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むぎちゃ
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「で、今回お前は何の用で俺に『招待状』なんか送ったんだ?」
応接用のソファに腰を下ろしてからの暫くの沈黙を破ったのは、アメリカからだった。
「なに、『ヴォジャノーイ』より提案があってな。俺達は互いに世界に影響力を持つ大国だ。定期的にこうやって顔を合わせて、”今後のための調整”を行なう必要があるとのことだ。」
「へぇ、『ヴォジャノーイ』が。随分と平和主義的な人工知能だな。」
「大国同士の必要以上の対立が損なことぐらい、人工知能の手を借りずとも分かるだろう。」
ソヴィエトは嘘をついている。
アメリカのサングラスに積まれた『リンカーン』は即座に見抜いた。恐らく、”アメリカと同じで”全ての会話はヴォジャノーイの指示のもと行われている、と。話しているのは全く本心ではない、と。
直ぐにソヴィエトへの”最適な返事”がグラス越しに映る仮想現実に表示された。
「”まぁ、確かに意地による対立は不毛だ。でも、俺だって多忙の中こうしてモスクワまで来たんだぜ?だから、お互い仲良くしましょうね以上の成果が得られる対話をしようじゃないか。”」
台本通りの会話であると悟られないように、アメリカは持ち前の演技力で自然に話す。
「”ああ、そうだな。『ヴォジャノーイ』もアメリカ合衆国との今まで以上の友好関係を望んでいる。互いに、実りある時間にしよう。”」
こうして、『リンカーン』と『ヴォジャノーイ』による水面下の読み合いが始まった。
「”最近のお前んちの研究産業は凄いと聞いているよ。例えば、今日だって真冬なのに外は薄着で出歩くことが出来るくらい暖かかった。これはどういう原理なんだ?”」
「”天道虫型の気象扇と地熱パネルの併用だ。小型でも十分に効果を発揮するこれらは『ヴォジャノーイ』によって開発されている。”」
「”それは凄いね。最近、俺の国でも『リンカーン』がハリケーンや竜巻を蹴散らす無人機を発明した。人工知能様様だ。”」
台本通り、指示通りの会話が続く。
時々訪れる沈黙も、人工知能の演算を待つためか、意図的に作られた間であるかだ。
技術の話、産業の話、次世代の話…話題が途切れる度に『リンカーン』もしくは『ヴォジャノーイ』の指示で別の話題に切り替わっていた。
この様に話題を変え続けて何が得られるというのだろうか。
アメリカは一瞬その様な考えが頭に浮かんだが、人智を逸脱した人工知能『リンカーン』のことならばきっと何億何兆という会話パターンを推測した上で言葉を選んでいるのだろう、と結論づけて、すぐに目前に映し出される”台本”を読んだ。
5回目の沈黙の後、遂に『ヴォジャノーイ』が一手を打つ。
「”ところで、『リンカーン』は国民にどの様な夢を見せている?“」
アメリカ合衆国は、ソヴィエトに技術開発競争で負けて以降分断状態にあった。
「ソヴィエトに敵うことはもうない」と悲嘆に明け暮れる者、「利用できるものは何でも利用してソヴィエトを打ち負かせ」と好戦的になる者、「月に行くなんてバカげた事業にかまけた政府が悪い」と責め立てる者…しかし、「現実への絶望」はすべての者に通底していた。
そんな中生み出されたのが『リンカーン』だった。
『リンカーン』に渡された最初の任務は”国内の幸福度の上昇”。
『リンカーン』は即座にこの分断の解決策を出し、実行に移した。
“電脳世界に理想郷を築き、国民の意識をそちらに移送する”という方法で。
理想郷で望んだ未来を生きている間、現実世界の肉体は昏睡状態になる。この眠りは「ソヴィエトに対し勝利する」もしくは「肉体が死亡する」まで続く。
少なくない数の合衆国民が現世を捨て『リンカーン』が作り出した理想郷、”資本主義が勝利した世界”への移住を望んだ。
今では業務効率化のため、州ごとに投票を行い「支持」が過半数を得た州の境界内”全ての人間”を理想郷へと送っている。
「”最近だと10の州が住民投票によって全州民の移住が決定されたそうだな。”」
「”陰鬱な現実を忘れ幸せな夢の世界で生きることができるシステム、と謳っているんだろう?“」
「”自由を謳う国が、ほとんど強制的に国民を昏睡状態にするとは、皮肉なものだ。”」
ソヴィエトはアメリカの粗を突くようにそう続けた。
「…『リンカーン』は国民の幸福を追求しただけだ。それに、案外あっちの世界では楽しくやっているみたいだから心配無用だよ。」
思わず、『リンカーン』の台本を待たずして返す。
ARの組み込まれたサングラスに『リンカーン』からのお怒り(機械にそんな感情があるとは思えないが)のコメントが映し出されたが、正直言って全て台本通りに進めるなんて無茶はハリウッドスターでもない自分には無理だろうと読み流した。どうせ『リンカーン』ならばこうなることも織り込み済みだろう。あと、それに、咄嗟に出たセリフにしては色々言いたいことを『リンカーン』流にかなりマイルドに包んだと思う。
「”まぁ、俺も他所の内政についてとやかく言うつもりはない。お互い最適な行いというものがあるのだろう。”」
『ヴォジャノーイ』がこれ以上この話を続けても収穫は得られないと判断したのか、ソヴィエトもこれ以上の追及はしなかった。
…また沈黙。
しかし、今度は気まずい沈黙などではなかった。
サングラスが映し出す映像の端に、次の台本ではなく「完了」マークが表示された。…やっとだ。
くく、と思わず笑いが漏れる。
「…どうした、何がおかしい。」
ソヴィエトも異変に気がついたのだろう。
だが、もう遅い。
「なぁ、もう腹芸はやめにしようぜ?お前も気づいてんだろ?」
「『ヴォジャノーイ』の演算基地が燃えているってこと。」
「…!!」
この顔が見たかった。
ソヴィエトの表情が明らかに歪んだ。
「チェルノブイリ、ウラジオストク、バイカル…主要な『ヴォジャノーイ』の基幹部分は今や『リンカーン』により大炎上だ。」
「最初に言ったろ?友好以上の成果のある会談にしましょうって。その通りになるぜ。」
「この冷戦に、たった今決着がつくからな!」
コメント
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ウッヒョー!双方の腹の探り合い!終始ワクワクしながら読んでました! 台本通り会話するシーン、プレイヤーがAIに成り代わっているように感じられて不気味!そこがいい...。 国民を幻想の世界に送っていることを突っ込まれるアメリカ、良すぎる...。思わず自分の言葉を出してしまうのも誇りを感じれていいなぁ...。 この先どうなるかとても気になります!果たしてチェックメイトできるのか...!