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大きな大きな1本の樹木。
永遠とも言える年月を経て、その1本は世界となった。
踏みしめるは無限に生い茂った瑞々しい枝葉。辺りを照らすは木漏れ日と水による優しい光。
植物による植物だけの世界。動物という外からの刺激は、この世界に何をもたらすのか───
転移が完了し、光が無くなる直前。パフィは興奮するアリエッタを少し落ち着かせようと、鞄を開いてジュースを与えていた。鞄にはおやつ、ジュース、画材といった物が入っている。まるでピクニックである。
ジュースを差し出されたアリエッタは少し冷静になって考えた。
(そういえばこれって転移だよね。じゃあ何処に出るか分からないから、警戒しないといけないんじゃ? よーし、ぴあーにゃを守るぞ!)
せっかく冷静になったのに、途中から再度興奮状態になってしまった。ポーチを開き、ゴソゴソと筆を取り出そうする。
その時、転移の光が完全に消え、シーカー達全員が、周囲の光景に目を奪われていた。
「あっ」
「え?」
アリエッタの声に、パフィが反応。心配そうに屈んだその時、
ぶばぁっ
『どわーーーーっ!?』
アリエッタの場所から人のいない方向に向かって、色のついた水が勢いよく噴出した。シーカー達が全員驚いて叫んでいる。
水は緑色の地面から大きくはみ出し、下に落ちていった。
「ななななナニゴトだっ!?」
警戒するピアーニャ。なんとか気を取り直して武器を構えるシーカー数名。いきなり近くで起こった謎の現象に、多くの者が動けない。
すぐに水の勢いは収まり、辺りには甘い匂いが漂う。
パフィが気まずそうに全員の方を向き、ペコリと頭を下げた。
「ごめんなのよ。ちょっとジュース零してしまったのよ」
『どんな零し方!?』
まるで水の攻撃魔法のような零し方に、シーカーの殆どからツッコミをもらってしまった。
「あー、やっちゃった?」
「やっちゃったのよ。ほら、アリエッタもごめんなさいするのよ」
「……ごめさない」
「あーっと、うん、意味わからん……」
「えっ、いつもこんな感じなんですか?」
流れるように少女に謝らせたパフィを見て、様々な反応が返ってくる。隣にいる総長も呆れた顔で見ているだけなので、これは彼女達の日常なのだろうと、困惑せざるを得ないようだ。
ラスィーテ人なら今の零し方もしてしまうかもしれない。そう強引に自分を納得させたシーカー達は、気を取り直して周囲を改めて見る事にした。今は理解出来ない事を問い詰めるより、新しいリージョンを堪能する事を選んだのである。
今起こった事を忘れたいかのように、パンパンと手拍子が鳴り、男の声が響き渡る。
「よーし注目! 総長からこの場を任されたバルドルだ! まずは全員でこの周辺の調査をする!」
リージョンシーカーニーニル支部のバルドル組合長である。何があっても対応出来る程度の実力がある…のは建前で、声が大きく無駄に迫力があるという理由で、現場監督として駆り出されたのだ。
「この場所から見える範囲まで動く事を許可する! 決して戻れない場所へは行くな! 危険と判断したらすぐに人を呼べ! 分かったな!」
『はい!』
「そしてミューゼオラ、パフィ、ムームー、ラッチはこのまま残るように! では作業開始!」
『はい!』
シーカー達は地面を踏みしめるように各々の思う方向に歩き、すぐに足を止めた。足場が無くなったからだ。
「やはり、これは葉の上か……」
「でっけぇなぁ。家何軒建つんだよ」
「おい見ろ。道かと思ったら、ただの枝だぞ」
「あの玉は何かしら?」
転移してきたのは、1枚の葉の上だった。空は見えないが、木漏れ日と浮いている玉のお陰で、かなり明るい。
このリージョンに初めてやってきた面々は、見える全てに興味を示し、慎重にこの場を離れていった。翼や脚力を使って葉を飛び移る者、無難に枝に渡り歩く者、方法は様々である。
半数以上が葉の上から離れたのを確認し、バルドルは3人の手伝いと共に、この場に簡単な拠点を構える作業に入る事にした。少し心配そうに総長達の方を見ながら。
「とりあえず、ジュースのしまつはおわったか?」
「もう大丈夫なのよ。両方ちゃんとフタしたのよ」
「一体何がどうなって、ジュースどばぁになったリムか?」
「説明はするけど、その前に……」
ラッチに聞かれたミューゼは、チラリと横に視線をずらした。
髪をツインテールにした絶世の美少女が立っている。肌は青白く、丸い尻尾がついている。衣装もミューゼ達と同じ、色違いの『アイドルのようなウエイトレス衣装』である。この服は新作の試作品なので名前はつけられていない。
「ショウカイするぞ。こいつはムームー。みてのとおり、アイゼレイルじんで、ルイルイの……ミウチだ」
何かを飲みこむようなピアーニャの紹介に少し眉をひそめる一同だったが、紹介された本人の挨拶を見て、そんな気分は吹っ飛んだ。
「初めまして。ムームーです。姉のルイルイが世話になっています」
そう言うと、短いスカートを指で摘まみ、綺麗なカーテシーをしてみせたのだ。
「えっと、初めまして。ミューゼです。とりあえずテリア様を蹴落として、貴女がお姫様になりませんか?」
「オマエはいきなりナニをいってるんだ?」
「分かるのよ。本物の王女より遥かに王女っぽいのよ」
「うむ。ストレヴェリー様の言う通りリムよ」
(この人、別の世界のお嬢様かな?)
