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その週の金曜日に私は、先生に言われたことをそのまま如月くんに伝えた。
「…卒業してほしいって?」
彼は静かに呟く。その声はどこか乾いていて、感情が抜け落ちているようだった。
「うん…」
彼はしばらく黙っていた。そして、ぽつりと呟くように言った。
「みんな、俺のこと天才だとか才能があるとか言うよね」
私はその言葉に、胸の奥がギュッと締めつけられる。
「そんなこと言われても、俺には関係ないのに。才能があるから学校に行くべき? 卒業しないとダメ? そんなの…俺の気持ちなんて、誰も考えてないじゃん」
彼の声は次第に震え始め、抑えていた感情が溢れ出すようだった。
「俺だって…ずっと苦しかった。努力しなきゃ、期待に応えなきゃって思って。でも、できなくなったんだよ。朝起きるのも、何かをするのも、ただ生きることすら辛くなって」
彼は拳をぎゅっと握りしめた。
「帆乃さん、俺さ…」
彼の声が一瞬、そこで止まる。
まるで言葉を探しているようだった。
そして、少し間を置いて、静かに告げる。
「鬱病なんだ」
「え…」
思わず息を呑んだ。心臓がドクンと跳ねる。言葉の意味は分かるのに、頭がついていかない。
「帆乃さんには言っておこうと思って…」
私はそっと如月くんの手に触れた。
彼の手はほんのり温かかった。
「ありがとう」
その言葉を口にした瞬間、胸の奥がじんわりと熱くなった。私はようやく、如月くんが一人で抱えてきたものを知れたから。彼が勇気を出して話してくれたこと、その重みが心に響く。
「私は、如月くんの“才能”とかじゃなくて、如月くん“自身”を見てるよ。だから、無理に期待に応えようとしなくていいし、誰かの理想にならなくてもいい。如月くんがどうしたいかが、一番大事だから」
彼の瞳が、ほんの少しだけ揺れた。
「それにさ、私も先生からこのこと聞いた瞬間すごくイライラした。だって、如月くんの気持ち全然考えてない。才能があるから卒業しろって? 学校の実績のために如月くんが利用されてるだけなの本当に腹たつ…!」
それまで溜めていたものを吐き捨てるように言った。
「あんな風に如月くんの気持ちを軽く見てさ、これだから学校は好きになれない…」
彼は驚いたように私の顔を見つめた。
「帆乃さん、学校嫌いなの?」
「嫌いっていうかなんていうか…私も中学の頃色々あって…」
ダメだ…
自分の気持ちを言おうとすると、喉が締め付けられて涙が出そうになる。
私は涙を隠そうと横を向いた。
胸の奥が苦しくなる。まるで、中学の頃の自分がよみがえってくるようだった。
あの時、私は誰にも本音を言えなかった。学校に行けなくなった理由も、ただ笑って誤魔化していた。でも、本当はずっと助けてほしかった。誰かに自分の気持ちを気づいてほしかった。
「ごめん…今は言えない…でも、如月くんに聞いてほしいからいつか絶対言う」
「うん」
彼は小さく頷いた。
今はただ、静かな時間が流れていた。
「帆乃さんはさ、俺が退学するの嫌?」
「私は、退学してもいいしどっちでもいいと思う。でも、退学したら寂しいかな…」
「そっか」
そう言うと頬を緩ませた。
「あ、絶対私の意見だけで決めないでね! 如月くん自身がどうしたいかだからね!」
「分かってるって。でも、帆乃さんそんな風に思っててくれてたんだ」
彼は意地悪そうにニヤッと笑った。
「そ、そんなんじゃないもん…」
私は熱くなった頬を隠すように手で覆った。