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「ふおおおおおおっ!」
「おちつけ…っていってもムリか」
空を飛んでみると、ほんの一部だけだが、このリージョンの姿が明らかになった。それと同時に、ラッチのテンションが急激に上がっていく。
「きたっ! 我はたどり着いたのだ! 神の世界にっ!」
「分かったから一回黙るのよ」
べしっ
「あうっ」
見渡す限りの巨大な木の葉、そして人が広がって歩ける程の太い木の枝。
有機植物を高級視しているクリエルテス人にとって、樹木に囲まれるという事は、幸福の絶頂のど真ん中にいるという事でもある。こんな所でラッチが暴走しないわけが無い。
「あの葉っぱで家とか出来る?」
「デカ過ぎて作れないから! 完全木造の家貰ったでしょ!? それで我慢しとこ? ね?」
「はっ、そうだった。それに、今も葉っぱ沢山壁に貼り付けてるから、場所が無いや」
「そういえば姉さんがそんな事言ってたような……」
「枯れたら掃除大変そうなのよ」
「むむむ、せめてお母さんにお土産だけでも持って帰らないと……」
雲の上からダッシュして落ちそうな勢いのラッチを、パフィとムームーが掴んで引き留めている。その様子をアリエッタの腕の中から見ていたピアーニャが、ため息を吐いてから口を開いた。
「あとでキのカワけずっていいから、いまはおとなしくしてくれ」
「はいっ!」
「あ、ついでに、わちをここからだしてくれ」
「はいっ! ストレヴェリー様、アリエッタちゃんを抱っこして頬擦りしてあげてください」
「あっ、ちょっ──」
ラッチはアリエッタ捕獲呪文を唱えた。ミューゼが止めようとするが、間に合う訳がない。
「任せるのよっ。ほーらおいでーアリエッタ~」
「総長さんも、ほらおいでーよちよち」
誰よりも早く動いたパフィが、目にもとまらぬ速さで、アリエッタを抱き上げていた。頬を合わせ、丹念にじっくりとスリスリしていく。
突然捕まったアリエッタは、事態を全く飲み込めないまま、なすがままにされていた。
そして何故か、ラッチがピアーニャを捕まえている。一瞬安心したピアーニャが、頭を撫でられてその事に気付いた。
「えっ……いやちょっとまて! なんでまた、つかまってるんだああああ!!」
アリエッタとは違う意味で強引に抜け出せなくなってしまい、ピアーニャは思いっきり叫ぶのだった。
下で拠点の準備をしていたバルドルが、呆れてポツリと呟いた。
「総長、なにやってんスか……」
「きをとりなおして、しらべるぞコラァッ!」
『はいっ』
恐ろしい気迫で命令するピアーニャに、3人のシーカーと1人のシーカー見習い(?)はビシッと姿勢を正し、返事をした。アリエッタだけは、ピアーニャの後ろで何故か仁王立ちになっている。
(みんな、ぴあーにゃと遊んでくれてるなら、僕もしっかり乗らないとな)
背後の気配を感じ取っているピアーニャは、余計な事するなと言いたげである。
そのピアーニャが足元の『雲塊』を操っていると理解しているアリエッタは、つんつんとピアーニャの肩を突き、空中の一点を指差した。
「ん、これなぁに」
「ああ、アレか」
「あの光ってるやつなのよ?」
空中で光る丸い玉。丁度近くにあった為、その場所へ移動した。
「結構でかいね」
「よし、この球体を『神の光玉』と──」
「名付けない名付けない。で、総長、どうするんです?」
「ムヤミにしらないモノにさわるのがキケンなのは、オマエたちもしっているだろう。わちのバアイは、こうする」
言うと、使用していないもう1つの『雲塊』を球体に接近させ、伸ばして接触させた。
軽くあしらわれたラッチは、ちょっとつまらなそうに口を尖らせている。
ちゃぷん
濡れた音と共に、球体が波打った。光もゆらゆらと揺らぐ。
「あ、これ水ですね」
ミューゼが水を操る魔法を使うと、思った通りに動かす事が出来た。
「それも、ファナリアと同じごく普通の水です」
「そうなのか。ということは、ひかっていたのは、ただのハンシャか」
「では、この水を『神々の雫』と──」
「名付けないのよ。これ、あちこちに浮いてたり、葉っぱとかにくっついてるのよ。ちゃんと飲める水があってよかったのよ」
空中を見ると、大小様々な水が無数に浮かんでいる。他の場所でも、飛ぶ事が出来るシーカーが集まり、色々な方法で調べている。
パフィがはっきりと『飲める水』と判定したので、一旦水を操って拠点の場所へと戻る事にした。
既に数名のシーカーが簡単な調査を終えて休憩している所に、大きな水玉の持ち帰りと、ラスィーテ人の『飲める』という言葉があった事で、全員が喜んだ。飲料水を確保したので、ファナリアに戻る手間が減ったのである。つまり、早くも遠出の目処が立ったのだ。
「よぉーし、明日からは行動範囲を広げるぞ!」
『おうっ』
徐々に辺りが暗くなってきた。
上から差し込む光が減り、反射する水の光が弱まっている。
「このリージョンにも夜はあるのよ?」