「………………」
ピアーニャは否定しようと思ったが、言葉にする事は出来なかった。見た目と所作のせいで、心の底から納得してしまったからである。
「ルイルイからはどこまで聞いてるのよ?」
「えーっと、アリエッタちゃんとエルトフェリアについては、大体聞いてるけど」
「良いのよ?」
「うむ。わちとテリアとロンデルでカクニンした。まさかシーカーにこんなジンザイがいるとはおもわなかったが」
ムームーはパフィより少しだけ年上で、シーカーとしても先輩になる。ベテランという程ではないが、実力的には申し分無いとのこと。
勿論、アリエッタの事は可能な限り秘密にするという方面でも、信用に値すると判断されている。その時の事を思い出し、ピアーニャは少し沈痛な面持ちになっていた。
(コイツは、アネにはゼッタイにさからえない。かわいそうなくらいにな……)
先日姉に笑顔で忠告された時、ムームーの目が死んでいたのに気づいてしまったピアーニャ。申し訳なく思いながらも、これ以上の適任はいないと考え、新たな犠牲者に組み込んだのだった。
「これからよろしくなのよ」
「うちに来たらいつでもお姉さんに会えるからね」
「う、うん……そうだね」
「そういえばその服も、ルイルイさんに作ってもらったリムか? お揃いにしてくれるとは、妹思いだリムな」
ピアーニャは見逃さなかった。ムームーの目から光が消え、目を逸らしたのを。そして、期待に満ちた目で見つめる。
(まちがいない、こいつはフコウではないがクロウニンだ。すまんが、わちのナカマになってもらうぞ。ぜったいにな)
悲しい仲間認定をしている目の前で、ミューゼ達がアリエッタにムームーの事を教え始めた。
「むーむー、こにちあ。あたし、アリエッタ、なまえっ」
「うんうん、よろしくねー」
アリエッタの挨拶に、傍で見守っているパフィも笑顔。ではなく、驚愕の顔になっている。
すぐに慌ててミューゼに詰め寄った。
「ちょっと! なんでアリエッタが自分の事『あたし』って言ってるのよ!」
「さ、さぁ」
困惑しつつも、ミューゼの顔はニヤけている。というのも、アリエッタに「あたし」という一人称は教えた事が無いのだ。つまり……
(いつもミューゼにくっついてるから、かんぜんにエイキョウうけてるな。パフィがシットするわけだ)
(よし、「あたし」は『I(私)』と同じで間違いない。会話にまた一歩近づいたぞ!)
本当の子供のように、見ている相手の影響を受け、会話を覚えていく。
しかし、自信満々に覚えた言葉が、ここでは一般的に女の子の自称として使われやすいものだという事を、少女はまだ知らない。
そんな和やかな挨拶も終わり、ピアーニャは気になっていた事を問いかける。
「で、けっきょく、あのジュース?はなんだったのだ?」
「あーそれはなのよ……」
「まさか樹液を持ってくるなんて思わなかったからねー」
「ジュエキ……まさか」
「あの木リムな」
「樹液? 木?」
納得したピアーニャ達だが、今日会ったばかりのムームーは首を傾げるだけ。
話題になっている樹液とは、アリエッタの木から採れる樹液の事である。ちなみに、その木の正式名称はまだ無い。
ピアーニャが知っている事以外の木の情報が無いか確認し、ムームーへの共有を兼ねてミューゼに一通り説明を頼んだ。
「えーっと、その木の樹液が混ざると、量が増える?」
「うむ。それもバクハツテキにな」
「それがちょっと違うのよ」
「む?」
「混ぜる量によっては当然変わるけど、ある程度ならどれくらい増やすか、魔法みたいに意思で調整出来るんですよ」
「青い葉で重さを変える時と同じなのよ。まぁ増えたものは減らせないし、一度決めたら後から変えられないのよ」
「で、さっきはたまたま、混ざった時にガッツリ増えたって事です」
「……ガッツリなんて生易しいもんでしたっけ?」
以前メレンゲがニーニルを覆った時も、シャービットが樹液を使った甘いシロップを味の調整に使った事で、うっかり爆発的に増えてしまったのである。
今回もそんなうっかり大爆増が発生。筆を出そうとして落とした樹液の小瓶と、アリエッタを落ち着かせようとして出したジュースが少しずつ零れ、偶然混ざり合ってしまい、集団の外側に向かって鉄砲水のように撃ちだされたのだ。自分達に直接被害が出なかったのは、ただの偶然である。正に都合のいいギャグ展開である。
念のため、器を使って検証を開始。樹液を1滴使い、どれくらい量を変えられるのかを実験していた。
「なるほど、1滴でほんの少しの増量でも出来るし、それでジュース1滴を鍋から溢れるくらい増やせると。いやこれもう『ある程度』なんてもんじゃないですよね……」
「だよな、ふやすイシがなければホリュウまでできるとか……。まぁこれでナゾはとけた。さて、わちらもシュッパツするとしよう」
ムームーはもちろん、ピアーニャもすっかり呆れて、この話を終わらせにかかった。今はややこしい不思議な話からは、一刻も早く離れたいご様子。
気を取り直して、『雲塊』を広く展開し、全員が乗り込む。ムームーだけは、総長の雲に乗る事に躊躇っている。これまでは一介のシーカーだったのに、いきなり総長や重要人物と同行するという実感が湧いてきたのか、緊張しているのだ。
なんとなく年の近いパフィが強引に引っ張り、ついに新たなリージョン探索へと飛び出したのだった。