち上がらせる。

その瞬間――


「わっ……!?」


ひょい、と。


「お姫様だっこ〜〜〜!」


「…………っ!?」


気づけば瑠璃の体は宙に浮き、あっという間にカルマの腕の中に収まっていた。教室内に「えぇ〜!?」「ちょ、おまえ何してんだよ!」「姫じゃん!」という驚きと笑いが広がる。


瑠璃の顔は真っ赤。

けれど声が出ない。小さな体は固まったまま、恥ずかしさと驚きでぴくぴくしている。


「いや〜、軽いな〜。さすが潮田家の妖精くん? 渚より持ちやすいかも」


「なっ……!」


その時――渚の顔がこわばった。


「……カルマ、やめてよ」


声は静かだったが、微かに震えている。


「ん? なにが?」


「瑠璃、困ってるじゃん。そういうの、やめてって言ってる」


「え〜?困ってるっていうか、固まってるだけでしょ〜?可愛いから写真撮っとこうっと。はい、こっち見て〜るーり〜」


「カルマ!!」


珍しく渚が声を荒げた。


その瞬間、教室内の空気がピリリと緊張に包まれる。

瑠璃も、カルマの腕の中でそっと渚を見上げた。


渚の目はまっすぐカルマを見ている――その奥にあるのは、怒りと……そして、どうしようもない嫉妬。


「……瑠璃は、僕の弟だよ。……僕が大事にしてる家族なんだ。勝手に触んないでよ」


それは静かだけど、明確な拒絶だった。


カルマは一瞬だけきょとんとした顔をしてから、少しだけ笑った。


「……あれ? 渚くん、もしかして、ヤキモチ?」


渚は返事をしなかった。ただ、瑠璃の手を取って、そっと引き寄せる。


「もう……いいから。行こ、瑠璃」


「……うん」


瑠璃も、どこか気まずそうに目を伏せながら、渚の後ろにそっと隠れた。


カルマは、渚の背中を見つめながら肩をすくめる。


「……あ〜あ、やりすぎたかな。……ま、可愛い子はいじりたくなるんだよね」


その呟きが、誰に届いたかはわからなかった。


ただ、教室にはしばらくのあいだ、珍しくぴんと張った沈黙が流れていた――




それからというもの、渚の“弟ガード”は明らかに強化された。


教室の中でも廊下でも、瑠璃がちょっとでも誰かに話しかけられそうになると――

すっ、と渚が現れる。


とくに相手がカルマとなれば、話は別だった。



その日も昼休み、カルマが何気なく瑠璃に近づこうとした瞬間――



「――来ないで、カルマ」



「えっ、何その即ブロック?」


瑠璃の机の横に立ったカルマは笑いながら手を上げるが、その前にぴたりと立ちはだかった渚の眼差しは、冗談の通じる空気ではなかった。


瑠璃の手を取り、席を立たせ、ふわりと自分の胸に抱き寄せて――



「僕の、だから」



そう、静かに、でもはっきりと断言した。


教室中が「うわ、まただ」とざわつく中、カルマは苦笑しながら頭をかいた。



「いや〜、渚くんさぁ、過保護すぎない? もう瑠璃が嫁に行けない体になってるんだけど」


「行かせる気ないから」


即答。目も逸らさず、キッパリと。


「……はぁ〜〜〜〜〜〜〜(長いため息)」


カルマは椅子にドサッと座り直し、両手をあげて降参ポーズ。


「わかった、今日は大人しくしてる。けどさ〜、瑠璃が『いいよ』って言ったら抱きしめてもいい?」


渚の目がぎらりと光る。


「言う前に君が消えると思うけど」


「えっこわっ!? 殺せんせーより怖いよそれ!」



一方で、渚にぴたりとくっつかれながら瑠璃は――


「…………」


無表情のまま、ほっぺがほんのり赤い。


もはや何も言えずにいる瑠璃のその反応も、渚の過保護スイッチにさらに拍車をかけるのだった。



教室の一角では、奥田や茅野がひそひそ。


「ねぇ、あれってもう付き合ってるレベルじゃない?」


「というか、渚くんの執着がすごすぎて、見てるこっちが息詰まるんだけど……」


「瑠璃くん、逃げて〜……いや、逃げる気配ないね……」



――今日もE組は、ほんのり甘くて騒がしく、特別な空気に包まれていた。



渚の腕の中、すっぽりと包み込まれるように抱きしめられながらも――

瑠璃の小さな手が、そっと動いた。



「……?」


不思議に思って渚が視線を落とすより早く、瑠璃の指先が渚の頬にふれる。



「……瑠璃?」



瑠璃は静かに、ゆっくりと渚の頬を両手でつかみ、強くはないが逃げられない程度の力でこちらに向けさせた。

目と目が、ぴたりと合う。


その瞳は、どこまでも澄んでいて、けれどその奥には淡く火が灯っていた。



「……僕も……男の子、だからね……?」



その声は小さくて、でも確かに通る。

周囲のガヤガヤとした教室の音が、まるで遠ざかっていくようだった。


渚の目が見開かれる。



「えっ……あっ……うん……えっ、あ、うん!?」



――その顔が、一気に真っ赤になった。


今まで瑠璃を“守るべきもの”“守られる存在”だとばかり思っていた渚にとって、その言葉は思いがけない角度からの直球だった。


「ま、まって、それって……な、なに!? 僕……その……」


うろたえる渚の表情を見て、瑠璃はふふ、とほんのわずかだけ微笑む。


渚の手の中にいるのに、なぜか少し上から見下ろされているような、不思議な感覚。



「……僕も、守るよ。渚のこと」



――ぐさぁぁぁぁぁっ!


渚の心に、破壊力バツグンのセリフが突き刺さる。



「瑠璃……っ! なにその男前すぎる台詞!! も、もう僕どうしたら……!」


渚は顔を手で覆ってしゃがみ込んだ。


その横で、奥田がポツリと。


「……瑠璃くんって、無自覚タラシだよね」


茅野もこくこく。


「将来えらいことになるタイプだ……」



一方、渚は膝を抱えながらぽつり。


「……僕、弟に恋しそうなんだけど、これどうしよう」



その呟きは、誰にも届かないようで――


でも、瑠璃だけが、ほんのり耳を赤く染めていた。









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