「みたいだな。ソラはみえないが、ヨルのアカリはあるようだし」
遥か上空も葉で覆われている為、今の所は『空』は確認されていない。ただ、太陽や月と同等の光が差し込んでいて、辺りを優しく照らしている。
そんな1枚の葉の上で、シーカー達が全員集まり、各々休憩中。
アリエッタは初めて見る世界を見つめ、物思いにふけっていた。
(ずっと見ていたけど、みゅーぜもぱひーも、この世界は初めてっぽい。きっと2人とも頼られてるんだな。やっぱり凄い人達なんだ)
尊敬の目で見つめてはいるが、ミューゼの杖を鍵にリージョンを見つけて転移したまではいいが、転移の塔が完成するまではこの移動方法しかない為、ミューゼの存在が必要不可欠というだけである。女神の娘から一番好意を寄せられている保護者を長期間離す訳にはいかなかったからこそ、通常であれば連れて行く事は出来ないアリエッタを同行させ、ピアーニャを中心とした身内による護衛で固めたのだ。
幸いにも、アリエッタはミューゼの事を一番凄い人だと勘違いし、家来のように言う事を聞かねばと考えている。言っている事の意味さえ通じればだが。
そして、通じなければ自分で考えて動く精神は、前世のせいで備わってしまっている。それがどういう事かと言うと──
「ブーーーーッ!?」
「何だァ!? 何があった!」
「敵か!? 原生生物でも出たか!?」
「ゲホッゲホッ! があああああ!」
シーカーの1人が、水の近くで咳き込み、苦しんでいる。それを見たシーカー達が、辺りを警戒し始めた。
「おい、どうした! 何があった!」
「か、か、か、か……」
倒れたシーカーを抱き起こすと、涙目で舌を出し、必死になって口の中に空気を取り込んでいる。
「ちっ、植物の毒でも食らったか? おい、しっかりしろ! 誰か治療を!」
「……ん?」
治療の手配をするバルドルの近くに浮かぶ水玉を見て、ピアーニャが首を傾げた。
「おいパフィ。あのミズのなか……」
「え? ……あ」
ピアーニャとパフィの2人が、深いため息を吐いた。その様子を見て、近くのシーカーが眉をひそめる。
「すまんバルドル。これはてちがいだ。っていうか、なんでそんなトコロに……」
「は?」
「たぶんその人、そこにある水を飲んだのよ。辛かったのよ?」
パフィが聞くと、倒れていたシーカーがコクコクと頷いた。
「どういうこった?」
「これ、中に入ってる紫色の葉が原因なのよ。これ、辛いのよ」
「からい?」
(後でアリエッタに説教しておくのよ。泣いたら抱きしめてムフフ……)
邪な気持ちで説教しようとするパフィによると、とある木から取れる紫色の葉は、口にすると辛く、体に付けると痛いという効能があった。つまり、痛覚に干渉する色なのだ。とある木とは、当然アリエッタの木の事で、ぼかしているのは木の出所を秘密にする為である。
その葉がかなり辛い設定の状態で、小さく分けられた水の1つに入れられ、その成分が水に溶けて激辛の水となり、飲んでしまったシーカーの喉を刺激してしまったのだ。
「でも毒とかではないのよ。叫ぶ程辛いけど、それだけなのよ」
「怖えよ! なんて事してくれてんだよ!」
「うーん、お詫びに美味しい物作るのよ。ちょっとピリ辛程度に使えば、普通に食べられるのよ」
「……なら頼むわ」
「アッサリひきさがったな」
「任せるのよ」
アリエッタは、痛覚を刺激する物を作れば、どんな生き物が来ても対抗出来ると考え、水の1つを武器に変えてしまったのである。もちろん悪気は無い。
この他にも、甘いジュースが欲しくて赤い葉を混入した水もある。丁度それをミューゼ達に配ったところで、シーカーの叫び声が聞こえた。その為、ピアーニャとパフィはすぐに原因が特定出来たのだった。
この後、辛い水は離れた場所に隔離され、代わりに甘い水を飲料用として紹介した。
アリエッタは辛い水の横で説教された。言っている事は完全には理解出来ずとも、紫の葉を指差しながら目を吊り上げて「駄目」と言えば、それがやってはいけない事である事と、怒られている事はしっかりと理解する。そして、泣き虫なアリエッタは途中から涙を流し、パフィの予定通り、優しく抱きしめられた。パフィはアリエッタを自分に依存させる気満々のようだ。
(はぁ……完全に失敗しちゃった。ぴあーにゃにも泣いてるとこ見られた。もうどうしよう。むやみに葉っぱ使ったら良くないんだなぁ)
パフィの胸の中で反省はしているが、挽回したいという思いは捨てられず、明日どうするか真剣に悩んでいる。
(ちょっとママに相談してみよう。何か出来る事がある筈だ)
アリエッタは女神に頼る事にした。そう、知らず知らずのうちに数々の世界に混乱を撒き散らした、実りと彩りの女神エルツァーレマイアに!
シャダルデルクでの事件と、便利な木を創造した事で、すっかり信頼を得てしまっていた女神。精神世界に来た娘に、得意気な顔でアドバイスをするのであった。
『よーし、今度こそミューゼ達の役に立つぞー!』
『頑張れアリエッター!』
翌朝、十分に気合を漲らせ、女神の娘は目を覚ました。