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再び、あの“名前”を聞いたのは、授業の終わり際だった。
講義室の前列で、数人が何気なく交わしていた雑談。悠翔は通り過ぎようとして、ふと耳を傾けた。
「……〇〇高校の……陽翔って名前、なんか聞いたことない? 兄弟でなんか色々あったって……ネットでちょっと前に話題になってたやつ」
その名前が、確かに耳の奥に刺さった。
――陽翔。
鼓動が一拍、遅れて響いた。
足が止まりそうになるのを、どうにか誤魔化す。
背筋が張り詰めるような冷気に包まれる。
その一言が、悠翔の中の「静けさ」を割った。
ほんの少し前までは、偶然の錯覚や記憶の揺れと割り切ることができた。
でも、今はもう違う。確かに“あの名”が、ここに近づいてきている。
その夜。
バイト先の帰り道。
どこかで、自転車のブレーキ音がして、誰かが呼んだ気がした。
「……おい」
声の主はいない。
それでも、振り返るまでに、時間がかかった。
翌日、掲示板に並ぶサークル名の中に、あの名前があった。
その文字が視界に入った瞬間、世界が一瞬だけ白くなった。
動悸がした。手の中のプリントが震える。
関係ない、別人、偶然――何度も自分に言い聞かせる。
けれど、心がそれを拒む。
帰宅後、湯の匂いの中でまた、夢の記憶がよみがえった。
「バタン」と閉まるドア。
「ぴちゃり」と濡れた足音。
「こっち来い」と、低く冷たい声。
心が警戒していた。
もうすぐ何かが“始まる”ことを、知っている。
翌週――
大学の中庭のベンチに座っていたときのことだった。
斜め前に、見覚えのある後ろ姿があった。
立ち上がる気力もなかった。
けれど、その人影が、ふとこちらに目を向けた。
遠くて、顔ははっきり見えない。
けれど、視線だけで理解した。
――知っている。
――見られている。
数秒後、その人物は何も言わず、視線を逸らして去っていった。
だが悠翔の中では、それが「再会」だった。